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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第二章:オッサンは起業する

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13.偕老同穴(かいろうどうけつ)

 初めての客を受け入れたことでエンタクの毎日は慌ただしく過ぎていった。昼間は人力車に乗せて観光案内、夜はハイヤーンの案内で酒場へ連れて行く様子と宿屋へ戻ってからの就寝を見届ける一日である。


「もう四輓目だから何事もねえだろうな。オレが考えてたよりもハイヤーンはうまくやってるどころかすげえなアイツって感想しか出てこねえぜ」


『ありゃいいとこの嬢ちゃんなのか? まるで王族みたいな立ち振る舞いだな。見たことないけど。だいたいスピルスやスピルマンに階級は無いからそんなはずないがよ。それにしてもいい女だよなあ。なんでオッサンのところになんて来たのか不思議だぜ』


「なにわかりきったこと言ってんだ、そりゃオレがいい男だからに決まってんだろうが、ガッハッハ。あんないい女がSSSSランクの冒険者なんだから何重にもすげえってもんだ」


『そのランク付けに意味があるのかは知らないが、大魔法使いなのは確かか。オッサンが興味ないならオレサマが求婚してみてもいいかもしれん』


「おいおい、スピルスが求婚ってなんの冗談だよ。まさか家庭を持って大人しく暮らすことに憧れでもあるのか? 精霊なんて自由気ままの代名詞じゃねえか」


『ちっ、これでもなんとも思わないのか。オレの見立てではハイヤーンはオッサンのことが好きなんだと思ったんだけどなあ』妖精にしては珍しく人間臭い言葉を口にした。


「そりゃ嫌いではないだろうがよ? 夫婦になるかっつーとそりゃまた違うと思うぜ? オレだってもういい年だ、カミさんは若くて抱き心地が良けりゃイイだなんて考えはねえ。だからこそ自分が家庭を持つなんざ考えられねえんだよ」


『わかってるなら夫婦になってから大人しくすりゃいいだけだろ? それでも我慢したくないならこれ以上言うことはないさ』


「だって考えても見ろよ、我慢して一緒になるとしてだぞ? 夫婦になったら何十年も同じ状態で居つづけなきゃいけねえわけだ。そんな自信、オレには到底持てやしねえぜ」


 スピルスには個体として明確な寿命がなく、自然の中から湧きだすように生れ出てやがて自然へ還っていく。そのため繁殖の仕組み上からも番や夫婦の概念が存在しない。そのためエンタクの悩みがクプルにわかるはずがなかった。


『だけど今来てる客なんてもう何十年も夫婦やってるんだろ? だったらそれが凄いってことになるのか? オレサマにはさっぱりわからないぜ』


「すげえに決まってるさ。自分の生きられる年月の半分以上を他人に合わせて生きるんだぜ? そりゃ喧嘩をしたり別れちまう夫婦もいるけどよ、そうじゃねえからこうしてそろって観光に来るわけじゃねえか。ウラヤマしかねえが敬意は持って当然だろ」


 この二人にしては随分と高尚な話をしているが、それがこの飼葉の残る馬小屋だと言うのも彼ららしいと言える。もしかすると、この数日の睡眠不足がたたっていつもと異なる思考が頭の中を占拠してしまったのかもしれない。


「さあて、明日は一番の遠出だからさっさと寝ちまおう。オメエの魔力だって無尽蔵じゃねえんだろう? ちゃんと休んどかねえと、途中でへばれれたらオレが困っちまうからな」


『そうだな、ロック山は久しぶりだ。相当寒いかもしれないから毛布を持って行ってくれよ?』クプルは自分のためにそう言ったのだが、エンタクはなるほどと言いながら手をポンと叩いた。


「オメエいいこと言ったな。確かに人力車は寒いかもしれねえ。毛布を人数分用意していくとしよう。魔法で暖めることはできないのか?」


『人力車を燃やしていいなら出来るけどな。やっぱオッサン、バカだろ?』


 こうしてこの日はお互いを罵り合いながら眠りについた。


◇◇◇


 そして翌日、予定通りに道中を進んだタクシイ観光の人力車一行は、冬で花の咲いていない丘をそんな説明をしながら通り抜け、岩肌の目立つ山道へと入っていった。


 この辺りに危険は少ないのだが景観は決していいとは言えず、見るからになにか出そうなため警戒する者が多い。それだけにエンタクにとってはいい稼ぎ場だったことから慣れた道である。


 そんな時――


『クエッルルルルルックルル――』


「ひえええ! なんですかこのおかしな声は!? まさかモンスターじゃないですよね!?」


「驚いちまいましたかね? でも大丈夫、ただの鳥でさあ、ロックバードは初めてなんかな、別に珍しかねえんだけど鳴き声が美しいなんてこたあないやね」


 それは死肉を漁ることから人々に忌み嫌われているロックバードが、群れをなして上空を飛び回る場所へと差し掛かった時だった。走っている人力車の頭上を飛んでいるだけでなく、聞いたこともないような鳴き声を聞かされた客たちが怯えてしまうのは無理もない。


「安心してくだせえ、ロックバードは温厚で人を襲ったりはしやせん。死肉を喰らうことで誤解されてるんですがね? 簡単に言えば掃除屋みてえなもんですから」


「な、なるほど、そう言う見方も出来るわけですか。でも本能的に気味が悪いと思ってしまうのですよ。それとあの見た目も怖いですしね」


「そうですねえ、デケエ鹿の死体でもぶら下げて飛ぶくらいの脚と爪は、もしも掴まれたら大怪我どころじゃねえかもしれねえ。でもね? ヤツラの爪や羽がいい素材になるからって、追いかけまわして狩っちまう猟師のほうが恐ろしいと思っちまいやすがね」


「あはは、違いないですな。いやあ御者さんは博識でおもしろい方だ。それに人間族なのにドワロクに近い体型で親近感もわきますよ、ワッハハハア」


 またこれか、とエンタクは聞こえないように呟いた。そんなことをしているうちに山頂までやってきて人力車を止める。ここには古代に行われていた太陽神信仰の儀式場跡があるのだ。


「今の王国では廃れ気味の太陽神信仰ですがね、高いところこそ神に届くとされてたと伝わってるんでさ。この辺りでは一番高いこのロック山ですから儀式場を作ったんでしょうなあ。王都にある地神信仰の祭儀場が地下にあるのと対極ってことになんのかな?」


「おおお、ここがその遺跡ですか。立派なものですねえ。巨石遺跡はほかでも見たことがありますが、このロック山は状態がいい。いやあいいものを見せて貰えてうれしいですよ」


「ホントですね、お父さん! こんな上まで自分では登ってこられないですから助かりました。歳のせいか歩くのがつらくなってきてしまいましてねえ」


 馬力体力行動力だけが取り柄と言っていいエンタクは、こうして老夫婦たちに喜んでもらえることに新鮮な幸せを感じ始めていた。




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かいろう-どうけつ【偕老同穴】

 夫婦が仲むつまじく添い遂げること。夫婦の契りがかたく仲むつまじいたとえ。夫婦がともにむつまじく年を重ね、死後は同じ墓に葬られる意から。


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