第9話 あなたのいない世界に幸せなんてない
何とか間に合ったか……
僕は助けられたことに胸を撫で下ろす。
だが気を抜くわけにもいかずすぐにフェニックスと対峙する。
「シャーロット、話は後だよ。まずはこいつを倒す!」
「っ!……はい!分かりました!」
シャーロットは何か言いたそうにしていたがすぐにそれを飲み込み引き締まった表情へと変わる。
目の前の敵は今まで戦ったことがないほど強い。
ヘイマンさんと対峙したときのような強者のプレッシャーを強く感じる。
「Hrrrrrrrrrrrrrrr!!!」
耳をつんざくような鳴き声と共にフェニックスが接近してくる。
今度はくちばしが迫ってきた。
後ろにシャーロットがいるため下手に受け流すことはできない。
僕は瞬時にそう判断しありったけの力を込めて止めに入る。
「ぐっ──!?」
しかしフェニックスの力は凄まじく一瞬で吹っ飛ばされた。
急いで受け身をとってすぐに立ち上がる。
(どんだけ馬鹿力なんだよ……こんなの反則でしょうが)
明らかに別格。
生物としての差を見せつけられた瞬間だった。
でもだからと言って負けるわけにはいかない。
今度はこちらから攻撃をしかける!
地を蹴り空を飛ぶフェニックスに狙いを定める。
「水の加護!」
僕の攻撃に合わせてシャーロットがなにやら唱える。
僕の体を水色の光が包み込んだ。
体の底から力が湧き上がってくる。
(これが聖女が使う元素の加護か……!すごい効果だな!)
ラノベにも出てきた聖女が使う補助魔法。
その元素の種類によって上昇する能力が変化する聖女しか使えない専用魔法だ。
物語では習得するのはまだ先のはずだけどこの際、気にしている余裕はない。
この一撃に集中する。
「落ちろ」
先ほどのように鋭いくちばしが迫ってくる。
シャーロットの魔法を信じ小細工も無く思いっきり剣を振り抜いた。
するとその瞬間、剣が水の刃をまといフェニックスを切る。
「GYAoooooo!!!」
フェニックスは大きな悲鳴と共に落ちていく。
どんだけ強力な魔法なんだよ……
僕はシャーロットの補助魔法の威力に驚きながらも気は抜かない。
フェニックスを追って重力に引っ張られ落ちていく。
着地した僕はすぐにシャーロットと合流する。
「Hrrrrrrrrrrrr!」
砂埃を吹き飛ばし再びフェニックスの姿が見えた。
多少傷付いているようだが重症を負った様子は無い。
やはり今まで戦ってきた魔物とは別格だ。
「不死の名は伊達じゃないね……」
「強いです……」
ここから一進一退の攻防が始まった。
フェニックスが攻撃してくると爪やくちばしの攻撃は僕が、吐いてくる炎はシャーロットが防ぎ続けた。
そして攻撃が緩んだタイミングで反撃する。
しかしこちらの攻撃は有効打にならず倒すことができない。
お互い決め手に欠けたこの戦いは均衡を保ち続けた。
何合打ち合っただろうか、その均衡は崩れ去る。
(くそ……シャーロットはもう限界か……)
シャーロットはもう魔力切れ寸前なのかかなり顔色が悪くなってきている。
これ以上戦わせるわけにはいかなかった。
二人でもぎりぎりなのに一人で大丈夫なのかという話だけど僕はそれでも戦えるように修行を積んできた。
なによりもシャーロットを守るために。
何とかシャーロットを離脱させる方法を探していると視界の端にある人物を見つける。
「王子殿下!シャーロットは限界です!シャーロットを連れて安全なところまで避難してください!」
「っ!?アランくん!私はまだ戦えます!」
そうは言ってももうフラフラだ。
絶対にシャーロットだけでも逃がす。
なぜ逃げていないのかわからないがまだ王子は近くにいた。
王子に頼りたくはないけどこの際仕方ない。
「平民風情がこの俺に命令するなよ!」
なんでこんな忙しいときに……!
僕はなんとかフェニックスの標的が僕になるように戦いながら声を上げる。
「聖女さまは守らなくてはなりません!時間を稼いでいる間に早く!」
「チッ……!わかった」
王子は舌打ちをしながらも了承した。
僕は王子がシャーロットに近づけるようにフェニックスを遠くへ誘導する。
ただ戦うよりも何倍も気を遣うため何回か死にかけた。
シャーロットがかけてくれた水の加護での保護がなかったら危なかった。
「シャーロット!逃げるぞ!」
「離してください!私はまだ戦えます!離して!」
「ダメだ!行くぞ!」
シャーロットはまだ戦うつもりのようだがなんとか王子たちが保護してくれたようだ。
じきに近衛が王子たちの護衛に付くだろうしこれでもうシャーロットは大丈夫だ。
「さて、決着をつけようか」
僕は改めてフェニックスと向き合う。
お互いの体はもうボロボロだった。
それでも、種族としての差なのかフェニックスのほうがピンピンしていた。
「Hrrrrrrrrrrrrr!!!!」
「行くぞ!」
僕とフェニックス、一対一での第2ラウンドが始まった。
しかし損耗も激しく数的有利が無くなった僕に勝てる要素は無かった。
防戦一方に追い込まれ防ぎきれず負傷が更に増えていく。
爪の一撃を喰らい吹っ飛ばされる。
「はは……ここまで……かな」
もう体に力が入らない。
僕には運命を覆すことが出来なかった。
悔しさはある、それでもシャーロットを守れた安堵の方が大きかった。
「幸せになってくれよ……シャーロット……」
フェニックスはもう目の前まで迫ってきていた。
もう抵抗する力も残っていなかった。
(はは……強すぎだろ……なんで魔王城で出てきてもおかしくないレベルの魔物を王子の暗殺に使ったんだよ……明らかに過剰戦力じゃないか……)
この魔物のトドメは師匠に託すとしようかな。
フェニックスの爪が僕の体を貫こうとしたその瞬間──
「防御障壁!」
目の前に白い光が現れ爪の一撃を防ぐ。
まさか──!
なんとか振り返るとそこには息を切らしたシャーロットが立っていた。
「はぁ……はぁ……死のうとなんて……しないでください……」
シャーロットの頬に大粒の涙が伝う。
「アランくんのいない世界に幸せなんて無いんですよ……私にはアランくんがいてくれないとダメなんです……だから、勝手に死のうとなんてしないでください!」
「……ごめん。もう僕にこいつを倒すことはできない。だからシャーロットだけでも逃げて」
「絶対に逃げません。アランくんが死ぬなら私もここで死にます」
そしてシャーロットは詠唱を始める。
「聖なる水の加護」
僕の体を白い光が包む。
傷が癒えていき体に力が戻る。
これは……まさか上位魔法!?
「あとは……お願いします……」
シャーロットが倒れ込む。
僕はそこに駆け寄ることは出来なかった。
シャーロットが託してくれた力を無駄にすることは出来ない。
効力は刻一刻と消えていく。
一秒でも早く決着をつけなければ。
「こいつを倒して僕も生き残る!これで最後だ!」
全てを賭けた最後の一撃。
フェニックスは飛び上がり旋回して加速してきた。
お得意のくちばし攻撃か……
狙うべきは生物の弱点である首、いくらフェニックスでも細長い首に一撃をいれればなんとかなるはずだ。
「僕ならやれるはず」
高速で迫るくちばしを剣の腹で受け流す。
今までの比じゃないほどの圧力をなんとか横に流しきった。
「僕の……勝ちだ!」
渾身の力を込め剣を一閃する。
その瞬間、シャーロットの水の力で空気中から大量の水の刃が現れフェニックスの体を突き刺す。
そして……僕の剣はフェニックスの首を斬った。
はは……死にかけた……
僕は残る力で振り返りシャーロットの無事を確認するとその場に崩れ落ちた。