40.創意工夫(そういくふう)
『なあオレサマたちも行った方がいいんじゃねえか? ちゃんと誠意を持って頼むべきだと思うんだ。だってよ? まだ寒いってのに井戸を掘ってもらうんだぜ? 礼を持って迎えに行こうじゃないか』
「うむ、それは確かにそうかもしれん。迎えに行けばこっちへ来るのも早くなるだろうしな。そうだそうしよう、明日にでも早速ゴロチラムを連れて行ってこようと思う」
「―― アンタ達さ、アタイを能無しか馬鹿かだとでも思ってんのかい? ふざけんじゃないよ! いくら夫婦でも家族でもないって言っても気分が良くないことくらいわかるだろ!? ライモン行きは絶対に許さないよ!」
「そうだよな、オレもそう思ってんだよ。それなのにコイツがどうしても行きたがって仕方ねえんだ。だからもう石を落とすのは勘弁してくれよ。ようやくコブタンが引っ込んだってのに」
「じゃあバカなこと言いださなきゃいいだろうに。でもあんな町に井戸が沢山あるなんてどういうことなんだろうねえ。だったらそこらの村にもいっぱい作ってくれってんだよ」
エンタクはまさか本当のことは言えず適当に相槌を打って誤魔化す。なんと言っても高級な女娼宿は個室作りとなっており、室内に風呂まであるだなどはとても言い出せるはずがない。
そんな特殊な浴場事情があるからこそ、井戸掘り職人にとっては仕事が多く稼げる町なのだろう。もちろん新たに掘るだけが仕事ではなく、水の出が悪くなったり濁ったりすれば出番がやってくる。たとえそれがつるべ式であろうと揚水装置式であろうと手入れや修理にも職人の手が必要なのだ。
「ま、まあこれで風呂を設置するめどがついたのはめでてえこった。だけどよ、井戸ひとつ掘るのに三十晩以上かかるとはなあ。なかなか大変な仕事だなあ。冒険者だけやってた時よりも色々と物知りになれるのは、これはこれで面白えもんだ」
「そうだねえ、アンタたちは酒と女遊び以外にも詳しくなった方がいいだろうからちょうどいいさね。じゃあ先に風呂場が出来上がるってことだろ? 仕方ないから毎日でなくても我慢するよ」ハイヤーンは何やら不穏なことを言い始めた。
「んんん!? 念のためだけどな? 本当に念のために聞くだけだぞ? その毎日じゃなくても我慢するってのが、一体どういう意味なんだか教えてもらってもいいか?」
「なに言ってんだよ、共同の井戸から水を汲んでくることに決まってるだろ? アマザ村からの帰りしなに出来ることは『なんでも』頼めって言ってくれたじゃないかい。アンタのあの言葉、アタイは嬉しかったんだぜ?」
エンタクは両手で頭を抱えがっかりした様子で天を仰いだ。しかしハイヤーンはそんなに嘆くなと言って気楽に構えていた。なぜならば、水を入れる器さえあればクプルが浮かせて簡単に運べるからだ。
「ああそうか、運ぶこと自体はなんてことねえな。問題はそんなでけえ桶が存在するのかどうかってことだろ? だがあったとしてもいいとこ大樽くれえなもんだろう。いっそのこと水をそのまま運べやしないのか?」
『無茶言うなよ、運んでるうちにバラバラになって地面に落っこっちゃうぜ。念のため言っとくけど小麦とかも同じだぜ? まとめて袋や樽に入っていればいいが、一度に持ち上げられるのは一つだから麦一粒、水一滴が限界ってことになる』
「なるほど、それは盲点だったな。まあ酒場で樽を貰ってきて何度か往復すりゃいいか。ハイヤーン様はお優しいから毎日でなくていいと言って下さってるからな」
「なんだよ、文句あるのか? そうと決まれば早速はじめようさね。早くしないと暗くなっちまって酒の時間になっちまう」誰一人として呑まなければいいなどとは言わない。ここは親方の言う通りに働くしかないのだ。
ゴロチラムに頼んでいる箱馬車は人力車の倍ほどの大きさになる予定だ。つまり最大で八人の客を乗せることができる。そのため宿も二人部屋を四部屋に減らして大部屋も作り、あとは居住用と風呂場に台所として使えそうである。
「それじゃどんどんやるから運び出しを頼むよ? 風呂場は庭に一番近い部屋にするけど、外から覗かれやすくないかね? 窓が無いと苦しくなっちゃうから塞ぐわけにもいかないよなあ」
「そこらへんは大工の仕事だろ。あの爺様に伝えればうまいことやってくれるんじゃねえか? 板を交互に貼ってあるところとかあるからな」
「へえ、なるほどなあ。随分と風呂事情に詳しいじゃないかい? その割に綺麗好きってわけじゃないのが不思議だよ」まさかの指摘にエンタクの目は泳いでいる。
「オレだって長く生きてるからそれくらい知ってるさ。それより大部屋はオレたちの部屋から一番遠くにした方がいいな。もし団体客でも来たらきっと夜通しどんちゃん騒ぎでうるせえぞ」
「アンタは時々冴えてるねえ。よし、それじゃ間取りはこんな感じにして、アタイの部屋は二部屋繋げるけどアンタ達もそうするかい? それだと部屋数からして丁度良く収まるよ?」
「オレの部屋は広くする必要ねえけどなあ。誰かやって来ても一緒の部屋なんざゴメンだし、そもそもすでに死んでるんだから知り合いなんて来やしねえ。空き部屋にしてそのままでいいんじゃねえか? そのうちその娘が大きくなって自分の部屋が欲しくなるかもしれねえだろ」
「わかったよ、それじゃアタイの部屋だけ繋げて、他はそのままだな。それはともかくなんだけどな? いつまでも『その娘』とか他人行儀なのやめなよ。ちゃんとミチュリって名があるんだから呼んでやってくれないかい?」
「うむ、わかって入るんだがなあ、どうも照れくさいと言うか、恥ずかしいと言うかすんなり口から出ねえんだよ。オメエは恥ずかしくねえのか? なんというかその、アレだよ、子供みてえじゃねえか」
「なに言ってんだい、正真正銘の子供さね。ホリブンだから小さいってことじゃなくだよ? もしかして子供嫌いだったのか?」
「いや、そんなつもりはねえ、というか接したことがネエかも知れねえ。だがオレは今そんなことを言ってるんじゃねえんだよ」ここへまたもや下世話なクプルが茶々を入れる。
『ハイヤーンは鈍いよなあ。エンタクは自分たちの子ができたみたいで照れくさいって言ってるんだよ。な? 純情なオッサンよお』
「うるせえ、余計なこと言わなくていいってんだよ! なんでこの妖精はこう世俗的なんだよ…… まったく困ったやつだぜ。オメエも何とか言って――」
ハイヤーンはまたもや頬を染め耳の先まで真っ赤にしていた。
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そうい-くふう【創意工夫】
今までだれも思いつかなかったことを考え出し、それを行うためのよい方策をあれこれ考えること。




