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結成

「おい御門氏。どーしました? そんなボーッとして」

「いや、昨日のことがなんか夢のように思えまして」

「あ?」


 結局その気持ちが冷めぬまま、一晩過ぎ去り、新しい1日がやってきて、そして今は昼下がり。

 昨日のことを思い出してボーッとしてたら、囲碁将棋部の友達に思い切りそこを突っ込まれた。


「……そういやお前、昨日は軽音部のほう行ってんだっけか。どうした、音楽の趣味の合うやつにでもようやく会ったんけ?」

「あー、ご明察でございます」

「……は? マジで? 今すげー適当に言ったんだけど」

 

 そう、大袈裟なトーンで驚いてみせるそいつは、入学から1ヶ月、軽音部に入ったはいいけど結局暇を持て余していた俺を囲碁将棋部に誘ってきた張本人。平手飛猿(ひらてとびざる)だ。



「はーん酔狂な奴もいたもんですねぇ。まさか音楽で御門氏とおんなじ趣味してるなんて」

「……じゃあそういう君の好きな音楽ジャンルはなんなのさ。なんか古めの演歌とかそんな感じするんだけど」

「アニソン。あとジャズ」

「前者はまあいいとして後者がなんか意外なんですけど!?」


 想像の斜め上のジャンルきたんですが。

 まぁ君とはアニメっていう共通の趣味があったから仲良くなった訳だし別に前者は納得できるけども。


 いや、ジャズ、いいと思うよ? 俺もなんだかんだでジャズチックなものはたまーに聞いたりするし。

 君からその単語が出てくるのが意外なんですよ。


「そうか? ま、君には言ってなかったしな。意外といいもんですよ。ブランドXとか」

「君も志向してるのそこそこ古くない……? しかもそれジャズってってもロック入ってるし」


 ブランドX。70年代のジャズ・ロックバンド。フィルコリンズがいたことで有名なバンドだ。俺も何曲か聞いたことがある。結構スタイリッシュな感じがしていいなと思ったのは当時の話。


 そんな感じで彼とギャアギャアとしばらく言い合っていたところ、後ろからクラスの女子に「音無くん……だよね?」と声をかけられる。


「ん、何?」

「いや、なんか呼んできてくれって言われて。明星さん、っていう人なんだけど……」

「え?」


 思わずその女の子の後ろにある、黒板側のドアを見る。


 そこには、軽く微笑みながら、

 ドアにもたれかかって、

 ひらひらと手を振る明星先輩がいた。


◆◇◆


「お昼中にごめんなさいね。どうしても伝えたいことがあって」

「いや、別にいいですよ。飯、食い終わってましたし。ところで、話ってなんです?」


 あれから「アー、女だー。御門氏に女ができたー」と何やら嫉妬の念を込めて縋り付いてきた飛猿が邪魔なので、ひとまず引っぺがしてから二階の吹き抜けの連絡通路に場所を移した。


 今日は爽やかな晴れだけど、少し風が強い。時折吹く風が、彼女の、俺の髪を強くなびかせていく。


「そうね。じゃあ単刀直入に行こうかしら。音無くん。貴方に頼みがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」


 彼女は、そう前置きをすると、すう、と少し息を大きく吸う。

 そして、少し先ほどよりもはっきりした声で、


「私とバンド、組まない?」


 そう、俺に言った。


「……バンドを組むのは、別にいいんですけど。貴女別のグループにいませんでしたっけ。それに貴女と俺だけじゃ演奏なんて――――――」

「他のグループとの掛け持ちは私のグループでもやってる子はいるし、別にいいんじゃないかしら。メンバーは探せばいいわ。最悪外からでも、ね」


 突然の提案で少し驚くけれど、それは心の中に留めておく。

 平静を装いつつ、いくつか出てきた疑問を彼女に投げかけるけど、彼女は平然としたままだ。


 もう、決定事項だ、と言わんばかりの態度だ。泰然とした態度が、それを語っているようで。


「……どうして、ですか? 昨日音を合わせただけの仲ですよ? それなのに、どうしてそんな––––––––」


 なんで、だろう。どんなきまぐれだ。

 昨日、音合わせをしただけだ。

 ただそれだけの仲なのに、どうして彼女はここまでするんだろう。


「――――――昨日のあなたとの演奏、すごく楽しかったのよ。貴方だってそうでしょう?」


 楽しかった。そう彼女は言った。

 なんとなく、昨日笑い合った時から感じていたところではあったけど。

 はっきりとそう口に出されて、初めてハッとさせられた。


「一日経っても、あの時の感情が忘れられないのよ。また、何度だって、あんな気持ちで演奏したい。だから――――――居てもたってもいられなくなっちゃって。」


 同じだ。今の俺と、全く同じだ。

 一日経っても、昨日のことが忘れられなかった。妙にふわついた、あの時の感情にずっと浸り続けているような、そんな感じ。


 俺も、そうだったのかも、な。また、あの気持ちを感じたいなんて、無意識のうちに思ってたのかもしれない。


 あぁもう、断る理由がなくなっちゃったな。


「……わかり、ました。やりましょう、一緒に。俺も昨日のことは忘れられないくらいでしたし」


 そう思うと、自然とそんな言葉が出た。途中からこっ恥ずかしくなって俯いてしまったけれど。

 そんな俺の言葉を聞いて、彼女は、


「――――――そう。ありがとう。じゃあ、これからよろしく。楽しくなりそうだわ」


 不敵な笑みで手を差し出してきた。

 それはそれはすごく嬉しそうな顔で。


「はい、こちらこそ」


 そんな彼女に、俺は。

 軽く微笑み返して、手を取り返した。

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