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1話  共同生活の始まり

「ひとり暮らしをしてみないか」


 椎咲(ゆき)の父からそんな言葉が飛び出してきたのは、つい先日の夜のことだった。志の家庭は特に不自由もないごく普通の四人家族。

 父曰く、友人が転勤するから家を一軒借りてくれないか、と言われたのだとか。高校一年生の志にとって、一人の時間が増えることは別に悪いことではないので、その場の雰囲気で了承したのだった。

 と、いうことで志は、夏休みの期間中、ひとり暮らしをすることになった。

 そして、今日から一人で住むことになる新たな住処に、胸を膨らませながら入ると、事件は起こった。

 いや、起きていた(・・・・・)


 


「なんで……いるん……ですか?」


 志が、恋鳥(ことり)つばめに初めて話しかけたのは、自分の家のリビングでくつろいでいる彼女を見た時だった。


 恋鳥つばめ。

 志の通う高校では、誰もが聞いたことのある有名な名前だ。定期考査では常に一位を獲り、体育でも断トツで活躍し、その上、容姿端麗で、男女問わず慕われる少女である。


 白銀色に輝くサラサラのストレートヘアに、くりっとした丸い瞳、透けるように綺麗な白い頬。その姿は誰から見ても美しく、女神様と呼ばれるほどだ。


 最近日本で一番勢いのある恋鳥財閥の次女として生まれ、その名に相応しいほどの才女である。有智高才で、ありとあらゆる分野において人一倍飛び抜けている。それでいて、かなりの努力家。

 お嬢様らしく気品のある振る舞いを見せ、冷淡な性格で、あまり人との関わりを好まない。誰に対しても他人行儀で、表情を一切変えない彼女はまさに女神。


 そんな彼女なのだから、志も話したことなど一度もなく、この状況を理解できなかった。


「こ……恋鳥さん?」


 志は再びつばめに呼びかける。しかし、どうやらイヤホンで音楽を聞きながら本を読んでいるようで、志の呼びかけには全く反応を示さない。


「恋鳥さん!」


 志が再び呼びかけると、つばめはイヤホンを外して、振り向いた。


「何ですか?」


 つばめが冷たい声で返答をする。


「いや、この家……」

「私の家ですけど、何かあるのですか? というか、どうやって入ってきたのですか? 玄関には鍵をかけていたはずなのですが……」


 つばめは志が予想だにしていなかった返答を返してくる。確か表札には『椎咲』と書かれていた気がするのだが、と志は思いながらも反論を試みる。


「そっ……そっちこそ。ここは俺の家ですし、なんでここにいるんですか?」

「質問に質問で返さないでくれますか? ここは私の家だって言ってるのですよ」


 つばめはムッとして言い返す。

 両者、一歩も譲らない。

 

「表札には、俺の苗字が書かれていたはずですが?」

「…………!」


 つばめが反論をしなくなった。ただ、何かを訴えかけるような目で志を見つめる。


「ちょ……ちょっと外します」


 そう断ると志は、リビングを離れ、廊下に出る。

 持ってきた荷物を降ろし、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 そして、とある番号を入力し電話をかける。


「とっ父さん! なんか家に恋鳥さんがいるんだけど、どうなってるの!?」


 志が電話をかけた相手は、父だった。

 そもそも、このひとり暮らしは父が言い出したことだし、ここは元々父の友人の家だった場所。何かあると踏んだ志は、父に直接聞いてみることにしたのだった。


『恋鳥……そうか。お前にはまだ伝えてなかったな。落ち着いて、よく聞いてくれよ。椎咲家(ウチ)はな、恋鳥家に仕える家系なんだ』

「は?」

『恋鳥財閥ってお前も知ってるだろ? そこの当主、つまり恋鳥家に先祖代々、忠誠を誓ってるんだよ。ウチの家は』


 サラッととんでもないことを口にする父。これには流石に志も、驚きと戸惑いを隠せない。


「えじゃあこの家は」

『あぁ。恋鳥家の当主から直々に貰った家だ』


 だから恋鳥さんがいるのか。と志は納得し、さらに問いかける。


「じゃあ、恋鳥さんがいるって知ってて俺をこの家に住まわせようとしたってこと?」


 自称、軽いコミュ障の志にとって、話したこともない女子と二人きりで生活をともにするなんてことは、歓喜どころか地獄でしかなかった。


『いや、その家には最近誰も行ってないと聞いてたんだが?』


 父もつばめがいることは想定外だったそうで、少し困惑気味に返してくる。

 

『まぁ、とりあえずお前が椎咲家の人間だと、彼女に伝えてみろ。なんとかなる』

「そんな無茶な……」

『なんかあったらまた電話して来い。じゃあな』


 そこで電話は切れた。

 はぁ。無責任な父だ。と志はため息をついたが、父の性格をよく分かっている志は、それ以上の問題を口にしなかった。

 深呼吸をして、志はリビングに戻る。

 つばめは相変わらず、冷たい視線を向けてくる。


「あの……えと、俺、椎咲志って言うんだけど……」


 ちょっとまて。これじゃ自己紹介じゃないか。と、志は自分の発言に心の中でツッコんだ。その途端頭の中が真っ白になる。

 ええと何言えばいいんだ。志はそう困惑する。

 女子と、しかも二人だけで話すなんて志は経験したこともなく、なんて言えばいいのか分からない。

 椎咲ってキーワードに気づいてくれ。

 しかし、志の願いも虚しく。


「なんで自己紹介なんですか?」


 あ駄目だ。

 志の伝えたいことは伝わらなかったようだ。


「いやあの、俺一応椎咲家の人間なんで……あと、今日からここに住むことになってるんだけど、恋鳥さんはどうされるんですか?」


 志は言いたいことを全て言った。

 つばめは表情を変えずにソファから立ち上がった。そして、ダイニングテーブルの上に一枚の紙を広げ、志を呼んだ。


「……今日から私もここに住むことにしてます。かといって、貴方と馴れ合うつもりはありませんし、貴方も迷惑でしょう?」

「それは……そうだけど」


 志はダイニングテーブルにつばめと向かい合って座る。


「だから、この家での私たちだけのルールを作りましょう」

「ルール?」

「ええ」


 なるほどな、と志は思った。

 つばめも、志も、これからの必要以上の関係は不要だと思っているようだ。 


「基本的に必要以上の干渉はなしにしましょう。この家の二階には六つ寝室がありますので、自由に使ってください。

 階段を昇って突き当たりの部屋は私の部屋なので、そこ以外でお願いしますね」

「じゃあ階段の一番近いところにしておきます」

「そうですね。そうして下さい」


 志も、つばめも、本当に馴れ合うつもりはなかった。

 まだこの時は。


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