41.悠悠閑閑(ゆうゆうかんかん)
自宅兼宿屋の改装を進めながらも観光業は休まず営業していた。ひところよりは落ち着いてひっきりなしと言うことは無かったが、純粋な休みなど貰えず結果的には働きづめである。
なぜならば、仕事が終わったとしても土木作業が待っているからだ。ハイヤーンは合間を縫って内装を進め、エンタクが休みの日には彼女が壊した土壁を表へ運び出す必要があった。
「オメエさんは魔法でちょちょいと壊すだけかもしれねえが、こちとらその砂を集めて外へ捨てに行くんだぜ? いつも思うんだが、魔法は最後の一歩が足りてねえよなあ」
「そんなことは無いさね。なら自分で壊してみなっての。文句ばかり言ってさ、手で壊す方がどれだけ大変かやってみたらいいんだよ。運ぶのだって結局クプルが手伝ってるんじゃないか」
「でもこうやって集めてるのはオレじゃねえか。しかも部屋を広げてえのも風呂を作りてえのも俺には関係ねえこったぜ? 手を動かしてるだけでも褒めてもらいてえもんだな」
「なんだよ、そうやって恩着せがましいこと言うのかい? ならアタイ一人でやるからアンタらはどっかで遊んでリャいいさ。それこそライモンへでも行ってくりゃいいじゃないか!」ハイヤーンは本気で癇癪を起しているようだ。
「いやいやそうじゃねえ、手伝うことに文句はねえさ。ただちょいと愚痴ってみただけだからな? そう機嫌悪くするなよ。オメエのためならオレのためにもなるってことだからちゃんとやるって、やるってばよ」
そんなやり取りをしていてもミチュリは無反応で、ハイヤーンの背後にしがみついて離れない。感情が欠落してしまっていると言うのはどうにも扱いづらく、どうすればいいのか相変わらずわからないままのエンタクである。
こうしてハイヤーンの土魔法によって崩された土壁の後処理を進めるだけでも楽ではない上に、一日ひと便の乗合馬車がやってくるたびに王都ギルドからの連絡ではないか、観光の予約が入るのではないかと気が気ではない。
さらには庭で井戸掘りをしている職人へ茶を振舞ったり、時には酒の相手をしたりと気遣いまでしているのだ。エンタクもハイヤーンも考えていた以上に体と精神の疲れがたまっていた。
「おい! ヤメだヤメだ! もうくたびれて仕方ねえぜ。今日一日は頑張るとして明日は完全に休みにしようぜ。ギルドからの連絡のこともあるし、気が休まらねえで仕方ねえぜ。オメエさんだってそうだろう? なんだかカリカリしてらしくねえぞ?」
「確かにずっとイライラが納まらない気はするねえ。考えてみりゃもう何年も休みなく働くことなんて無かったからなあ。やっぱり休息は必要ってことか。どうせ休みにするなら、ミチュリをどこか景色のいいところへでも連れて行きたいねえ」
「そうだな、コイツだって傍からわからねえだけで苦労はあるだろうよ。環境が急に変わったこともあるしなあ。こうしてオメエだけに馴染んでるだけの毎日よりは、気晴らしができるとこや気に入った場所なんてもんが出来た方がいいかもしれねえぜ?」
「そうだねえ、それじゃどっか出掛けるとするか。アタイはまたあの蒼一色の風景が見たいし見せてやりたいねえ。夜から出かけるのは大変だろうけど頼めるかい?」ハイヤーンが上目づかいで請うと、断れるはずのないエンタクはウムとうなずいた。
そうと決まったら行動は早い。砂まみれの家の中を片付けもせずに旅の支度を始めるのだが、井戸掘りもあるので勝手に家を空けるわけにもいかない。相談の結果、家は戸締りをして行って、日中の茶出しや食事は酒場へと頼んでいくことにした。
「少し早いけど出発するとしようか。ハイナが上等の塊肉を譲ってくれたから今日の晩飯はいいもんが作れそうだぜ。オメエさんがうまいって食うんだし、そのむす―― み、ミチュリもきっと気に入るさ」
「アンタ…… そうやって気遣ってくれてアタイは嬉しいよ。人に寄り添うってのは簡単そうでなかなか出来ることじゃない。エンタクの人間性だけはSSSSランクと言ってもおおげさじゃないよ」
「だけってのが余計だが褒め言葉ありがとうよ。でもそんなのは当然のことさ。なんせオレたちゃ家族も同然なんだからな。さっきは愚痴っちまって悪かった、これからは気を付けるぜ」
「アタイも投げやりに怒っちまってすまなかったよ。こんなんじゃ母親失格になっちゃうから気を付けないといけないねえ」いつのまにかハイヤーンが母親になっているが、ということはもしかして自分が父親なのか? とエンタクは小首を傾げた。
『まったくおまえらときたら…… んじゃいいか? これでオッサンもオレサマも休みになってるのかは疑問だがな』
「気持ちの問題だからいいんだよ。気楽に過ごすのも大切ってこった。んじゃ妖精様よ、やってくれ」エンタクの合図を受けてクプルが人力車へ魔法をかけた。するといつものようにぐっと軽くなり、タクシイ観光自慢の人力車は走り出す。
金色の丘と呼ばれている野生麦の群生地帯を超えてさらに進んでいくと、上りの山道へと入っていく。人力車は順調に走り続け、暗くなる前に大きな川へと突き当たった。
「ほうらミチュリ、これがグレイフォーリア川っていうんだぞ。でかいよなあ。あの向こうは別の国ってんだから面白いよな。いったい誰がそんなこと決めたんだろうな?」
「そりゃ昔の強ええヤツらだろうな。王国だって昔は冒険者よりも荒くれなヤツラばかりだったらしいじゃねえか。それを治めたってんだから王族の先祖は相当の強さなんだろうぜ。強いヤツの元には強いヤツらが集うし賢いヤツも然り」
「ま、そう言っちゃうと実も蓋もないな。面白みに欠ける答えだったよ」ハイヤーンにそう言われたエンタクは憮然としつつ人力車を引き続ける。
やがて聞き覚えのある音が聞こえてきた。前方には白っぽい霧のようなものが立ち込めている。
「あまり滝に近いと冷えるかもしれねえし、この辺に陣を張るとするか。ちょっといいことを考えてきたからまあ見てろよ?」
エンタクはそう言うと、人力車へ柱のようなものを突き刺し、木々の近くへと動かした。さらにその間に縄を渡してから野営用の防水布をかけて洗濯物のように止めていく。すると人力車を中心とした野営場が完成したではないか。
「どうでい、これでベッド代わりになるから寝心地もいいだろうぜ。地面から浮いているから冷えも抑えられるはずだし、み、ミチュリも体壊さないですむはずさ」
「いやはやこれは考えたねえ。こないだ来た時に思いついて欲しかったってのは贅沢だろうけどさ。でもありがとうよ、顔の割にいろいろ考えてくれてるんだなあ」
「いちいち一言余計なんだよ。なんだか前より遠慮が無くなってきやがったな」
『まるで夫婦になったみたいだってか? まったくのろけもいい加減にしろよな』またもやクプルが横から口を挟む。だがこれはハイヤーンに効き目は無かったようだ。
「なに言ってるのさ。夫婦になったならアタイは旦那さまを大切にするに決まってるじゃないか。エンタクにはそんな気遣いしなくていいと思ってるだけさね。遠慮がいらないほど気心の知れた友人ってやつだな」
この言葉に複雑な気分のエンタクだった。
ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-
ゆうゆう-かんかん【悠悠閑閑】
ゆったりして気長に構え、のんびりするさま。




