明暗 2
「はい?令和?」
とりあえず、両者正座。
目の前の蒼の瞳が怪訝そうに歪んでいた。
「何を仰っているのですか?なんです令和って」
少しして。紫荻は訝しげに声を漏らした。
嫌、だが。俺はと言うか政宗の記憶が正しければ間違っていない。
今は令和6年。2024年の筈だ。
しかし、俺は紫荻を見る。
彼女は先ほど言った。今は天正3年だと。
天正3年と言うなら、西暦に戻せばアレだ。1580年代のはず。
と言う事は、簡単に。
彼女の中で時代が大きくずれている。
そう思い、側に置いておいた今年のカレンダーを彼女に見せた。
「ほ、ほら、これ今年のカレンダー」
「は?かれんだー?」
「今年の暦――的な?」
紫荻は更に訝しげな表情を見せた。
多分、おそらく、俺の読み間違いで無ければコレで彼女には通じると思うのだが。
小さな手が伸び、カレンダーを手にする。
険しい顔のままの彼女が、まじまじとカレンダーを見下ろした。
「今年の暦――?なんてめんよーな。紙に何やら見慣れぬ文字が……。」
西洋文字読めないかぁ。
「それで2024年の10月って読む。あ、えーと。神無月?因みに14日」
「はい?」
とりあえず諭すと彼女は顔を上げた。
怪訝そうな顔のまま、首を傾げる。
「二千……二十四年?神無月?これで?いいえ違う!今年は千五百八十五年でありましょう!」
ああ。
やはり、なんて思った。俺は小さく首を振る。
それを彼女も察したらしい。わなわなと震え始めた
「そ、そんな筈は――!?だって私は今年で16!昨晩いつものよーに政宗兄さまの手によって殺されたはず――!口惜しい。花とか言う女との祝言の日に!!いや、そもそもりんねてんせーの様に16の誕辰の日に戻っていることがめんよーでございましたが……。あれ、まって。殺されるのは21の時だから。……あれ!?」
嫌。どうやら困惑してきたようだ。
俺はそんな彼女の肩に手を置く。
つまりだが。今までの事を整理して簡単に説明するとだが。
「多分なんだけど。君は、タイムリープしたんじゃないかな」
「…………たいむりーぷ、とは?」
「数百年先の未来に転生したんだと思います」
――こういう事だろう。
正確に言えば、前世の記憶を持って生まれて来てしまった……という方が正しいと思うが。
いや、思えば不思議なことでは無い。
だって、此処はゲームの世界。乙女ゲー「下天の空」の数百年後の世界で登場人物たちは、皆。戦国時代の武将たちの生まれ変わり、なのだから。
というか、俺みたいな異端者があるのだ。記憶を持った転生だってあり得ない事は無い。――多分。
そもそも実はコレはゲームの裏設定とかじゃないか?
「では、私が今まで何度も殺されていた時代は!!」
「だからソレは今から四百年以上前の話に……」
「せんらんの世は!?」
「終わった」
「え!?誰が天下をとったのですか!!!」
「それは、記録が正しければ徳川かな……?」
「え!?徳川!?家康のじっ様が!じゃあ伊達の天下は!?私を切り捨てておいて天下の一つも取れなかったのですか!!!!!!」
「いや。だから記録が正しければ……」
「そもそも、どれ!!どの世界線!?私が兄様に殺された世界!?遊郭に売られた後!?真田に嫁がされた後!?それとも石田!!?それとも南蛮の船に奴隷として売られた後!!どれですか!!!」
「知らないよ!!」
少なくとも、コレはどうやら彼女。全ての世界線をひとしきり覚えている様だ。
どんな仕様だ。哀れすぎるだろう。自分の惨めな最期が頭に残っているなんて。
というか、そんなに大声でしゃべらないで欲しい内容なのだが、だが。
「と、というかさ。君自体には無いの?ここ、6年の記憶とかさ。」
「――!?」
俺の問いに紫荻は固まった。
少しの間。
小さな手が頭に伸びて、わなわなと震えだす。
「なぜ、です。半兵衛様に甘やかされた見知らぬ記憶が……!て、てれびたるものに、餡子が詰まった南蛮料理が空を飛ぶ動く絵を見ていた記憶が――!ていうか、アレ何!?今思えば、薄い箱の中に人が入っている!?……な、なんてめんよーな!」
この子、思っていたより。ちょっと阿保の子なのかもしれない。
いや。違う。きっと記憶が混乱しているだけだ。阿保の子とか言ってはいけない。
そもそも中身は戦国時代の古い人だ。現在の年齢も若いし。混乱しているのだきっと。
「これで、分かっただろ?今の時代は君がいた時代から、かなり先の時代だって」
「では、何故私は幼いころの私のままでいるのですか!政宗お兄様は今ここで懐かしい幼子の姿で存在しているのですか!!」
今度は痛い所を突いて来るじゃないか。
なんて言えばいい?素直に実は俺も前世の記憶を持っている、とか?
いや、言わない方が吉の様な気がする。
だってそうだろう。彼女の言うお兄様は彼女を切り捨てたお兄様である訳で。
つまりは紫荻を裏切り続けたお兄様。これから、政宗として生きて行かなくてはいけないのなら。
今後の関係性がこれ以上危うくなるのは避けたい。
「俺は君の言うお兄様とは全くの別人です」
「そのように何もかもがそっくりなのに!?」
だからこれしか無かった。
俺はアレだ。紫荻の言うお兄様とは他人の空似である。以上。
でも正しくない?中身は全くの別人だし。
「あ、でも確かに私の覚えている限りのお兄さまと比べると、まだ目が死んでないというか。健全的ですね。少したるんでいる気もしますが」
いや、『政宗』でもあったわ。2人分のダメージを受けた。
「……でも、そう言う事でしたらあれですか?」
ショックを受け、倒れ込む。
そんな俺を尻目に、突然紫荻は何やら疑問が混じる声を上げた。
胸を抑えたまま顔を向ければ、思わずと息を呑む。
倒れ込む俺の顔を覗き込むように彼女が此方を見据えていたからだ。
綺麗な顔が目の前にいっぱいに広がれば言葉も失いかける。
「私は遂に死のりんねからかいほーされたわけですね!」
発せられた言葉を聞けば尚更の事だ。