20.大驚失色(たいきょうしっしょく)
「よええ、コイツ今まで出会ったモンスターの中で一番弱いんじゃないか? ふんずけただけでピクリとも動かなくなっちまいやがる。クプルもめいいっぱい倒しとけよ? うまくすりゃ実績が溜まってるはずだぜ」
『だからそんなもん溜めても嬉しくないんだが? それより金になるならもっとたくさん持って帰った方がいいんじゃないか?』
「そう言われても運ぶのはオレだけなんだぜ? 樽一つでも邪魔なくらいさ。必要だったりよほど金になったりするなら改めて来ればいいさ。噂が広まるまではオレたちしか入れないだろうしな」
「なに? まさかこのか弱いアタイに樽を抱えて歩けって言いたいわけ? そう言うのは不細工なオッサンの仕事って相場は決まってるもんさね。アタイはせいぜい皮袋一つ分ってとこだな」
「全くコイツはどうしてこうも汚ねえ言葉が次々出せるのかねえ。そんなだから男が近寄らねえんじゃねえのか?」
「ふざけんな! アタイにいい寄る男なんてそこらじゅうごちゃまんといるに決まってるだろ! 第一誰でも彼でも罵るわけあるかっての。ちゃんと相手は選んでるに決まってるさね」
「つーことはオレ相手なら構わないと? まったく泣けてくるねえ」エンタクはハイヤーンの罵倒にやれやれと首を振りながら、壁からはがれて襲ってくる苔を踏み潰し続ける。それに合わせてクプルも首を振っているがその真意は誰も知らない。
こうしてボス狩りを続け、周囲に生えている苔を半分ほど狩り終ったところで壁の一部が崩落し、次の階層への通り道が現れた。つまり進めと言うことになる。
「どうやらここでは苔の討伐量が解除条件らしいな。頭を悩ますようなもんじゃなくて良かったぜ」
「まだ老け込むには早い年のくせに、そんなこと言ってると耄碌しちまうよ? さすがのアタイでもボケ老人は相手してられないからねえ」どうにもいちいち思わせぶりなハイヤーンだが、エンタクはサラッと流そうと年寄りの真似で腰を折りながら新たな入口へと向かった。
「それじゃ婆さんや、次へ参りましょうか。ふぉっふぉっふぉ」『ゴオオーン」
「ホント懲りないオッサンだねえ。さっさと行くよ? ほらチビ助ももたもたするんじゃないってば」ハイヤーンを先頭に頭を抑えながらエンタクが続く。クプルは呆れて肩の上で一休みだと寝転んでしまった。
だが次はただ下っていくだけではなく、途中で分かれ道があったりコウモリが出たりとそれなりにダンジョンぽい雰囲気に戻っている。それでも所詮は駆け出し向け初級ダンジョンであるから歯ごたえは全くない。
かと言って何の面白味もないかと言うとそうでもなく、エンタクは羊皮紙へ書き込んであるグノルスス洞窟のマップを取り出し、未知だった通路を追記しながら進んでいる。そんなオッサンの様子を興味深く観察するクプルと、懐かしそうに目を細めて機嫌よく眺めるハイヤーンと言った一行だ。
「うーん、どうも不自然だな。ハイヤーン、コイツを見てくれ。ここに道が無い箇所があるだろ? でもあまりにも整いすぎてると思わねえか? だいたい回り終ってもボス部屋もねえし、マップを見てもそれっぽい箇所がねえぜ」
「つまりここが隠し部屋になってるってことか? だったら入り口はどこにあると思う? アタイはここかここの行き止まりが怪しいと思うかな」そう言いながらマップの二カ所を指で指し示した。
「なるほど、そうかもしれんな。んじゃ近い方から行ってみっか。まさか上から別ルートなんてことが無いことを願うぜ。戻ってやり直しは面倒だからなあ」ハイヤーンはもっともだ、と言いながらエンタクの後に続く。こんな二人のやり取りを見ていると、クプルは自分が邪魔ものなんじゃないかと思えて苦笑する。
当たりを付けた辺りへ移動してから怪しい箇所で壁に石をぶつけていると、やはり石がすり抜けて行く箇所を発見した。結局二カ所目が当たりと言うことだったのだが、幸いにも全体がそれほど広いわけでもなく苦労したと言うほどでもない。
「それにしても長年発見されなかった階層を見つけるなんて、マッパー冥利に尽きるってもんだぜ。以前見つけたタワンサン迷宮の時なんて棺桶みたいなのがあるだけの小部屋で金にもならなかったからなあ」
「あああそこな、あの後しばらくしてからアンデッド湧きポイントってのがわかっていい稼ぎ場になってるよ。まあ神聖術者向けだからアタイもオッサンも関係ないけどさ」
「ほお、アレはやっぱり棺桶だったのか。つーことは迷宮自体が巨大な墓って説はそれほど的外れでもねえってことか。学者なんてバカの集まりかと思ってたが謝らねえとな。会ったことはねえけどよ」
「あはあ、違いないね―― っておい、なんだこれ……」ハイヤーンは驚いたように辺りを見回した。もちろん先行して隠し部屋へ入ったエンタクにも同じ物が見えていて絶賛絶句中だ。
「こりゃ…… 言ってる側から驚かせてくれるぜ……」エンタクの口からもようやく言葉が出て来た。
『こりゃなんなんだ? 人系種族の墓ってやつなのかね? しかもこんなにたくさん積み上げてあって、まるで倉庫みたいだぜ』
「アタイもこんな光景は初めて見たよ。それにしたって床にいくつか置かれてるならまだわかるけどさあ。こんな風に立てかけてあるなんて気味が悪いさね」
三人が言葉を失うのも無理はない。小部屋の外周全面には無数の棺桶らしき小箱が建て替えられるように置いてあるのだから。しかもその棺桶には触手なのか太いつたなのかわからないが、ひも状のなにかが絡まるように突き刺さっている。
「まさか食虫植物に絡め取られて棺桶になってるわけじゃねえよな? 蜘蛛の糸ならまだわかるがこんな触手みたいなモン、ふるるるるっ、気持ち悪りい」
「アタイもこういうのは苦手だからこのままそっとしておこうよ。もし墓場だとしても荒らしたら悪い気がするしさ。ああ寒気してきて背筋がぞわぞわするよ」
「一応ギルドへ報告しねえといけねえから数くらい数えて行くか。ええっと―― 十九個とはなんだか半端な気もするが、っと、中央に一つあるから全部で二十だな。まるで王族と従者みてえだぜ」
「もしボスが出るなら、この中央の棺桶を開けるのが条件かもしれないねえ。いかにもそんな風な罠っぽい造りに見えるよ。いいか? 絶対に開けないからな?」
「無論だぜ、さっさと引き上げるとしよう。おお気味が悪い。おっと念のため手くらい合わせて行くか。お騒がせしましたっとな」三人は誰の墓もわからない、なんなら墓かどうかもわからない小箱の集団に手を合わせて引き上げた。
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たいきょう-しっしょく【大驚失色】
非常に驚き恐れて、顔色が青ざめること。




