5話 初めてのファミレス
耳をつんざくセミの鳴き声が、志の部屋にうるさく鳴り響く。
千隼が遊びに来た日の翌日。今日は八月二日だ。
「ん……」
目が覚めた志は、ベッドから出る。そばにおいてあるはずのスマホを手探りで探し、時刻を確認する。
午前十一時。
「!? 寝すぎた」
志はスマホをポケットにしまうと、自室を出た。しかしその瞬間、志は違和感を覚える。
エアコンがついている。
つばめは基本、朝早くに家を出ていくため、志が起きる時間には、絶対にエアコンは稼働していないはずなのである。
「変だな……」
つばめは日々の生活において、かなり節約を心がけている。そんな彼女が、エアコンをつけっぱなしにして家を出るなんてことはないはずだ。
志は不思議に思いながらも、階段を降りてリビングへと入る。
なんと、リビングにはつばめがいた。ソファに座って小説を読んでいる。
「……おはようございます。遅いですね」
つばめは志の存在に気付くと、小説にしおりを挟んで立ち上がる。
「あ、いや、今日は寝坊しただけです……。恋鳥さんこそ今日は用事……ないんですか?」
「はい。今日はお休みです」
つばめは毎日昼間の間、家にいないが、志もどこに行っているのかは把握していない。ただ、用事があるということだけは聞いていたのだ。
「それより、今日の朝ごはんはどうするのですか? もうお昼ですよ」
「あーそうだな…………なにか作るにしても材料がないよな……」
「昨日、貴方が全部使いましたからね」
「はぁ。じゃあ近くに新しくできたファミレスでも行くか……」
二ヶ月ほど前、この家の近くに新しいファミレスがオープンしていた。志は前からその店が気になっていたので、今日の朝兼昼ごはんは、そこでとることにした。
「ファミレス?」
「あ、はい。恋鳥さんも来ますか?」
「……はい」
──と、いうわけで二人揃って近くのファミレスに来店した。
「こんな場所……初めて来ます……」
つばめはファミレスに来たことがないようだ。
二人はテーブル席に座り、メニュー表を開く。
「……あ、あの……恋鳥さんはなに食べたいですか……?」
「えっ……と……これがいいです」
つばめが指を指したのは、ごく普通のチャーハン。
「え……分かりました……。じゃあ俺も……これで」
志は店員を呼ぶチャイムを鳴らし、注文を終わらす。
「あの、よくこういうところに来るのですか?」
つばめがそわそわしながら、志に問う。
「あ、そうです。たまに家族で……」
「ずっと気になっていたのですが、ファミレスって何かの略称なのですか?」
「え」
恋鳥つばめという人間、かなりの箱入り娘である。
恋鳥財閥のご令嬢であることから、外食というもの自体をしたことがない。ファミレスという言葉は知っていても、それが何であるかは分からないのだ。
「えと、ファミレスってのは、ファミリーレストランの略で家族で気軽に行けるレストランのことな」
「ふぁみりーれすとらん?」
「ここはチェーン店じゃないけど、チェーンを展開してる店なら、例えばステーキ屋さんとか丼屋さんとかそういうレストランを指すんだ」
まさかのファミリーレストランを知らないとは。と、志は思ったが結構ファミレスにお世話になっている志は、ファミレスを説明してあげた。
「家族で行けるレストラン……ですか……」
「まぁ文字の通りだな。あ、ありがとうございます……」
チャーハンが運ばれてきたので、志は皿を受け取り、つばめの前に出す。その後に自分のチャーハンも受け取る。
「いただきます」
「いただきます」
つばめはスプーンを持って、チャーハンを口に運ぶ。
「……ん。美味しいです……」
「だろ? ここのチャーハン美味しいって千隼から聞いてたんだ」
「…………あの、椎咲さん口調……」
「え?」
いつもは敬語を使っている志だが、今は普通に喋っていたのだ。
「あ、えいや!! すっすみません!!」
「……椎咲さんはなんでいつも敬語で話すのですか?」
つばめは志の核心に迫る。
実は女子とあまり話してこなかった志は、女子と話そうとするだけで自称コミュ障が発動してしまうのだ。
「あ、いやその……俺、あんまり人と喋るのが苦手で。人の目を見て話せないというか……コミュ障なんですよね……俺」
「でも、昨日来ていた友人とは普通に話していたではないですか」
「千隼は……なんか、普段から喋ってるから……。そういう恋鳥さんはなんで敬語……」
つばめも、志と出会ったときからずっと敬語で話している。
「恋鳥家の人間として、気品ある言動を心がけているだけです」
よくクラスの男子が言っていた。
つばめを表すならば、『冷酷無情』、『他人行儀』であると。
「私はこういう性格ですので、あまり人と関わることを好みません。よく冷たいと言われますが、そんなに感情を表に出すような人間になったつもりはありません」
「じゃあなんで、俺なんかと話してくれるんですか……」
「貴方が椎咲家の人間だからです。貴方は知らないでしょうけど、恋鳥家と椎咲家は本当に強い関係があります。恋鳥家の一個人として、椎咲家である貴方に接しているのですよ」
つばめはそこまで言い切ると、再びチャーハンを口に運び始めた。
しばし両者無言でチャーハンを食べる。
次に口を開いたのは、つばめだった。
「でも……貴方が敬語でないほうが接しやすい気がします。先程の口調のほうが、貴方の内面が見れたように感じるので……」
「え……分かりました……じゃない、分かった」
つばめの要望通り、志はタメ口を使うことにした。
──チャーハンを先に完食したのは志のほうで、つばめが完食するまで待っていた。
「ご馳走様でした」
つばめがスプーンを置く。
「……で、出ましょうか……」
「敬語になっていますよ」
「あぁごめん!」
二人は会計を終わらせて、ファミレスの外に出る。
「あっつい……」
夏の昼間。太陽が真上からジリジリと照りつける。
「……帰ろう……」
二人は歩きだした。
「本当はタメ口で話してくれたのが嬉しかったのですよ……」
帰り際、志から少し離れたところでつばめは、そう小さく呟いた。