ピンク髪のマリア
ピンク髪の三代目マリアが無事に帰還した。
「あーもうやってらんないわ!」
ドレスを脱ぎ捨て宝石を外す。ピンクのふわふわした髪をがしがしと掻きながらマリアは叫んだ。
「いい加減バカみたいにぷるぷる震えさせてバカみたいに散財させるなってーの!
国民を苦しめるとかもう胸が痛いわ!」
マリアシスターズは貧乏な平民だった。
それゆえ贅沢は敵として育ち日々の生活を慎ましやかに過ごしてきたのだ。
だがざまぁマリアは高位貴族に侍り贅沢を強いられる。
慎ましやかな食生活からいきなり贅沢な肉を食べなくてはならなくなり、胃が虚弱なマリアは常に裏で吐いていた。
急に贅沢になっても胃が受け付けず、役になりきっている時は無理して口にしていたのだ。
ドレスや宝石を強請る時も「これが一つあるだけでどれだけの人が飢えを凌げると思ってるのよ」と内心で叫び、身に付ける度胃をキリキリとさせていた。
それでもマリアがざまぁキャラとして出演しているのはひとえに妹たちの未来の為だ。
初代マリアは王太子と側近たちを寝取った罪で慰謝料を払う名目で娼館行きとなった。
そして払い終えた後処刑されてしまった。
二代目マリアは鉱山の男の慰みものになり、性病にかかって発狂死した。
最期の叫びは妹たちを遺して逝く事への無念のものだった。
三代目マリアは今の所平民落ちで済んでいるが、自分もいつ上二人のようになるか分からない。
それゆえ自分の下のマリアシスターズの世話を怠らないのだ。
ピンクのふわふわの髪を持つだけで引っ張りだこ。ざまぁキャラ商会の売れっ子マリアは今日も元気にざまぁされに行くのだ。
「次は何?」
「また王太子の浮気相手ですね。婚約破棄された後散財して王太子妃教育をサボる役です」
「それ以外無いの? もっとバリエーション増やしなさいよ」
「仕方ありません。婚約破棄から散財して王太子妃教育をサボるのはもうテンプレですから」
「もっとあるでしょう。立派な王太子妃になるとかさぁ」
「そうするとヒロインがマウントとってざまぁできなくなるので……。マリアさんすみません」
ざまぁキャラのスケジュール管理をする男がペコリと頭を下げる。
いつだってそうだ。
ざまぁキャラは主役にはなれない。
主人公たちの状況に応じてざまぁされないといけない。
例えその内容がお粗末でも、主人公たちが問題行動をしても、「成長」という好意的な見方をされるのに対し、ざまぁキャラがいくら心を入れ替え挽回しようとしても主役より出しゃばると待っているのは死である。
「ここは俺に任せて先に行け」と、つい先程まで敵対していたざまぁキャラが全てが終わった後死んでいたなんてよくある話だ。
彼らは物語で死を迎えればそれで終わり。
生き返る事は無いのだ。
何故ならただの脇役なのだから。
むしろざまぁキャラは死を望まれるもの。
観客たちはその行動に熱狂し口々に叫ぶのだ。
「殺せ」「ただ殺すだけでは足りない」「火あぶりにしろ」「ズタズタに引き裂け」
そこに労いも慈悲もない。
主人公を痛め付けた奴らに思い遣りなど必要ない。
ただ彼らが破滅する事を待ち望んでいるのである。
改心なんて求められていない。
挽回なんてもってのほか。
彼らはざまぁされてナンボ。
それだけの為の装置なのだ。
ただ、ざまぁキャラとてざまぁキャラとしての矜持がある。
立派にざまぁされる為に生まれ、死ぬ。
散り様生き様を観客に刻み付け、回想した時に「あのキャラは腹が立った」と主人公たちより先に思い出されれば浮かばれるというものだ。
それにどれだけ序盤に観客を引き付ける行動するかによって途中退席を防ぐ事ができる。
観客を引き付けているのは主人公ではない。
ざまぁキャラなのだ、と彼らは常にヘイトを振り撒く。
主人公のレベルに合わせて愚かにもなるし腹黒くもなる。
相手に合わせて調整するのは至難の業である。
それを無の気持ちでこなさなければならない。
ざまぁキャラは常に無理難題を求められているのだ。
「まあいいわ。いつものテンプレやれば良いだけだもの」
「ありがとうございます。マリアさんが立派にざまぁされてくれるからざまぁキャラ商会も成り立っています」
「そう思うならもっといい脚本家を寄越してちょうだい」
「それも……すみません。売れっ子脚本家たちはマリアさんはもう飽きたのか別のキャラを要求なさってまして……。
素人脚本家ばかりですが需要はまだまだありますので」
最近の売れっ子脚本家は義妹ポジションであるシャーリー(役名)やリリア(役名)などにシフトしつつあるらしい。
ピンク髪の男爵令嬢は素人の登竜門として引っ張りだこではあるが、素人ならではのえげつないざまぁも待っていたりする。
「私もいつまで無事でいられるか分からないわね……」
「マリアさん……」
ざまぁキャラは何度も言うが脚本の中で死ねばそれまで。
マリアシスターズが何人いようが、子どもがいようが病気の親がいようが、死ねば脚本の中から出られない。
平民落ちや行方不明などでうまくフェードアウトできれば脚本から出られて帰還を果たせるが、作中にはっきりと「死」を連想させるざまぁにされるとそこで命は潰えるのだ。
常に死と隣り合わせ。
脚本の盛り上げ役で主人公たちの乗り越えるべき壁であるざまぁキャラだが、その末路は悲惨なもの。
昨今では「ざまぁが足りない」という観客の要望を満たす為ざまぁも過激になりつつある。
「それでも……ざまぁキャラがいない脚本はつまらないって言われるのよね……」
平坦な物語はつまらない。
誠実なヒーローと真面目なヒロインのラブロマンスなんか眠くなるだけだ。
「私そんなつもり無いのに勝手にイケメンスパダリが以前から好きだったって言ってきますどうしようはわわ」な話だけではヒロインに厳しい目がいってしまう。
その防波堤としてざまぁキャラは立つのだ。
要するに観客からの目くらまし、もしくは盾役。
動くだけでトラブルを起こすヒロインへの不満はざまぁキャラがクズ行動をする事により中和され、ヒロインの問題は棚に上げて非難を集中させるのだ。
タゲ集中能力を要求される、難しい役どころ。
だからこそやりがいがあるし役の追求しがいもある。
「いいわ。立派にざまぁされてみせるわ。
華々しく散るのが本望よ」
そうしてマリアは次の舞台へと向かった。
三代目マリアは『魅了』を持たされた。
その時覚悟はしていた。
魅了を持たされたピンク髪男爵令嬢が生き延びる術は無い。
魅了の術を駆使して王太子だけでなく側近候補たち、また学園の男子と関係を持ち、誰の子か分からない子を妊娠した。
魅了を封じられ複数貴族家から慰謝料を請求され、娼館で返済した後要注意危険人物として断頭台に上がったのだ。
(毎回思うけど、どうせ魅了するなら国王たちにまで影響をさせなさいよね)
国のトップさえ魅了してしまえばこちらのものなのに、とマリアはぼんやり考えながら最期を迎えた。