明暗 3
「それは――」
身体を起こしながら、俺は言葉に詰まる。
紫荻の記憶。
それは間違いなく「下天の空」のモノ。
ほぼ理不尽に殺されるか。
誰かの愚行を止めようとするだけで。
彼女は必ず不遇な目にあう。
さっき口にした通り。
政宗に切り捨てられて。
遊郭や南蛮の奴隷船に売り飛ばされ。
夫が出来たとしても絶対に幸せにはなれない。
最終的に訪れるのは「死」という結果だ。
前までは唯のゲームだった。
でも、こうして今、生きている彼女を前にして、その人生を思い返せば。
彼女は、余りに哀れだ。
だからと言って、今後の彼女の結末を考えても。
嫌。今作は選択しだい、か。
「そう、だね。もう今は戦国じゃないし。――本当に新しい今が手に入ったんじゃないかな……?」
俺は言葉を選んで口にする。
今日、気が付いたら伊達政宗になっていて喜んだ。紫荻の兄になれるなんて心から。
でも、この現状を知り心がざわめく。
過去を覚えている彼女を前にして胸が張り裂けんばかりに悲鳴を上げる。
それは『政宗』なのか、俺本人の罪悪感からなのかは分からないけど。思ってしまったのだ。
数百年前。ただ悲惨な最期を遂げた彼女は。
今度こそは、今瀬こそは、想い人と添い遂げて、幸せになる未来を掴んでも良いんじゃないか――なんて。
「だからさ。今度は、昔に好きな人とか。いたならさ。精一杯アプローチかけて。幸せに、ならなきゃね」
「……あぷろーち?……なにをいっているのですか?」
俺の言葉に紫荻は首を傾げる。
幼い顔には似合わず綺麗な笑顔を一つ。
勝気にも混ざった表情で言い切った。
「好きな人?そんなもの、この紫荻にいません!もう『とうがさ』で身体が動かなくなることも無い。手足の健を切り落とされることも無い。――私の願いは、ただ戦場を駆け巡り、戦場で生を終える事。――これ以上の幸福がありましょうか!ただ、思っただけです。てんせーと言う未来を手に入れたのなら、今度こそこの願いを叶えられる。それが私の幸せでありましょう!」
もう二度と、叶いもしない願いを。
俺は思わずと言葉を失った。
戦場で生を終えたい。
それは『記憶』がある。
昔からの紫荻の願いだ。
生き急ぎ過ぎだと、笑った『記憶』もある。
それで理由着けて、彼女の結婚の話を流した『記憶』もある。
でも今は違う。
この世界に、この日本には彼女が思い願う戦は無い。
それに気が付いていないのか、知らないのか。何方でも良い。
この子は余程の戦馬鹿で。アレじゃないの?
いつか、何処かの国の戦争に刀一本で自分から飛び込んで。
そこで死んでしまうんじゃないの?
誰でも良い。
彼女が消えて無くならない様に、支えてあげる存在が必要なのでは?
それが可能なのは、腹立たしいけどゲーム通り。攻略対象の5人なのでは――?
「何より。もう二度と、好きでも無いとの方とそいとげなくても良い事が幸せですね!真田様、豊臣様。石田様に。ああ、小言で言えば猿飛様と小十もいましたね。女だからと。花様を手本にしろなどと抜かし、私から刀をうばった奴らと会うことも無いと考えればこれ程の幸せは、ありません!」
ああ、うん。全権撤回。駄目だわ。
俺は頭を抱える破目となった。
「どうなされたのですか?」
不思議そうに純粋な瞳が映してくる。
どうなされたのですか、じゃないだろう!
その五人はいるんだよ!健在だよ!
攻略キャラクターの5人に、彼女のストッパーになって貰おうという淡い考えは早くも打ち砕かれた。
いや。元から考えてみろ。
そいつらは前作に紫荻に酷く辛く当たったやつらだ。
そんな奴らに妹はやれるか?
否。やれるはずがない。
お前らにやるぐらいなら、戦場に送り出した方がずっとましだわ!
そもそも最悪の花もいるし、個別ルートに入らなきゃ他の奴らからは腹立たしい程に嫌われるし!
テメ―らにやるぐらいなら。
どこかしらに旅立ち、どこぞの男と結ばれた方が大分ましだわ!
「ん?」
「?」
そこで俺ははと思いだす。
――バットエンド。
その響きは嫌に重たくて悪い。
だが、このゲームでは別だ。
たった今言った通り。
紫荻と攻略キャラクターの好感度低いと、どちゃくそ嫌われ孤立するが。
最後まで学園では孤立し、寂しい卒業式エンドを迎え、何処かに旅立ってしまうが。
最後の最後。
彼女は旅先で本当に心から愛せる人間に出会えるじゃないか。
顔も素性も知らないが、問題の5人ではない誰か。
嫌、俺の記憶は知っている。
最後の手紙で見た。
旅先で自分を理解してくれる人と再会できたことが記され、ささやかであるが結婚式を挙げた事。
スチルで見た。
幸せそうにウエディングドレスに身を包んだ紫荻の隣。
無駄に顔が良くて、優しそうに微笑み彼女の肩を抱く男の姿を。
「あいつだー!!!」
「!?な、なんですいきなり!」
気が付くと俺は空を仰ぎ、声を上げていた。
紫荻が驚き腰を抜かすが、知った事か!
俺は今日一番の名案が思い浮かんだのだから。
何もあの畜生どもに可愛い紫荻をやらなくても良いのだ。
バットエンドのその先にいる彼女の本当の理解者を選べばよいだけなのだ――!
俺は紫荻を見る。
がしり、そんな音が響くぐらいに彼女の肩を掴む。
「そうだよ!何もそんな奴らと付き合わなくていいんだよ!」
「きゅうに元気になってどうなさったんですか?こわいですよ」
本人様からは冷たい目で見られるが構わない。
俺はきっと、多分。満面の笑みを浮かべていたに違いない。
そのまま自身を持って胸を叩く。
「俺に任せろ!そんな奴ら。お前と合わせるもんか!」
「は?合わせるもんかって、今あげた5人存在しているのですか?」
紫荻はあまり喜んでいないようだが。関係なく。俺は此処に決めた。
「俺がお前を幸せにする!」
正確に言えば俺ではなく、名前も知らない未来のお前の夫だが。
俺の宣言に紫荻はポカンと唖然とした表情だ。
だが、暫くして。無理矢理の様な。頑張って作ったような笑みを浮かべてくれた。
「そうですか。ありがとうございます?」
困ったような顔で首を傾げ、一応の感謝。
今はまだ彼女には伝わっていないようだが、俺は本気だ。
このゲームの世界に飛ばされたのも、きっとこのためだったに違いない。
――俺は紫荻の為にバッドエンドを目指す!
☆
「あ、えーと。ところでなのですが」
俺が固い決意が定まってから暫く。たぶん数十秒。
何も知らない紫荻は何か思い出したように此方を見た。
「お兄様にうり二つのあなた。ぎりとはいえ、兄弟になるのでしょう。名前は?」
「あ、うん。俺か?俺は――政宗だ!」
「………………は?」
途端。その瞬間と言うべきか。紫荻の表情は硬いものとなる。
違和感に気が付いたのと同時である。いや、失態に気が付いたというべきか。
だって、ほら。伊達政宗も彼女を裏切った一人なのだから。
「結局名前も同じか!女狐に骨抜きにされやがって!天下の一つぐらい取ってから顔を見せやがれ!!!!」
そう、思い切り平手打ちを食らう羽目となるのだった。