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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第四章:オッサンはじまる

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43.勇気凛凛(ゆうきりんりん)

 この日も良い天気に恵まれ、朝にはあの蒼一色を眺めながらの目覚めとなった一同である。まだ春はやってくる気配はなく朝の寒さは厳しいのだが、それでもこの絶景を見るためなら我慢できると言うものだ。


「やっぱりここの風景は素晴らしいね。アタイはこの森に住みたいくらいだよ。ま、本当に住むには不便過ぎて無理だってわかってるけどさ」


「どうなんだろうな。王都の近くでも森に住んでるやつらがいるじゃねえか。木こりとかじゃねえのに自然の民とか言ってるヤベエヤツラが居たろ?」


「ああ、あれはなにかの異教徒だったっけ? 元々は第三の宗教だって触れ込みで勧誘活動やってて王都から締め出された集まりらしいじゃないか。そんないくとこない奴らと同じ扱いは心外だねえ」ハイヤーンはそう言いながら手のひらをエンタクへと向ける。


「おいおい朝っぱらから物騒な真似はやめろってんだよ。森に住んでるヤツもいるってだけの話じゃねえか。それに言い出したのはオメエさんだぜ? オレは今の家で満足してるから引っ越したくはねえぞ」


「誰が一緒に住み続けるって言ってんだよ! アタイだっていい家が見つかったらアンタを追いだしたっていいんだからね」


「ん? なにかおかしくねえか? あそこはオレの家なんだから出てくとしたらハイヤーンのほうだろうが。なんでオレが家を探して出て行かなきゃならねえんだよ」


「アタイが快適なことが優先されるからに決まってるじゃないか。そんな当たり前のこともわからないのかい? まったく物わかりの悪いオッサンさね」随分と無茶を言うハイヤーンだが、もちろん冗談であり追い出すつもりも出て行くつもりはない。


 その様子を眺めながら羽の手入れをするクプルは、人間型の種族はこういう駆け引きめいた遊びをいくつになってもするもんだなと呆れていた。


 そんなじゃれ合いをする中年と三十路でも、長年冒険者をやっているだけあって手際は良い。くだらないやり取りをしながら後片付けを済ませ、いつの間にか朝食の用意まで整えていた。


「チビ助はミチュリと同じ果実でいいね? エンタクはこれでもかじってな」そう言って干し肉を放り投げた。そのエンタクは昨晩の残りを伸ばしてスープに仕立て直しているところだ。


「果物だけじゃ体が冷えちまうだろうから温けえスープを飲ませてやれ。オメエさんも飲むだろ? 味付けはハイナに教わったんだぜ? この乾燥トゥメイトウを入れると甘味と酸味が効いた旨いスープになるってな」


「ちょっとオマエさん、このジョッキは昨日酒飲んで洗ってない奴じゃないか。アタイは綺麗好きなんだから汚れてない奴でおくれよ。これはアンタが飲みな」我がままスピルマンはエンタクへジョッキを戻す。



 その一瞬の出来事だった。腰を上げたハイヤーンの袖をつかみ損ねたのか自分で離したのかわからないが、ミチュリが突然走り出したのだ。もちろんハイヤーンは焦って捕まえようとしたのだが、あっという間に立ち上がりそばを離れたせいでつかみきれず走り去ってしまった。


「ミチュリ! 一体どうしたって言うんだい!? そっちは危ないから戻っておいで!」ハイヤーンは叫びながら追いかけるがミチュリの足の速さは並ではない。


「チクショウ、まだチビでもホリブン(小人間)には変わりねえってこった。オレが追いかけるから後から来い!」見た目に寄らず足の速いエンタクが追いかける。


 魔法は得意でも運動神経に難のあるハイヤーンは後からよろよろのたのたと追いかけて行くが差は開くばかりだ。今の今まで一度たりともハイヤーンの側を離れたことが無く油断していたこともあって、追いかけるという心構えが出来ていないことも影響しているのかもしれない。


 ミチュリはあともう少しで滝の目の前にある地割れ跡まで到達してしまう。その際で恐れをなし脚を止めてくれることを期待しながら懸命に追うエンタクだった。


「ミチュリいいいい! 止まってくれえええ!」エンタクが叫んだのと、ミチュリが断崖の際に立ち止ったのがほぼ同時くらいだろうか。さすがに危険だと感じたはずで脚を止めてくれたことに安堵しながら慎重に距離を詰めて行く。


「ほら、危ねえからハイヤーンのところへ戻るぞ? ほれ行こうぜ」目と鼻の先までやってきたエンタクが声をかけると、ミチュリは振り向きもせずに更なる一歩を踏み出した。


「なっ!? おい! そっちはダメだ! ミチュリ!」

「ちょっとあんた何やってんだよ! 早く捕まえて! ミチュリいいいい!!」


 だが悲しいかな、エンタクの短い腕はミチュリまで届かずそのまま滝壺へまっさかさまに落ちて行った。それほど高くない滝だと言ってもそれは滝と言う分類の中での話である。当然、村で一番高い村長宅の裏にそびえる大木よりもはるかに高い。


 滝が落ちた先では大気を道連れにして真っ白になった水が轟音を上げている。このままでは落ちて行く水の勢いに呑みこまれ、あの小さな体なんてひとたまりもないだろう。


 少し離れた後方では絶望にうちひしがれたハイヤーンがへなへなとへたり込み、地面へ尻を付けてしまっている。それほど遠いわけでもないので、ミチュリが滝壺へ飛び降りた瞬間が見えたに違いない。


 だがそのハイヤーンの姿を確認しようのない位置に到達していたエンタクは、まったく躊躇(ちゅうちょ)する様子を見せずに飛び上がった。そのままミチュリを追うようにまっさかさまに落ちて行く。


「エンタクう! ミチュリい! 頼むよ! お願いだよ!」短い手足をめいいっぱい伸ばしながら飛び込んで言ったエンタクの姿を確認したハイヤーンは、気を取り直して立ち上がりながら叫ぶ。


 自分にもまだできることがあると思いだしたようにその瞳はしっかりと見開き、現実と向き合っていることを示すように強い輝きを蓄えている。立ちあがえると再び走りだし崖の際まで進んで下を覗き込んだ。


「ミチュリいいー! エンタクううー! おーーーーい!」叫んでは見たものの落ちて行った二人の姿はもうすでに見えない。いくら高さがあると言っても一瞬で滝壺の中へ呑みこまれるに違いない。



 それからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。もの凄く長くも感じるし一瞬のような気もする。ハイヤーンはそんなことを考えながらただひたすら祈るだけだ。


 その祈りが通じたのか、滝壺からやや離れて流れが多少緩やかになった辺りに人影が見えた。ハイヤーンの表情が不安一色からほんの少し笑みを浮かべる。その影が徐々に大きくなり、こんもりと水面を持ち上げながら顔を出した。


「ミチュリ! 良かった! 大丈夫かい!」ハイヤーンは崖上から覗き込んだままで叫んだが、滝のすぐそばにいるミチュリに声が届くはずもない。それでも叫ばずにはいられないのは当然だろう。


 だがしかし、もう一人の姿がみえない。ハイヤーンはてっきりエンタクがミチュリを引き上げたのだと思い、すぐ後から顔を出すと期待して見ていた。それなのに流れの中を泳ぎ岸へと上がってきたのはミチュリだけだった。


「おいおい、エンタクはどうしたんだ? 一緒じゃないのか!?」


 誰にも聞こえていないなどと考える余裕もなく、ハイヤーンは呆然と呟いていた。



ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-


ゆうき-りんりん【勇気凛凛】

 失敗や危険をかえりみず、勇敢に物事に立ち向かっていこうとするさま。

勇気凛凛ゆうきりんりん


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