8話 共同生活
つばめは自分用のコップと志用のコップ、そして一つしかない客用のコップにお茶を入れて、お菓子と一緒にリビングへと運んでくる。
「どうぞ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
ソファに座っていた凛は、出されたお菓子の封を遠慮なく切って、それを口に放り込む。
「ん。美味しい!」
「それは良かったです」
つばめもソファに座り、お茶を飲む。そして、リビングの入口に突っ立っている志を見る。
「椎咲さん?」
「え? はい、今行きます……」
志はリビングのテーブルの近くに来たはいいものの、何をしていいのか分からず、とりあえずお茶を飲む。
「つばめさんはなんでここにいるんですか?」
!?
志は危うくお茶を吹き出すところだった。
一緒に住んでいるということは、凛にはバレてはいけないのだ。
「凛っ……!! それはっ……」
「椎咲さんと一緒に、ここに住んでいるのですよ」
(みなまで言うなぁぁぁ…………)
志が止めに入る間もなく、つばめは真実を言い切った。
凛は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、元に戻る。
「一緒に?」
「はい」
笑顔で尋ねる凛と、笑顔で答えるつばめ。終わったと頭を抱える志。
志は一旦冷静になって考えてみることにした。もう一度お茶をすすり、落ち着く。どうしようか。どうやったら、凛を口止め出来るか──
「同棲してるんだー!」
「はい」
凛の口から発せられた同棲の二文字を聞いて、志は再びお茶を吹き出しそうになった。
しかも、つばめは『はい』と答えた。志は焦りに焦って、凛に訂正を入れる。
「凛っ!! 同棲ではないっ!!」
「え?」
凛とつばめの二人が顔を見つめる。凛は『え、違うの?』と首を傾げて小さく呟く。
「椎咲さん? でも、同棲とは一緒に住むことでしょう?」
つばめが当然の知識を問うかのように、志に向かって言う。
「まじか、このお嬢様!!」
「……?」
「いいですか!? 同棲っていうのは……結婚してない男女が同じ家で生活すること。つまり同棲とは、恋人同士で一緒に住むことを表すの!!」
志は同棲について、知っている限りで分かりやすく説明した。
しばらく宙を見つめていたつばめだったが、意味を理解した途端、顔を伏せた。
「で、では……私たちの生活は何と呼べば……いいんですか?」
顔を伏せたまま、つばめは聞いてくる。
「そうだな……。同棲も含まれてはいるけど、こういう生活様式の総称である『共同生活』とでも言っておけばいいんじゃないかな」
「共同……生活?」
「うん」
「それは、恋人同士でなくても住めるのですか」
「どれだけ恋人関係に嫌悪感あるんだよ。そうだな。『同棲』って言葉がマズかっただけで、男女で住むなんてことはまぁ、普通にあるんじゃないか?」
志の言葉を聞いて、つばめは少し安心したかのように顔を上げる。
しかしまー同棲を知らないとは。今までどんな生活を送ってきたんだろう。
つばめはどうやら、志が思っていた以上に箱入りのようだ。
「これが女神様の実態か……。学校の男子たちが見たらなんて言うだろうな……」
「椎咲さん、なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない」
志は小さく呟いたつもりだったが、危うくつばめに聞かれるところだった。
女神様なんて呼ばれていても、その実態はただの高校一年生。その上超がつくほどの箱入りなのだから無理はない。
この先、つばめと交際関係を作るような人は、それを分かってあげられる人なのだろうな。
そんなことを志は考えていた。
つばめの恋愛感情が、欠けているということは、志も気付いてはいる。半月ほど一緒に生活をしてきても、恋愛ワードを一度も口にしたことがない。
とはいえ、この生活もあと半月、夏休みが終われば終了する。そこまでつばめのことに、首を突っ込むのは良くない。
志は頭を上げて、考えを吹っ切る。そして、凛のほうへと向き直す。
「あと、凛。このことは絶対に口外するなよ。特に母さんには絶対に言うな?」
凛に知られてしまったのは、仕方がない。だが、ここでなんとしてでも止めなくてはならない。母親に知られると、何かマズいことしか起こらない。
だが──
「え……? ごめん……ママに送っちゃった……」
そう言って、スマホの画面を志に見せてくる。
そこには、さっきつばめに同棲を説明していた時の、つばめと志が写真に収まっていた。
「ちょっ……おまっ……いつの間にっ! 今すぐ送信取り消しを……」
志は凛からスマホを奪って、送信取り消しをしようとしたが、その瞬間、既読がついた。
「っ……! なんで……いつももっと既読遅いじゃん……」
その後、母親からの、テンションが上がっていると分かるようなメッセージを、眺めるしかなくなった志であった。
「あーぁ。これは完全に明日、家凸られるな……」