3話 親友が遊びに来る
──こうして、志とつばめの不思議な共同生活は始まったのだった。
同い年の男女が、ひとつ屋根の下で生活をともにするなんてことがあれば、二人だけの色々なイベントが起こる……
なんてことはなかった。
つばめは朝早くから夕方まで家を開けているし、志は夜から夏期講習やらで家を開け、二人で過ごす時間というものが少しもなかった。
そして、何も起きないまま一週間が過ぎた。
炎天下の日々が幾日も続き、夏休みも遂に八月に突入した今日、八月一日。志は自室の机に突っ伏して、文字通りぐでーっとしていた。
『今日一時だよな? ゲーム持ってくしな』
そんな志は一通のLINEが目に入った途端、飛び起きた。
忘れていた。今日は親友が家に遊びに来るのだった。つばめは仮にも学年の、いや学校の女神様。そんな人と一緒に住んでいるなんてバレたら、即死。全学年の男子から殺意が向けられることとなる。
志は時計を見上げる。午前十一時半。まだ間に合う。と、志は自室を飛び出しリビングに降りる。リビングの机には、つばめの教科書や、ノートなど勉強用具がそのまま置かれていた。
(あぁ、もうなんで恋鳥さんは自室で勉強しないんだよ……)
つばめは基本、自室で勉強をしない。いつもリビングの机にノートを広げて勉強をする。その方が集中力が上がるのだそうだ。
「……うーん……勝手に片付けるのもなぁ…………」
この家の二人だけのルールには、『基本的にお互いの私物はそれぞれ勝手に触らない』という暗黙の了解が追加されているようなので、志も安易に触ることができない。
「仕方ない……」
志は机を持ち上げると、客間に持っていく。そして、客間に置いてある机をもう一度持って来て、リビングに設置する。そして、客間へと続くふすまを完全に締め切る。
「これでいいか」
次に志はキッチンへと行き、つばめ用の食器やコップなどを棚にしまう。二人で使っているという痕跡を消さなければいけないため、箸一本でも残してはならない。タオルなども女物は、全てタンスに押し込む。
そして、志は洗面室へと向かう。つばめの衣類を素早く畳んで、これも全てタンスへとしまう。
最初つばめは、洗濯も分担にしようとしていたため、衣類に関しては触れても文句は言わないだろう。
あとは掃除機をかけ、自室を整え、もてなすようにお茶を沸かしておく。
これほどの作業を、志は一時間で終わらしていた。
しかもこの家の二階、寝室以外は吹き抜けになっているため、通気性が良く、エアコンの風も隅々まで届くようになっている。もちろん志はエアコンをガンガンに稼働させていたが、光熱費を支払うのは、あの超が付くほどの金持ち、恋鳥財閥である。
──なんてことを考えながら志は、リビングのソファに寝転がっていた。
時刻は一時過ぎ。インターホンの音が室内に響き渡った。
「はい」
志はインターホンの室内モニターの前に行き、応答する。何気にこの家のインターホンの音を聞いたのは初めてだ。
『おう、志か。久しぶりだな』
室内モニターのスピーカーから、妙に威厳のある落ち着いた声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってろ。今出る」
志は玄関へと行き、スリッパをつっかけドアを開ける。
玄関のドアから続くレンガ調の道を進み、右には謎の銅像、左には噴水が見え、その先にある門の外に、親友はいた。
「いつの間にこんな金持ちになったんだよお前」
「借りてるだけだって説明したよな。ハワイ帰りは黙ってろ」
稲瀬千隼。志のクラスメイト。高校の入学式でテンションがバグっていた志に、絡まれてからよく話すようになった。今ではもう親友だ。
泰然自若な性格で、物事を全て冷静に考えてしまう。機械に強く、自分で自作PCを作るほど。
「まぁ、入れ。お前はゲームしに来ただけだろうけどな」
志は千隼を家に入れる。千隼の家も一応は金持ちに分類されるほどだが、この家には流石の千隼も驚きを隠せなかった。
「す、すごいなこれ。まるで昨日までいたホテルみたいだ」
実は千隼は、夏休みが始まった初日から、家族でハワイに一週間滞在していたのだ。
志は引っ越しの当日に千隼を招いていたのだが、ハワイに行くとのことで、今日になったのだ。
「ここが洗面室な。向こうが浴場。ま、そこまで見る必要はないだろ。で、こっちがリビング。ほら千隼が見たがってたスクリーンがあるぞ」
この家、テレビとは別にスクリーンがあるのだ。つばめはよくそれで映画を観ている。
「そこ座っとけよ。今お茶持ってくるから」
志は千隼をソファに座らせて、さっき沸かしたばかりの麦茶を氷入りのコップに注ぎ、リビングへと持っていく。
「おぉサンキュ。じゃあ早速ゲームするか……」
千隼は持ってきたゲームカードを志に渡す。志は慣れた手付きで、スクリーンへとゲーム機を接続し、千隼から貰ったゲームカードを差し込む。
実は志もこのスクリーンには興味を持っていて、何回か自分のゲーム機を接続して、遊んでみたことがあるのだ。
「えなんだこれ。乙女ゲーム?」
このゲーム機のホーム画面には、カードを差し込んだゲームだけでなく、最近プレイしたゲームが表示されるのだ。
そこには、『乙女ゲーム』と称されるゲームの数々が。
実は、志は普段からゲームをあまりしない方だった。そして、ゲームの種類もあまり所持しておらず、つばめに何かオススメのゲームはないかと、尋ねてみることにしたのだ。しかし、つばめから薦められたゲームは全て乙女ゲームだったというわけだ。
「……あ、いや……これは…………そ、そう。妹のだよ妹の!」
志には、中学二年生の妹がいる。その妹のものということにすることで、つばめの存在を隠せると思ったのだ。
「あなんだ。凛ちゃんのか。こういうのやるんだな……」
「そうだな。昨日とか遊びに来てて……」
なんとか誤魔化せた。
否。仮にもつばめは学校の女神様。誰が、そんな人が乙女ゲームをプレイしまくっていると思うのだろうか。
「じゃ、やるか。先死んだ方アイス奢りな」
「その先死んだ方ってのは、大体俺なんだよな……」
志と千隼はゲームを始めた。
千隼はゲームを結構やり込む方で、このゲームも志より何倍も強い装備を手に入れている。
二人はこのまま、ゲームを進めていった。