12.輔車相依(ほしゃそうい)
酒場へとやってきたエンタクたちは、女将へ適当な飯を適当にと適当な注文をしてからテーブルへと陣取った。代金はすでに前払いで払って有り、そこから引いて行ってもらう事になっている。
この仕組みは逆ツケ払いという王国では一般的な仕組みで、こんな辺境の村でも同じなのは訪れる冒険者たちにもなじみ深く勝手が良い。売り手側からすると誤魔化しやすい、いやとりっぱぐれが無く釣りを用意する手間も少ないので、固定客が多いところならほとんどが採用していると言っていい。
「ここには結構多めに預けてあるから好きに使っていいぞ。アレは年寄りだが記憶力はしっかりしてるし、オマエさんの顔もすでに覚えたに違いねえ」そう言ってにやりと笑ったエンタクの頭にジョッキが飛んで来る。
「まったくそうやってすぐに年寄り扱いすんじぇねきよ。ほれ、スピルマンでも冒険者なら肉は喰ど? チビ助はいつものやつでええじぇな。んでこの美人はだれどさ? アンタの連れじぇこつはわかったじぇきツケはいいとして、紹介くらいどしてもいいんじぇきね?」分厚い肉の煮込みを持ったまま、エンタクが話すまで渡さないと言いたげな酒場の女将である。
わかったわかったと言いながら皿を受け取ってテーブルへ置くと、エンタクはもったい付けながら紹介を始めた。
「ええっとな、コイツは以前からオレの友人で、ハイヤーンと言うスピルマンの三十路だ。オレのことが忘れられなくて、王都からここまで追いかけて来たってわけさ。モテるってのはなかなかいいもんだな、ガッハッハハ」
「アタイもジョッキぶつけてやったほうがいいんかな。まったくこのオッサンはくだらない事ばかり言うんだから困るよ。冒険者稼業の骨休めでしばらくこの村にいることにしたよ。女将さんよろしく頼むな」
この二人、バカな男どもを相手にする立場として気が合いそうである。次にクプルを紹介していると例の男がやってきた。
「おおう、エンタクのお、仕事前の腹ごしらえじぇ感心感心ど。んなっ!? こっちのべっぴんさんじぇまさか――」
「うむ、オレのカミさんでハイヤーンだ。宿の手伝いをしてくれるから覚えておいてくれよ―― わかったわかった冗談だっての。ジョッキで殴るんじゃねえよ。コイツは冒険者仲間でカミさんじゃねえが気の許せる友人だ」
「ほほう、冒険者仲間ど? んじゃおめさんと同じくDランクくらいじぇ? この辺りでは見かけたことねいど、普段じぇどのへんさにいくど?」やかましい山男の質問に答えようとしたハイヤーンだが、エンタクはそれを目で静止する。
「いや冒険者仲間って言っても町中でワイワイやってた程度だからな。ランクとかはどうでもいいだろうよ。それより客の人数を聞いてなかったぜ。朝は一人分だけ受け取っちまったし細かい話をしてなかったもんな。ほれ、コイツが観光予定だ」
エンタクはそう言ってボンクレへ薄く削いだ木の板を数枚差し出した。急な話で羊皮紙が用意出来なかったのでその辺の木材から削り出した急ごしらえである。
「なるほどだじぇ、一泊3エントど観光案内が2エントじぇきな。部屋は二人まじぇなら夫婦二組だかん二部屋でいいど。これど追加料金いらねじぇきね? 飯はこの酒場へ連れて来てくれるんじぇきか、んならそこに合わせどオラたち夫婦もくりゃええじゃきね」
「そこらへんは任せるから好きにしてくれ。今晩到着したら宿屋まで連れて来てくれよな。宿屋ではこのハイヤーンが案内するからよ。オッサンが出迎えるよりも大分安心だろうさ。明日の朝になったらあちこち案内するのにオレが迎えに行くからな」
「うんむ、わがった。おめさん顔に似合わず考えるこんど細けいな。こりゃ期待できそじぇきねえ。それと念のためだんど、客人は農業やってん夫婦じぇき危ないことど無しにしてくれど?」
「そこは任せとけ、ちゃんと下調べしてあるんだから問題ないぜ。グレイフォーリアの大滝、ロック山の古代遺跡あたりは喜ばれるだろう。隠し玉もあるがどこも安全なとこだから安心してくれ」
「もちょろ、おめさんを信じるじぇい。んじゃこれ代金ど。好評だったら終わってから色つけるじぇき。
おおお、女将さん、今日から来る客人ど、オラの接待ってことになっとっけい先払っとくじぇ。あとで一緒に来るじぇき覚えておいてくんなまし」この見栄っ張りで金払いの良いドワロクから多めのツケ代を受け取った婆は、ニコニコしながら調理場へと戻っていった。
そして夜になりいよいよ初めての客がやってきた。宿屋の『美しい女将』が出迎えている様子を遠目から見ている『使えない男たち』は自分たちが出迎えないで本当に良かったと感じている。
観光を楽しもうとするくらいだからそう言うものなのか、それともドワロクの習慣なのかわからないが、やってきた二組の老夫婦は驚くほどに着飾っていた。派手と言うよりは上等で上品な雰囲気と言っていい。
ボンクレの親類であるから当然だが、埃臭い風体の冒険者に案内されやってきた老夫婦とその友人夫婦の四名は予想通りハイヤーンに見とれている。種族としての美醜感覚があろうとも、世間一般に美しいとされているものは共通で美しいと感じて当然なのだろう。
「あとは部屋を気に入ってくれたらこっちのもんだな」そう言うエンタクだが、その実、勝算しか感じていなかった。
なんといっても、幸い野盗どもの隠れ家だった宿屋には部屋がいくつもある。それにやつらは大分いい生活をしていたようで、この村では珍しい厚みのある布団まで残されていた。屋内の調度品も上等なモノが多く、王都の宿屋でも十分通用する造りなので不安はないのだ。
だが二人の心配はそこではない。
「オマエさんにとっては客が若い娘じゃなかったから興味が薄いかもしれんが、その金で遊びに行かれるなら間接的に若い客だと言ってもいいだろう?」
『かあー屁理屈は本当に旨いんだから参っちゃうぜ。しかも理にかなってると来たもんだ。だが心配事もあるんだが? この仕事が終わって他の街へ遊び行くとしたらよ、ハイヤーンはどうするんだよ。一緒に行ったらオッサンはおちおち遊んでられないだろ?』
「そう言われてみりゃそうだな。ちっ、こいつぁ盲点だったぜ。んじゃ留守番を頼んで二人で行きゃいい。うむ、そうしよう」
クプルは人間たちの色恋に詳しくないとは言え、ハイヤーンの扱いはそれでいいのかと疑問を感じていた。
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ほしゃ-そうい【輔車相依】
両者が互いにもちつもたれつの関係にあるたとえ。利害関係が深いことのたとえ。頬骨ほおぼねと下あごの骨が互いに頼り合っている意から。




