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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第三章:オッサンは忙しくなった

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36.枯木死灰(こぼくしかい)

 後に座って話を聞いているエンタクたちは、パーティーメンバーがピンチになった時以上に焦ってどうしたらいいかわからないのに、誰も助けに来てくれなかったとハイヤーンから文句を言われていた。


 しかし同情はするもののどうにもできなかったのも事実なわけで、とにかくなだめるのに難儀していた。結局はアマザ村の村長がやってきて何とかなったのだが、タクシイ観光の広告を貼らせてもらう話もあって、招かれるままに仕方なく村長宅へやってきたところだ。


 どうやらこのホリブン(小人間)の少女、ミチュリは数年前に親に捨てられてしまい、それから精神を壊してしまったのだと言う。何日も泣き続けているうちに感情表現がうまくいかなくなることがあると言うのは聞いたことがあったが、実際目にしたのは初めての三人である。


 そしてその少女は今、ハイヤーンにぴったりと寄り添い腕を抱きしめたまま離そうとしない。決して母親だと思いこんでしまったわけではないだろうが、村長がいくら言っても首を振るだけでなにも言わずにテコでも動かない構えだ。


「あのう、村長さん? アタイはどうしたらいいんですかね? さすがにずっとこのままと言うことは無いと思いたいんだけど、今まで同じようなことがあったのか聞かせてもらっていいだろうか?」


「はあ、実はこのようなことは初めてでして私も驚いています。確かに母親と年の頃は同じくらいだと思いますが、それは数年前のこと。とは言っても当人が齢を重ねている意識は無いでしょうから致し方ないのかもしれません。それにもちろん両の親はホリブンでしたから……」


「仕方ないと言われてもアタイはこのままじゃ帰ることすらできないんだが? 寝るまで待っていればいいならそれでもいいけど、ちょいと腹が減って来てしまったしなあ」ここぞとばかりにずうずうしくたかろうとしているわけではなく、本当に腹も減っているし喉も乾いているのだ。


 なにせこのアマザ村には酒場も食堂もない。外から見知らぬ客人が来ることなど想定されていないのだ。風呂は解放されているので通りがかりにやってくる者がいないわけではないが、ハナから温泉を目的としているなら各種施設の整ったジョト村へ向かうに決まっている。


「これは失礼しました。果実酒で良ければすぐにご用意いたします。旦那様と、ええとお子様? も同じ物でよろしいでしょうか?」どうしたらスピルマンと人間の夫婦からスピルスが産まれると思うのか、などと野暮なことは言わず、エンタクはただ頷いた。


「ぷはあぁ、行き帰るねえ。すっかり冷えちゃってどうしようかと思ったよ。村長さんありがとう。それでどうするかなんだけど…… 旦那さま? この子をこのまま連れて帰っちゃうかい? なんだかかわいい顔してるしさ」


 突然突拍子もないことを言われたエンタクは、目を丸くして果実酒を吹き出しそうになった。旦那さままではまだまだ何とかなったが、まさか連れ帰るなどと言い出すとは思っても見なかったのだ。


「ま、まあ? うちには子供がいるわけじぇねえからな。一人増えても面倒見ることはできるだろうさ。だが子供の面倒を見るなんざ、馬や牛みてえに簡単な話じゃねえだろうよ」


「なにノッテやがる。冗談に決まってるだろ。今まではどうやって面倒見てたわけ? 村長さんが一人で見張ってたのかい?」突然まともな会話を始めたハイヤーンに、エンタクはどっちが冗談だよとブツブツ文句を言っている。


『どうやら旦那さま扱いが冗談だったらしいな。そう残念がるなよオッサン』クプルが茶々を入れるとハイヤーンはキッと睨みつけてきた。全くどいつもこいつも身勝手でわけがわからないと妖精は首を振った。


「はい、今までは私と主人で面倒を見ていたのですが、今主人は移住の打ち合わせでジョト村へ行っているのです。一人では目が行き届かずお客様にはご迷惑をおかけしてしまいました。まことに申し訳ございません」


「いやいや迷惑とかはいいんだけどさ。この子が不憫だなってね。もちろん同情したってなにも解決しないのはわかってるよ? でもアタイも境遇は近いからね」それはエンタクも初耳だった。言葉づかいを除けば、これほど聡明で上品なふるまいの出来る冒険者はそういない。


 一体どのあたりが近い境遇なのか、エンタクでなくとも気にならないと言ったら嘘になる。だがそれを聞くのは今ではないだろう。とりあえず気になるとしてもこの場では黙っておくべきだと、エンタクは果実酒を飲み干した。


「アタイのことはともかく、この子を何とかしてあげたいと思っているのは本心で本当のことさ。もちろんかわいそうだから面倒見てあげる、だなんて軽口を叩くつもりはないけどね」


「それでは奥様はこのアマザ村へ越してくると? ということは旦那さまもご一緒でしょうか? お仕事のご都合がつくのであれば私どもでは歓迎いたします」


「おいおい、そりゃ困るぜ。別にムサイムサ村に恩義があるわけじゃねえが、さすがに移住となると色々準備だとか必要になるじゃねえか」即座に真に受けたエンタクは慌てて否定した。


「いやいや、アタイも移住するつもりはないよ。もしこの村で、いや村長さんがこのミチュリを重荷に感じてるなら引き取ろうかって話さ。もちろん大変だから手放したいだろうって意味じゃないよ? 自分の子だって生まれるんだから将来困ったことになりゃしないかと思ってのことさ」


「ええっ!? まだお腹が膨れて来ていないのにわかるのですか? さすがスピルマンの女性と言うことでしょうね。確かに私は今子を宿しております。ですが決してミチュリを邪魔に思ったりしたことはありません」


「うんわかってるよ。手放して寂しいなら無理にとは言わない。でも閉じ込めたままで大きくなっていくのもかわいそうだろ? ミチュリはきっと表に出たかったんだろうけど、自由にさせたら面倒見切れないよね?」


 ハイヤーンはそう言いながらミチュリの指先を優しくなでた。エンタクがその様子を見てなるほどと呟いたのだが、少女の爪には土壁をこすったと思われる茶色い汚れが入りこんでいたのだ。


 風呂へ入っただけでは簡単に落ちないほどの汚れは、今さっき付着したようなものではないのだろう。そう言った環境含めてハイヤーンは自分で引き取ることを申し出たのだと思うのだが、それにしても唐突過ぎて思考が追い付かないエンタクとクプルである。




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こぼく-しかい【枯木死灰】

 煩悩や妄念などがなく無心のたとえ。また、心の熱い活動がなく死んでいるようなさま。情熱や活気のないたとえ。死んで枯れた木と火の気がなく冷たくなった灰の意から。


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