19.大山鳴動(たいざんめいどう)
蛇と言うのは一般的に細長く鱗のついた表皮を持っている。それほど丈夫ではないが色や模様が種類によって様々なため、装飾価値が高いとされて人気の素材である。
とは言っても冒険者が使うような革鎧や背負い袋には使えるはずもなく、用途は主に婦人向けのバッグや小物入れなどである。当然全面を蛇革でまかなえるわけがない、普通ならば。
だがこのグノルスス洞穴に出現する幅広蛇は皮をなめすと一般的は蛇の三倍ほどの幅になるため革細工を製作する裁縫屋にとっては使いやすい素材である。
そのため村の財源としては上位になるのだが、ダンジョンボス素材のため取れるのはせいぜい一日に一枚、しかも裁くのが下手なら価値は大きく下がってしまう。
それだけに乱獲されてもおかしくないのだが、グノルスス洞穴では他に価値のある素材はほぼ獲れない。あえて言うなら火喰い蝙蝠の髭が染料の元になるくらいだが、それもはした金で引き取られる程度である。
それだけに積極的に潜る冒険者はおらず、気が向いた時にエンタクかボンクレが取りに行く程度なのだ。そしてツチノコを狩るには傷を付けたくないわけで、自然と鈍器や素手による狩りが主体となる。
「まああれだな、ダンジョン自体の難度から考えても、強力な魔法で倒そうなんてヤツぁ今までいなかったんだろうよ。だから発見されることが無かったとオレは見ているんだ」
「その意見にはアタイも賛成だ。ただ倒せばいいなら火球一発だからね。それこそチビちゃんのその空気矢でも余裕だろうさ。ただしズタボロで無価値になるがね」
「そこさ、出来るやつはいただろうけど、あえてやってこなかったからこそ秘密が残されていたってわけだ。それにそんな初級以上の冒険者が来るところでもねえしな」エンタクはニヤリと笑ってムカデを後ろへ放り投げた。
一晩開けた翌々日の朝に村を発った三人は、再びグノルスス洞穴へとやってきており、楽々と先を目指していた。三人の実力からすれば順調に進むのは当然、しかもハイヤーンも二度目ということもあり、前回よりも相当早いペースで最深部へとやってきた。
そのまま前回同様ツチノコを下ろすとやはり同じように岩肌が光りはじめる。予想通り魔法の使用が解除条件なのだろう。そしてもうひとつ、光った岩肌からどうやって次の階層への入り口を見つけるかだが、これは実にあっけなく発見できた。
「あの光の中へ飛び込めって言われてもやっぱり躊躇するよねえ。アタイは一番目に行くの嫌だよ?」ハイヤーンはそう言って後ずさりした。
「誰だって安全かわからねえとこへ真っ先に行きてえわけねえさ。だから頼んでるんじゃねえか。オレの頭に落とすよりもよっぽど有効な使い方だと思うがなあ」
「でもアタイの出す岩は空中へ出すだけだから横には飛んでかないよ? 地面へ転がったヤツをアンタが投げておくれよ。それくらいはできるだろ?」
「わかったわかった、じゃあ岩を出してくれ。なるたけ大きいヤツな? そしたらそれをクプルが浮かせて光ってるとこへぶつけてくれりゃいい」
『成程な、透けて通れるか砕けて道ができるか、それとも何も起きないかってとこだろ? よし、まかせとけ』ようやくまともな出番がやってきたとクプルは機嫌を良くしている。
皆の準備が整いエンタクが合図するとハイヤーンは魔法を発動させた。すると光る岩肌の前に大き目の岩が落ちてくる。さらにクプルが重力軽減と空間操作を用いて岩をぶつけるために発射した。
光っている箇所へ岩が飛んで行きぶつかった瞬間、飛ばされた岩が派手に砕け散ることなく、文字通り粉のようにハラハラと消え去っていく。
「なんだこりゃ!? 一体どうなったんだ、消えちまったってのか!?」エンタクは目の前の出来事が信じられないと言った様子である。
「いや待てよ、光ってる箇所を良く見て見ろ、岩肌が変化してないかい? ほら、岩が消えてがらんどうになってるぞ。おそらく衝撃や刺激によって通路を塞いでた岩が取り除かれる仕組みだろうね」
『よっしゃ、それじゃ早く進もうぜ。お宝を手に入れてから、むふふふふ』
「今のは絶対いやらしいこと考えてただろ! オマエラはほんとぶれないねえ。真面目なアタイには呆れることしかできないよ」
一緒くたにされてしまったエンタクは、クプルのおでこを指でつついてみるが時すでに遅し。すでにエロオッサンのレッテルを貼られてしまっている。もちろんハイヤーンは不機嫌そうに睨んでいた。
ともあれ通路が現れたなら入ってみるのが冒険者だ。一行は新たな領域をずんずんと進んでいく。そこは予想していた通り下り坂になっており、新たな階層、つまり地下二階で間違い無いだろう。
念のため警戒を強めて進んだのだが拍子抜け、特に迷路になっていることもなく広くも狭くもない小部屋のような場所で行き止まりである。だがそこにはぼんやりと薄暗く発光する苔のようなものがあちらこちらに生えていた。
「これは苔なのか? 光ってるように見えるな。クプル、灯りを消してみてくれ」エンタクがそう言うと妖精は宙へ浮かせていた光の珠を消滅させた。
辺りが真っ暗になると確かに苔が光っている様子がよくわかる。ずっと暗闇の中で群生していたのだから光を蓄えるのではなく、自分で発光しているのは間違いなさそうだ。
「こんな苔、アタイは今まで見たことないよ。とりあえず採取して行って鑑定へ出してみようさね。新種で有用だったらちょいとした稼ぎになるしさ」
「まあそりゃそうだな。ここまで来て手ぶらってのもあり得ねえ話だし。でもちょいと気になるのはよ? これでまだ最深部ってことならボスが出てもおかしくねえんだが、まさかこの苔がボスじゃねえだろうな」
「いいや可能性は無きにしも非ずだよ。アタイは行ったことないけど、確かカンタブルゴニャの古代遺跡の中に出てくる部屋ボスにぶどうに似た植物モンスターがいただろ?」
「オレは行ったことないし噂しか知らねえけど、アレってぶどうみたいなやつだったのか。つーことはつる性植物ってことだろうから攻撃してきてもおかしかねえかもしれねえ。でもコイツは苔だからなあ」
「それもそうだけど油断はできないさね。まずは十分な量を採取して、それから燃やしてみるのが無難だろうなあ」ハイヤーンの意見に異論はなく、エンタクは木べらを使って小樽一つ分の苔を採取した。
「すげえなあ、覗き込んでもまだ光ってやがる。いったいどんな原理で光るんだか興味出ちまうぜ。コイツからインクが作れたら光る地図なんてもんも出来るだろ」
「どうせ灯りを出すんだから地図が光っても意味があるとは思えないけどね。アンタはちょっと頭おかしいくらいに地図が好き過ぎる。そこまでいくともはや変態的で気味が悪いよ」
「そりゃいくらなんでも言い過ぎってもんじゃねえか? オレだって生きてる女が好きに決まってんじゃ――」
『バフォーーーン!』エンタクの抗議など聞く耳持たないと言うように、ハイヤーンは岩肌の苔へ向かって炎を爆発させた。すると――
「バッキャロー、急に爆発させたら驚くじゃねえ―― か…… 何だこりゃ!?」
エンタクが驚くのも無理はない。ぶすぶすとくすぶる苔は手のひらほどの塊となって岩からはがれ、地面を這いずりながらハイヤーンへ向っていく。それはまるで敵意がある生き物にも見える不気味さである。
だがその苔たちは放火の首謀者まで到達する前に力尽き、そのままピタリと動かなくなった。
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たいざん-めいどう【大山鳴動】
騒ぎだけ大きくて、結果は意外に小さいことのたとえ。




