切った先の世界は、
首筋に冷たい風が当たる快感。
髪をばっさりショートにした瞬間、私の世界が一変した。
「千秋、さっぱりしたね」
いちご牛乳を優雅にすすりながら、美弥は綺麗な微笑みを浮かべて言った。地毛とは思えない亜麻色の髪を持つ、彼女から賛美を貰えるとなんだか心をくすぐられて有頂天になる。
「いきなり短くしたからそわそわしちゃうんだよね。なんだか首回りがスース―して」
「今まで長かったからね、千秋は。慣れない感覚に身体が戸惑っているだけだよ」
息を抜くように笑った美弥の指先が私の髪を一房摘む。私が不安なことや嫌なことがあると、宥めるようにしてくれる彼女の癖だ。
「すごく似合ってて可愛い」
魔法の言葉だ。美弥に言ってもらえるだけでなんでも自信が湧いてくる。可愛い女の子になれた気分になって、ふわふわとした幸せな気持ちで満たされていく。
「えへへ、ありがとう」
「うん、だから行っておいで」
美弥の指す先を見れば、ちょうど教室のドアから白衣の裾が揺れて過ぎていくところだった。
アーモンド形のきらきらした瞳が悪戯に、揶揄って私を見つめている。
「ちょっとトイレ」
「いってらっしゃい」
駆け足で教室を出る私へひらひらと手を振る美弥を尻目に、遠ざかっていく先生の背中を追いかけた。
「“すごく似合ってて可愛い”」
嘘も大概にしておけと、数秒前の自分を呪いたい。
千秋はストレートロングが似合っているのに。肩から流れる絹糸を織ったような髪が綺麗だったのに。
“ショートが好み”という、つまらない男の査定を鵜吞みにして、彼女の美しさを手放してしまった。
あたしが一番貴方の、千秋のありのままの魅力を認めているのに。眼中さえ入れていないあいつの好みを優先するのか。全く理解できない。するつもりもない。
「最低最悪」
あたしの可愛い千秋を返して。
それともあたしがあの教師を誑かしてやったら? あの子の恋をぶち壊してやったら?
そしたらあたしの大好きな千秋が戻ってくるよね?