37.聖人君子(せいじんくんし)
エンタクはハイヤーンの言っている意味が分からなかった。いや、わかりたくなかったと言った方が正しいだろう。なんと言ってもあれっぽっちのやり取りでそこまでわかるものなのかと信じられなかったのだ。
「でも間違いないと思うよ。人間にはわからないことで絶対に内緒だけど、スピルマンには生物を取り巻く自然の力みたいなものが見えてるんだよ。多分スピルスもおなじだろうね」総意ってクプルへ目をやると、首を傾げるだけだ。それがとぼけたフリなのか本当に思い当たらないのかはわからない。
「まあいいさ。その見えてるものを仮に自然力と呼んでおくけどな? それが人なら人の周囲を包んでるわけ。そんでその色は幼い頃は透明に近い白って感じで段々と濁っていくもんなんだよ。なんでだかわかる?」
「うーん、そう言われてもなあ。ちなみにオレは濁ってるのか? 性格悪いから最初から濁ってるとか言うなよ?」エンタクは少しふざけた様子で聞き返した。しかしハイヤーンの顔は真面目くさったままである。
「そりゃ濁ってるよ。きっと赤ん坊の頃は綺麗だったんだろうけどねえ。まあ商売柄どうしたって仕方ないことさ。もちろんアタイもだろう、そうだろ? チビ助」クプルはこの話題に徹底的な無視を決め込んでいる。
「ん? クプルへ尋ねるってことは自分ではわからねえんだな? なるほど、さっぱりわからねえがオレもオメエもってことは冒険者に関係あると。つまり―― 酒を飲むからだろ!」
「惜しくもなんともないけど着眼点は悪くないねえ。答えを言っちゃうとさ、命を奪うと濁っていくのさ。つまり冒険者なんてもんはそりゃもう真っ黒に近いわけさね。ちなみにこのミチュリだって真っ白じゃないんだよ? アマザ村の村長さんの腹の中は真っ白だったけどね」
「なるほど、だから妊娠してることがわかったのか。でもそれとこの子を引き取ることを繋げたのはちと唐突過ぎやしねえか? 村長だって面倒見るって言ってたじゃねえか」
「あんなの口だけだし、どこまで本気なんだかわかったもんじゃないよ。で、話を元に戻すけどさ、冒険者はともかく普通に暮らしてる人はそこまで濁ってないもんなんだよ。例外は猟師の類だけどそれでもそこまでじゃない」
「そこまでって冒険者みたいな…… おいまさか!?」エンタクの顔がようやく真面目で締まったものとなった。
「さすがいい勘してるよ。冒険者でもない村長が、そりゃもう不自然なほど濁ってたってわけさ。ありゃ数人は殺ってるよ。証拠がありゃ騎士団へ突き出したいくらいさね。ここから本題、じゃあなんでこの子を保護してたのか、そしてアタイがなんで連れ出して来たのかと――」
『目撃者なのかもな』唐突にクプルが呟いた。
「なんでお前らはそんなに頭が回るんだよ。いや、今の流れならオレもすぐ気付いたと思うがな?」エンタクの言葉は強がりか負け惜しみにしか聞こえない。
「おそらく何らかの利害関係でミチュリの両親を殺っちまったんだろうね。それを見られているから手元に置いておくことにしたというのがアタイの推理なんだけど、なんでこの子を生かしておいたのかがわからないんだ」
「まあそうだよなあ。大人より簡単なんだから不思議ではあるな。情けか他に理由があるのか、もし利害だとしたら、この子が何かを握ってるか奪おうとした何かの解除条件になってるとかか?」
「だからそいつを本人に聞こうって寸法さ。ただしこれはミチュリにとってはつらい現実と向き合うことでもあるからねえ。簡単に聞き出せばいいってもんでもないだろうな」
「まさかオメエ、この子のこと治せる当てがあるってのか? それも魔法でなにか出来るってことなんだな?」
「アタイの読みがあっていれば、な。でも今すぐにはやらないよ。まずはここで環境になれて、気持ちが落ち着いてからがいいだろうね。いざという時にちゃんと寄り添えるようにさ。しばらくは一緒に暮らしてみようさね」
「まあオメエさんがいいならオレは構わねえけどな。でも何か手伝えるとは限らねえぞ? オレになにが出来るかもさっぱりわからねえから、必要なことがあればなんでも言ってくれよ?」『ついでにオレとオメエの子も作ろうって言っちまえよ―― あっ!』
「だからもう言葉はわかるんだって言っただろ、この色ボケ妖精のバカヤロウ!」
そしてエンタクの頭上からは石がいくつも落ちてきた。
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せいじん-くんし【聖人君子】
立派な人徳やすぐれた知識・教養を身につけた理想的な人物。




