表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

5話  初めてのファミレス

 耳をつんざくセミの鳴き声が、志の部屋にうるさく鳴り響く。

 千隼が遊びに来た日の翌日。今日は八月二日だ。

 

「ん……」


 目が覚めた志は、ベッドから出る。そばにおいてあるはずのスマホを手探りで探し、時刻を確認する。

 午前十一時。


「!? 寝すぎた」


 志はスマホをポケットにしまうと、自室を出た。しかしその瞬間、志は違和感を覚える。

 エアコンがついている。

 つばめは基本、朝早くに家を出ていくため、志が起きる時間には、絶対にエアコンは稼働していないはずなのである。


「変だな……」


 つばめは日々の生活において、かなり節約を心がけている。そんな彼女が、エアコンをつけっぱなしにして家を出るなんてことはないはずだ。

 志は不思議に思いながらも、階段を降りてリビングへと入る。

 なんと、リビングにはつばめがいた。ソファに座って小説を読んでいる。


「……おはようございます。遅いですね」


 つばめは志の存在に気付くと、小説にしおりを挟んで立ち上がる。


「あ、いや、今日は寝坊しただけです……。恋鳥さんこそ今日は用事……ないんですか?」

「はい。今日はお休みです」


 つばめは毎日昼間の間、家にいないが、志もどこに行っているのかは把握していない。ただ、用事があるということだけは聞いていたのだ。


「それより、今日の朝ごはんはどうするのですか? もうお昼ですよ」

「あーそうだな…………なにか作るにしても材料がないよな……」

「昨日、貴方が全部使いましたからね」

「はぁ。じゃあ近くに新しくできたファミレスでも行くか……」


 二ヶ月ほど前、この家の近くに新しいファミレスがオープンしていた。志は前からその店が気になっていたので、今日の朝兼昼ごはんは、そこでとることにした。


「ファミレス?」

「あ、はい。恋鳥さんも来ますか?」

「……はい」


 

 ──と、いうわけで二人揃って近くのファミレスに来店した。


「こんな場所……初めて来ます……」


 つばめはファミレスに来たことがないようだ。

 二人はテーブル席に座り、メニュー表を開く。


「……あ、あの……恋鳥さんはなに食べたいですか……?」

「えっ……と……これがいいです」


 つばめが指を指したのは、ごく普通のチャーハン。


「え……分かりました……。じゃあ俺も……これで」


 志は店員を呼ぶチャイムを鳴らし、注文を終わらす。


「あの、よくこういうところに来るのですか?」


 つばめがそわそわしながら、志に問う。


「あ、そうです。たまに家族で……」

「ずっと気になっていたのですが、ファミレスって何かの略称なのですか?」

「え」


 恋鳥つばめという人間、かなりの箱入り娘である。

 恋鳥財閥のご令嬢であることから、外食というもの自体をしたことがない。ファミレスという言葉は知っていても、それが何であるかは分からないのだ。


「えと、ファミレスってのは、ファミリーレストランの略で家族で気軽に行けるレストランのことな」

「ふぁみりーれすとらん?」

「ここはチェーン店じゃないけど、チェーンを展開してる店なら、例えばステーキ屋さんとか丼屋さんとかそういうレストランを指すんだ」


 まさかのファミリーレストランを知らないとは。と、志は思ったが結構ファミレスにお世話になっている志は、ファミレスを説明してあげた。


「家族で行けるレストラン……ですか……」

「まぁ文字の通りだな。あ、ありがとうございます……」


 チャーハンが運ばれてきたので、志は皿を受け取り、つばめの前に出す。その後に自分のチャーハンも受け取る。


「いただきます」

「いただきます」


 つばめはスプーンを持って、チャーハンを口に運ぶ。


「……ん。美味しいです……」

「だろ? ここのチャーハン美味しいって千隼から聞いてたんだ」

「…………あの、椎咲さん口調……」

「え?」


 いつもは敬語を使っている志だが、今は普通に喋っていたのだ。


「あ、えいや!! すっすみません!!」

「……椎咲さんはなんでいつも敬語で話すのですか?」


 つばめは志の核心に迫る。

 実は女子とあまり話してこなかった志は、女子(つばめ)と話そうとするだけで自称コミュ障が発動してしまうのだ。


「あ、いやその……俺、あんまり人と喋るのが苦手で。人の目を見て話せないというか……コミュ障なんですよね……俺」

「でも、昨日来ていた友人とは普通に話していたではないですか」

「千隼は……なんか、普段から喋ってるから……。そういう恋鳥さんはなんで敬語……」


 つばめも、志と出会ったときからずっと敬語で話している。


「恋鳥家の人間として、気品ある言動を心がけているだけです」


 よくクラスの男子が言っていた。

 つばめを表すならば、『冷酷無情』、『他人行儀』であると。

 

「私はこういう性格ですので、あまり人と関わることを好みません。よく冷たいと言われますが、そんなに感情を表に出すような人間になったつもりはありません」

「じゃあなんで、俺なんかと話してくれるんですか……」

「貴方が椎咲家の人間だからです。貴方は知らないでしょうけど、恋鳥家と椎咲家は本当に強い関係があります。恋鳥家の一個人として、椎咲家である貴方に接しているのですよ」


 つばめはそこまで言い切ると、再びチャーハンを口に運び始めた。

 しばし両者無言でチャーハンを食べる。

 次に口を開いたのは、つばめだった。


「でも……貴方が敬語でないほうが接しやすい気がします。先程の口調のほうが、貴方の内面が見れたように感じるので……」

「え……分かりました……じゃない、分かった」


 つばめの要望通り、志はタメ口を使うことにした。


 ──チャーハンを先に完食したのは志のほうで、つばめが完食するまで待っていた。


「ご馳走様でした」

 

 つばめがスプーンを置く。


「……で、出ましょうか……」

「敬語になっていますよ」

「あぁごめん!」


 二人は会計を終わらせて、ファミレスの外に出る。


「あっつい……」


 夏の昼間。太陽が真上からジリジリと照りつける。


「……帰ろう……」


 二人は歩きだした。


「本当はタメ口で話してくれたのが嬉しかったのですよ……」


 帰り際、志から少し離れたところでつばめは、そう小さく呟いた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ