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皮を脱ぐ話  作者: 天野雷
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三日目

三日目

 大輔と別れてから、体調不良を理由に定時に仕事を切り上げ早々に帰路へとついた。大輔と別れた途端に頭痛が再発したのだ。家に着くと、シャワーも浴びずにベットに沈み込みそのまま寝てしまったらしい。だが睡眠時間を多く取れたからか、鳴り響くアラームの音以外に不快なものは見当たらなかった。時刻は六時を少し回った程度で、出勤まで充分すぎる時間があった。まずは昨日からずっと着ていた服を脱ぎ、シャワーを浴びた。おそらく変な姿勢で寝ていたせいだろう、わずかながら後頭部に痛みを覚えるが、昨日の頭痛の比ではない。

 朝食にトーストを食べようと思ったが、台所に置いていた食パンにはうっすらと黒いシミができていた。カビだ。その部分だけを切り取って食べようとも考えたが、カビている部分を切り取った食パンは酷く不格好で、それを見ていると珍しく朝から湧いていた食欲が萎んでいくのが感じられた。不格好な姿になった食パンをゴミ箱に捨て、冷蔵庫の中を物色するが、買い出しをサボっていたせいで、まともなものが入っていない。食べれるものと言えば卵と、冷凍のミックスベジタブルぐらいだろうか。それ以外はバターや蜂蜜など今は無きトーストの為にある様なものばかりだった。しばらく思案していると、冷蔵庫

の中と同じくらい空っぽな胃袋が悲鳴を上げた。仕方なく今ある材料でオムレツを作ると、胃袋に念願の食べ物を運んでやった。

 オムレツを平げ、しばらく満腹感に沈んでいた。使い道が思いつかなかったとは言え、ミックスベジタブルを全て入れたのは失敗だった。どちらかと言えばオムレツではなく、ミックスベジタブルの卵和えだろう、そして立ち上がると、ベランダへと行き、煙草を吸った。このマンションからの眺めはあまり良いものとは言えないが、朝の澄んだ空気というのは、なんとも言い難い輝きを含んでいる。それも煙草の煙で汚してしまうのだから私という人間が救いようがない。

 シャワーも朝食も終わった段階で、時刻はまだ七時だった。家を出るのは九時だが、早くも時間を持て余してしまった。そこでふと昨日、大輔から受け取った写真の事を思い出した。部屋に投げ捨ててあった上着のポケットから茶封筒を取り出し、中身を改める。そして写真の束を机の上に乗せ、何枚か見てみる。当然だが大輔が撮った写真であるため、そこに大輔の姿は無い、笑顔の木暮や不景気な顔をしている私の姿がそこにはあった。そして、私は昨日思い出すことができなかった大学二年生の頃に行ったはずの旅行の写真を探していた。すぐには見つけることができなかったが、写真の裏に書いてあった日付から目当ての写真を探し当てることができた。そしてそれを目にした時にやっと思い出すことができた、そうだ我々は長野に旅行へ行ったのだった。今日よりもずっと寒かった事を思い出し、わずかに身震いをした。

 それは大学二年生のことで、その旅行は私にとって突然のものだった。その時私は自宅にて、本を読んでいる最中だった事を思い出す。その時読んでいた本のタイトルは今となっては思い出せない。セール品のヒーターから出てくる生暖かい空気を足の指先に当てながら、残してしまった夕食をどうするべきか頭の片隅で考えていた。その時、外から喧しいクラクションの音が聞こえてきた。学生時代に住んでいたアパートには駐車場が無かったので、久々に甲高いその音を聞いた気がした。そのクラクションを何度も何秒かおきに鳴っていて、私の読書を邪魔した。私は文句を言える様な性格ではないが、せめてどんな車がその音を鳴らしているのか知りたくなり、カーテンを薄く開いた。隙間から騒音の発生源を覗く。それと同時に、ポケットに入れていたスマホが振動した。私はポケットからスマホを取り出すと、液晶には大輔の名前が表示されていて、すぐに画面をタップし、スマホを耳に当てた。

「もしもし、お前今家か?」

「二十二時だぞ。家にいるに決まってるだろ、何か用か?」

正直言って、その時私には、そのクラクションは大輔が起こしているものだとわかっていた。このタイミングに電話が来れば誰だってそう思うはずだ。

「十分以内に、旅の支度をして出てこい、楽しいことが待ってるぞ」

私はしばらく、大輔の言っていることが理解できなかった。それもそのはずだ、夜中にそんな電話がかかってきて反応できる人間などいるはずがない。

「嘘だと言ってくれ」

私は掠れた声でそう言ったが、スマホのマイクがその声を聞き取ることができたのかは定かではない。

「早くしろ、後九分だぞ」どうやら聞こえてないようだ。

大輔は、それを言ったと同時にまたクラクションを鳴らした。

「わかったから、これ以上音を出さないでくれ」

それを言い終えた私は、大輔の返答を待たず、電話を切るとパジャマを脱ぎ、服を着替えた。そしてボストンバックに着替えやらなんやらを考えられるだけ詰め込むと、ヒーターの電源を切り、残った夕食をパックに詰めた。そして勢いよく自宅を後にした。自宅前に止まっていた、黒い車に近づくと、運転席の窓が下に降り、大輔の顔が見えた。

「二分か、まぁまぁだな」

「僕がいつ時間を測ってくれと頼んだっていうんだ」

そう言って、後部座席に荷物を投げ入れ、助手席に座り、シートベルトをした。何も言わずに大輔は車を発進させた。

「一体どう言う事なのか、説明してくれよ」

車が信号に捕まったタイミングで、私は大輔に声をかけた。

「だから楽しい事だって、電話で言ったろ?」

「僕にとって楽しいことは温かい部屋の中で読書をすることなんだよ」

私がそう言うと、大輔は首を振り、大袈裟にため息をついた。

「俺たちは大学生だぞ、家で読書なんて犯罪しているに等しいね」

「なんの罪だって言うんだよ」

私はまともな回答が返ってくる事を考えていなかったが、一応質問をした。

「うーん、青春放棄罪かな」

そう言うと、信号が青に変わり、大輔はアクセルを踏んだ。想像通りまともな回答では無かったので、私は会話を放棄し窓の外の景色を眺めていた。

 しばらく無言の男二人を乗せた車は走り続けたが、大輔が音楽を流したおかげで、不愉快な沈黙では無かった。男性ボーカルが今日はいい日では無かったと歌い上げていて、私の今の心境を表している。すると手前に見えたコンビニの駐車場へ車が向かって行った。

「何か買うなら、珈琲ぐらい奢ってくれてもいいんだぞ」

私が大輔に向かって悪態をつくと、大輔はポケットから出した煙草を咥えながら、車のそとへ出て行った。

「そろそろ亜美と美咲ちゃんが来るはずだから、煙草でも吸ってようぜ」

そう言うとコンビニの前に置かれた灰皿へ向けて、大輔は歩き始めた。私は助手席で待つ気もさらさら無かったので大輔の後ろをついて行った。車の中が暖房で暖まっていたせいか、外はずいぶんと寒く感じられた。吐く息が白い。

「お前は吸わないのか?」

「煙草をバックの中に入れっぱなしだ」

そう言って、私はコンビニの明かりを眺めていた。車に戻って煙草を取りに行こうと迷ったが、大輔が煙草吸うたびにその意思は萎んでいく。

 しばらくすると、通りの向かいからこっちに向かって、亜美と木暮が呼びかけて来る。

「お、来たみたいだ」

そう言うと大輔は、まだ半分以上残っていた煙草を灰皿へ向かって投げた。そして車に近づき、亜美達が通りを渡って来るのを待った。向かって来る二人を見ると、ずいぶんと大きな荷物を持っている。大輔の言う楽しいことが、ずいぶんと大掛かりになる事を理解した。

「あら今日はちゃんと集合時間にいるのね、珍しい」

車を眺めながら、亜美が我々に向かって言った。おそらく亜美は大輔に言ったつもりだろうがいつも大輔と遅刻するせいで、その発言の矛先が私にまで向いている様に感じる。居心地が悪く、腕時計を見ると針は二十三時を少し回っていた。

「あれ?亜美。いつも着けてる時計を無くしたのか?集合は二十三時だったはずなんだがな」

大輔の嫌味に対して、亜美が正面から睨み返す。

「あんたに嫌味を言う知能があったとは驚きだわ。時計の読み方を教わったの?」

私は大輔と亜美の顔を交互に見ていた。この二人はもう少し大人になるべきだと思うがそんな事を口に出す訳にはいかない。

「すみません!私が荷物をまとめるのに戸惑ってしまって、亜美は悪くないんです!」

今にも泣き出しそうな声で、亜美の後ろに立っていた木暮が頭を下げる。亜美はため息をつき、大輔は頭を掻いている。

「美咲。私はこのアホがいつも遅刻をする癖に、私達の遅刻に関して嫌味を言ったことが気に食わないのよ。あんたは悪くないから」

亜美はいつもよりも早口でそれを言って、美咲の方を一瞥すると、再び大輔を睨んだ。しかしいつもは饒舌な大輔が、口元を歪ませ、一言も言い返すことができない。私は助け舟を出すことにした。いやそうするしか選択肢は無かった。私は車のトランクを開け、地面に置かれていた亜美と木暮の荷物を押し込むと、トランクのドアを閉めた。

「なぁ、恒例の口喧嘩はそれくらいにしないか?僕はこの寒さに耐えられないから車の中に入ってるよ」

ドアを開け、助手席に乗り込む。背後には三人の視線を感じる。外の寒さよりもこっちの方が私には耐えられそうにない。だが私の行動は効果があった様で、しばらくすると三人は車に乗り込んできた。

「さぁ、楽しい旅に行きますか」

大輔は運転席で、エンジンをかけながらそう言った。しかし車内の雰囲気は三人が乗り込んだことで、冷え切っている。

「それでどこに行くんだ?ナビを設定するから教えてくれよ」

私がそう言うと、大輔は車を駐車場から出しながら答えた。

「長野、温泉にスキーだ。最高だろ?」

「あぁ、それはずいぶんと楽しそうだ」

私はナビを長野県に設定すると、大輔が発した言葉を頭の中で反芻していた。亜美と木暮が持っていた荷物がずいぶんと大きかった事を思い出し、府に落ちた。

「あんた、また村井に話してないの?」

後部座席から、亜美が乗り出し、大輔に問いかける。その顔はさっきと違って、ずいぶんと朗らかだ。

「僕は何も聞いてない。とんだサプライズだ」

そう言って、私は車内の天井を見上げる。何かが起こって車が故障する事を祈っていた。

「こうでもしないと、村井は反対するだろ?だから先手を打ったのさ」

大輔は私に向かってそう言ったが、私は目を合わさず、ずいぶんと近い天井を眺めていた。前向きに考えれば、温泉にスキー、ずいぶんと楽しそうじゃないか、それが急にやってこなければ。そんな後ろ向きの思想に相反して車は高速道路に入り、その速度を上げて行った。

 車内では木暮が必死になって会話を回している。私は適当に相槌を打ちながら、窓に映る風景を眺めていた。コンビニで吸えなかった事を思い出し、ダッシュボードから大輔の煙草を取り出すと、そこで大輔が私に声をかけた。

「車内禁煙だ、吸いたいなら次のサービスエリアで休憩するぞ」

あの大輔が運転する車の中で禁煙だと言う事実に私は驚いた。この男なら運転しながら煙草を吸っている姿が安易にイメージできる。

「なら、次のサービスエリアで止まってよ。私も煙草を吸いたい」

そう言うと、私は次のサービスエリアが四キロ先である事を看板で確認し、ダッシュボードに煙草を戻した。

「話は変わるんだけど、この車どこで借りたんだ?」

私が知る限り、亜美と大輔そして私は、免許は持っていた。しかし私には車を買う経済的余裕などないし、亜美はそもそも高い身分証明書としか思っていない。ただ大輔なら車を誰かから安値で譲り受けている可能性があった。

「あぁ、実家から借りてきた。うちの親父もうすぐ定年だって言うのに、新車を買ったんだぜ?笑えるだろ。買ってからずっとガレージに置かれてたこいつが可哀想でな」

大輔の家は随分と裕福だという話を聞いたことが何度かあった。もちろん大輔はそれを自慢げに話す様な男ではない。ただ話していると自分の実家とのギャップに目眩がした。そしてふと、父が大事にしていた車の事を思い出した。

 父は休日になるとよく洗車をしていた。私は家にいると、いつ母の怒りが爆発するのか怯えていたので、洗車する父の背中をただ眺めていた。今思い出すと、父が乗っていた車は随分と古いもので、元は真っ白だった塗装は何か所か剥げてしまい、白というよりも薄汚れた灰色だった。だがそんな車でも父は何時間もかけて背中に汗を滲ませながら一生懸命に車体を擦っていた。

「お前もやってみるか?」

日陰に座り、つまらなそうにしていた私を気遣ってか、父は何度か私に声をかけてくれた。私は父からタオルを受け取ると、車体を擦った。しかし一向に車は綺麗にはならなかった。

「こんなの無駄だよ。擦っても意味がない」

私は早々にタオルを置くと、後ろでタイヤを磨いていた父に向かってそう言った。すると父は立ち上がり、私に再びタオルを握らせた。

「無駄なんかじゃない、これ以上汚さないために必要な事なんだ。どんなものでもずっと綺麗なままじゃいられないんだから」

私は父の言葉にうなづくと、再び車体を磨いたが、その言葉の意味はわからなかった。だが父が私に求めている以上、私にはそれをし続けるしか無かった。

そして一時間程度時間が流れ、私の背中にも父と同じ様に汗が滲み出したころ、父は車体を乾拭きし、少し遠くから車を眺め、こう言った。

「お前が手伝ってくれたおかげで、随分と綺麗になったよ」

そう言って父は私の頭を撫でた。父の手は大きくゴツゴツとしていたことを覚えている。その後父は、私を洗車したばかりの車で近所のコンビニに連れて行き、サイダーを買ってくれた。父は隙間が空いたカゴを眺めながら何度も私に他に欲しいものはないのかと聞いたが、私にはそれで十分だった。もしここで余計なものを食べて夕飯を残してしまえば母が怒り、私に暴力を振るうことは明白だったからだ。

「ごめんな、本当に」

助手席でサイダーを飲む私の頭に手を乗せながら、父は何度も繰り返し、そう言った。沈む夕焼けを映す様に父の目が潤んでいるのを私は見て見ぬ振りをした。きっと父の感情を正面から受け止めてしまえば、私まで泣いてしまうと思ったからだ。

「なんであんたは言われた通りにできないのよ!」

家に帰り、夕飯を無事完食した後、テーブルに溢してしまったスープのシミを見つけると母は声を荒げ、私にそう言った。そしてすぐに私の頭は揺れ、頬に鋭い痛みが走った。私は歯を食いしばりながら、母に謝罪の言葉を口にした。だがそれは母を逆上させただけだった。その後もう片方の頬にまで平手打ちをされた。それは父が席を外している間の出来事だった。

 急に肩を揺さぶられ、私は目を覚ました。どうやら寝てしまっていたらしい。

「着いたぞ、待望のサービスエリアだ」

そう言うと、後ろの二人は既に車を降りている様で、車内には私と大輔だけしかいなかった。

「お前、平気か?」

大輔は目を細め、私の顔を見つめている。そして目を指さした。あぁ私は泣いていたのだろう。あの時流せなかった涙が今になって流れるとは、もはやこれは呪いだ。

「なんだろう、欠伸したせいかも」

そう言って、私はドアを開け、車外に出た。これ以上大輔にこんな顔は見せられない。

「また昔のことでも思い出したのか?」

駐車場から、木暮と亜美の方へ向かって歩く私の後ろから大輔が声をかける。

「本当に大丈夫だから、こんなことで楽しい旅行を台無しにしたくないだろ?」

掠れた声でそう言った。何かをきっかけに、昔の事を思い出してしまう。悔しいのか、悲しいのか、理由のわからない感情が私の中で混ざり、それは白い息となって吐き出された。皮肉なものだ、真っ黒な感情のはずなのに白く輝いて見える。

「皆さんが一服しに行くなら、私はあっちの売店を見てますね」

私と大輔が合流すると、木暮は空気を読んでか、そう言って売店の方へと歩いていった。

「なら、俺も行くよ。可愛い子を一人にしたら何が起こるかわからないからね」

そう言うと、大輔は木暮を呼び止め、横に並んで歩いていく。

「美咲、気をつけてね。男は皆、獣なんだから」

亜美が言った冗談に、大輔は手を上げて答えると、二人は売店の中に入っていった。私は早く煙草が吸いたかったので、亜美に声をかけると、喫煙所まで歩いた。

「そいえば村井、あんた車の中でうなされたのよ。あいつが心配してた」

泣くだけに飽き足らず、うなされてまでいたとは私と言う人間は、周りにどれだけ心配をかければ気が済むのか。

「あぁ、少し変な夢を見てた。急に旅行に連れてこられたからかもね」

嘘を吐いた。昔のことは軽く大輔だけに話したことがある。しかし誰にでも話すような話題ではないから亜美には話していない。

「ふーん、あんたがそう言うなら詮索はしない。私が信用できないなら話さなくていいけど、せめてあいつには話してあげれば?あいつがあんな顔しているの私初めて見たし」

亜美が、今にも折れそうな細い煙草を器用に指に挟み、火をつけながらそう言った。私はしばらく、煙草を車内に忘れたていたことさえ忘れ、ただ亜美の顔を見つめていた。

「ん?私の顔に何かついてる?」

「違うんだ、亜美さん。煙草を車内に忘れてた事を思い出したんだ」

亜美は煙草の箱を私に差し出し、私はそこから一本もらい、借りたライターで火を点けた。

「ありがとう。でも心配しないで、僕は大丈夫だから」

そう言うと、私は煙を吸ったが、亜美からもらった煙草は味がしなかった。

 その後、私たちは他愛もない話をし、たっぷりとニコチンを摂取した。すると木暮と大輔が両手にビニール袋を持ちながらこちらに近づいて来るのが見えた。

「そろそろ出発するか」

そう言うと大輔は、私の顔をちらりと見てから、車に向かって歩き始めた。

「あんた、長野まで一人で運転するつもり?私か村井が変わるけど」木暮は免許を持っていないらしい。

「じゃあお言葉に甘えて」

そう言うと、後部座席にビニール袋を置いた大輔がキーを亜美に向かって投げた。それを受け取り、亜美は運転席へと乗り込んだ。私は変わらずに助手席へと座った。大輔は疲れているだろうし、文字通りの助手として適任なのは私しかいないと思ったからだ。

「じゃあ、あんたは寝てな」

亜美は、サイドミラーや椅子の高さを調整しながら大輔に向かってそう言った。すでに大輔は目を閉じて、窓に顔を押し付けていた。よっぽど疲れたらしい、そいえば大輔の実家はどこなのだろう、私は大輔の過去について何も知らないことに気づいた。

「村井、何ぼーっとしてんの?シートベルト」

私はハッとする。何かを考え始めるといつもこうだ、周りが見えなくなる。そんな腑抜けた私を他所に、車は加速し高速道路に合流した。

 車は直進を続ける。高速道路なのだからそれは当たり前なのだが、亜美はあくびをしているし、木暮は退屈そうに先ほどのサービスエリアで買った菓子を食べている。つまり車内の空気が淀んでいる。音楽でも流れていれば大分違うと思うのだが、亜美が大輔のセンスが気に入らないと言って消してしまった。

「あお二人は大学を卒業したら何をするんですか?」

木暮が、あまりの退屈さに耐えられず、会話を始めた。できる事なら私を会話に入れずにガールズトークとやらに花を咲かせておいて欲しいものだが、この車内で木暮と大輔の以外の二人となれば、私が入っているのだろう。

「僕はまだ何も決めてないんだ、見当もつかなくてね」

「えー意外ですね、村井さんなら決めていると思いました」

何を持って以外だと言っているのか、私には理解できなかった。そもそも大学二年で将来やりたいものが決まっている方が、私からしたら意外だ。そんな夢は叶うはずもないだろう。

「意外だって?だったら木暮さんは何をしたいんだい?」

「私ですか?うーんお嫁さんですかね」

クスリとも笑えない、だが木暮の様な美人は働く必要もないのだろう。きっと彼女を庇護したいと言う男性がこの世にはたくさんいる。それが幸か不幸かどうかは私の知る由ではないが。

「いいね、美咲には似合ってるんじゃない?純白のウェディングドレスとかさ、私には無縁だけど」

亜美がようやく会話に入ってきた。純白のウェディングドレス。それを着た木暮を一瞬だけ想像してしまった。まぁそれだけだ。女性であれば誰でも似合うものだろう。

「私は親の店を継げって言われてるんだけど、それが嫌で大学に来た感じだだからね、将来なんて言葉を聞くと耳が痛いよ」

そうか。私は大輔だけではなく、ここにいる全員の過去のことなど知らないのか。私自体が過去の事を話したくない様に、誰もが過去には何かしらを持っているのだろう。

「お店なんてすごいじゃないですか、旦那さんと二人でお店を構えるなんて憧れちゃうな」

木暮は興味を示すように座席の前に乗り出し会話に参加して来る。

「嫌なのよ。いつまで経っても親の脛を齧ってるみたいで」

親の脛を齧れるならいいじゃないか。私はそう思ったが口には出さなかった。親からもらったものなどある程度丈夫な体と、泥団子みたいな顔だけだ。それからしばらく木暮が理想の旦那像に関して、語り始めたが、興味が無かったので窓の外を見ていたが、目蓋がどんどん重くなり、夜景は完全な暗闇へと変わっていった。

 スマートフォンの振動で私は写真の束から顔を上げた。随分と長い時間写真の束を見ながら、物思いに耽っていた様だった。スマホの画面は八時三十分を告げていた。これ以上惚けていると仕事に遅刻してしまう。私は机の上に広げた写真を封筒に戻し、それをカバンにしまうと家を出た。そしてマンションから出る際に、ふと自分の苗字が書かれた郵便入れの事を思い出した。そいえば以前管理人が郵便が溢れているからこまめに確認して欲しいと私にぼやいていたのだった。郵便入れの前に立ち、ダイヤル式の南京錠を解除する。すでに郵便入れの口から何枚かカラー印刷されたチラシが見えていて、うんざりした。そして郵便入れを開けようとしたその時、ひどく重く感じた様な気がした。案の定、開けた瞬間、濁流の様にチラシが私の足元に何枚も落ちて来る。私はそれを拾い上げると、折りたたんで、再度郵便入れに戻そうとした。その時落ちていなかった白い封筒が目に入った。私はその封筒を着ていたコートのポケットに押し込み、それ以外は郵便入れの中に戻した。

「あら、村井さん、今日は早いのね」

私が振り返るとそこには、管理人が両手にゴミ袋を持って立っていた。彼女は人と話すのが好きらしく、私がこのマンションに入居する際も部屋を見ながら随分と長い時間他愛のない話をしたものだ。これだけ距離感が近いと、不愉快に感じる住民の一人や二人居そうなものだが、そう言ったトラブルを少なくとも自分は見ていない。そもそも私は自分の隣の部屋にどんな人間が住んでいるかも知らないのだ。

「おはようございます管理人さん。よければ片方持ちますよ」

「えぇ、今からお仕事でしょ?悪いわよ」

そう言いながらも彼女は左手をこちらに伸ばしていた。片方持つなんて言わなければよかったと思ったが、条件反射の様に口から出た言葉なのだから仕方がない。どのみちゴミ捨て場はマンションから歩いて一分もかからない場所なのだから、嫌でも彼女と並んで歩かなければいけない。

「悪いだなんて言わないでください、どうせ僕は仕事でこれから外に出るんですから」

そう言いながら、ゴミ袋を受け取ると、ずっしりとその重さが右手にのしかかった。しばらく管理人とゴミ袋を持ちながら、挨拶を返してくれない住民に対する愚痴を聞かされた。私から言わせれば、どれだけ関りたくなかったとしても適当に挨拶ぐらい返せばいいと思う。そしてそう以上の関わりを持たなければ、せめて愚痴を言われる様な人間ではなくなるのだから。

「本当助かったわ、お仕事頑張ってね」

そう言って管理人は私に向かって頭を下げた。私は白髪染めで黒々と染まった頭髪を見て、ひどく不格好だと思った。記憶に残る母の頭髪の色に似ていたからだ。しかしそれ以上のことは思い出せなかった。

 職場に着くと、私は自分の席に座って、しばらく仕事の進捗を報告するための書類を作成していた。昨日大介と打ち合わせした内容を書面に起こそうとするが、詳細は全くと言っていいほど決まっていなかったので書くのに一時間も掛からなかった。現在私が抱えている案件はそれほど多くは無い。仕事を進めるために昼食の後、大輔に電話にすることに決めた。その後カバンから写真の束を取り出した。そして再び長野旅行の事を思い出そうとした。

 私が目を覚ますと後部座席で眠っていた大輔は既に起きていた様で、温泉に先に入るのか、夕飯を先に食べるかどうかについて熱弁していた。

「体を綺麗にしてから飯を食うのがマナーなんだ、飯を食ってから風呂だなんて俺は嫌だね」

大輔は時折、大袈裟に手を動かしながら話している。それは手話として使えるのでは無いのかと錯覚するようなものだった。

「そんなのどうでもいいでしょ?大体あんたにマナーがどうのこうのって言われたくないわね。それなら女性に運転させるのは紳士としてマナー違反じゃないのかしら?」

亜美は強く話すとアクセルを踏み込む癖がある様で、亜美が話すたびに車が揺れる。私が起きたのはこれのせいだなと思った。

「俺は村井にキーを投げたんだ。あぁかわいそうな村井、助手席に閉じ込められて隣には自分のことをレディと呼ぶ獣がいるんだから」

一体この二人は何時間前からこのトーンで話しているのだろうか。普段なら仲裁にはいるはずの木暮が大輔の横で眠っているのを見ると、もしかして我々は長野を通り越しているんじゃないかとすら錯覚した。

「生憎、亜美さんの横はそんなに苦痛じゃないよ。ただ口喧嘩をしてアクセルのやたらに踏み込むのはやめて欲しいかな」私はため息をついた後、正面に流れる景色を見ながら大輔にそう言った。

「村井、起きてたのかよ。聞いてくれよ亜美のやつさ、夕飯を食った後に温泉に入るとか言ってんだぜ。マナー違反だよな」

一体何がマナー違反なのか。またお得意の◯◯罪とやらだろうか。私は寝ぼけていた頭を必死に回転させたが、適切な答えは出てこなかった。

「それを言うなら夕食前入浴罪なんじゃないのか」

私がポツリとそう言うと、大輔と亜美は同時に吹き出した。そしてまた車は急加速した。

「お前もわかってきたな。それにしても食前入浴罪ね」

「ねぇその訳のわからない〇〇罪ってやつ流行ってんの?」

二人はほぼ同時に私に話しかけてきた。咄嗟に出た一言でこんなに喜んでもらえるのなら、私が今まで考えてきた言葉は何だったのだろう。それじゃまるで私は道化じゃないか。そんなことを考えていると、高速道路の表示が長野県になっているのが私の目に入った。帰りも同じ時間車に乗っていなくてはならないと考えるとゾッとする。

「お、そろそろだな。コンビニで止まってくれよ。お嬢様に運転させるわけにはいかないからな」

大輔は後部座席で伸びをしながら亜美にそう言った。それに応える様に亜美は大きなあくびをしている。思えば私は結構な時間を寝て過ごしていたのか。運転のサポートとして助手席に座っているのに何とも忍びない。

 それからコンビニに駐車し、大輔が運転を変わった。これまでの疲れからか、後部座席では亜美と木暮が互いに体重をかけながら寝ている。

「寝てればあいつも美人なんだがな、喋るとろくなことがない」

大輔がバックミラー越しに亜美の寝顔を眺めながら言った。

「そうは言っても君たちは仲良しじゃないか、亜美さんが声を荒げるのはお前と話している時くらいのものだよ」

私がそう言うと、大輔は私の肩を叩きながら笑い始めた。

「そうだな。三人とも大事な友達だ」

「それに関しては同感だ」

そう言って私も笑った。ただ私個人としては木暮のことを友人だとは思っていない。それは私が偏狭な性格をしているからだろうか。彼女と親しくなりたいと言う欲求が湧いてこない。それに関しては砂漠の中でスコップを頼りに掘っている石油と同じだ。一体何故、彼女に対してこんなにも嫌悪感が湧くのか。私はそれを別に知りたいとも思わなかったがこの四人でいる以上いつかその理由を突きつけられる日が来るのだろう。それは今日かもしれないが、そんなこと私にわかるはずがない。


 私はスライドの構成をまとめ、社内の詳しい人間に話を聞くべく席を立った。私自身何度もその手のスライドを見ているおかげで、構成にはそんなに時間は掛からない。普段何気なく見ていたものがこの様に仕事で生かせるのであれば、普段から見ている映画なども活用できるのではないかとふと考える。だが、私が好きな作品はハッピーエンドで終わるものではない。評価で言えばバットエンドで終わるものが多いことに気づく。結婚式はその時点ではハッピーエンドなのだから幾分似合わない。その先にどの様な結末が待ち受けていようとも、二人の子供が親を憎むことになろうとも。

 私が席に向かうと、相談を持ちかけようとした人物は昼食を食べに外に出たらしく、席には誰も座っていなかった。仕方なく私は、付箋に用件と名前を書き、自分の席に戻った。思えば今朝食べたオムレツはすっかり消化されてしまっていて、私の胃袋は空っぽだった。昨日に比べると大分調子も良かったので、私は近所の喫茶店にでも昼食を食べに行こうかと考えていた。そう考えた時点で私は立ち上がり、上着を羽織ってエレベータに乗り込んでいるのだから食欲と言うものは恐ろしい。一階に到着し、扉が開いたところで、受付の女性がこちらに向かって歩いているのが見えたため、私はしばらくドアを開いたまま待っていた。

「村井さん、今から昼食ですか?」

私と目が合った際に彼女は私にそう聞いてきた。ふと時計を見ると、時刻は既に十四時を回っていた。確かに昼食には遅いかもしれない。

「えぇ、今からです。仕事が片付かなくて」

私がそう言うと、彼女はにこにこと笑いながら、私の肩を叩いた。

「ダメですよ、あんまり不健康だと長生きできませんからね」

「気をつけます、まだまだ仕事がありますから」

私がそう言うと、エレベータのドアが自動で閉まった。なぜ名前も知らない彼女に自分の健康のことなど言われなくてはならないのか。私はすこぶる健康だ。その証拠に朝からオムレツを平げ、昼には空腹に悩ませれている。頭がいくら重かろうと、皮肉にも両親が丈夫に産んだこの体は今日も低空飛行で生きていける。

 喫茶店に入ると、昼食時がもう過ぎている影響からか、私意外に客はいなかった。店長は私を一瞥すると、好きな席に座る様に言った。私が入り口から一番遠い、二人用のテーブルに座ると、店長はカウンターの中から注文を聞いてきた。無愛想だと思うかもしれないが、ここは駅前のチェーン店などではないのだ。貼り付けた様な笑顔と、耳が痛くなる様な高音での接客は期待できない。私がサンドウィッチとスープを注文すると、店主はうなづき、裏の方へ消えていった。他に客がいないせいか、裏で調理をしている音がよく聞こえる。そして以前大輔が、料理は舌だけじゃなく、耳で楽しむと言っていたことを思い出した。その時は確か、私の家で焼肉をしていた時だっただろうか、鉄板に置かれた赤い肉が熱によって、縮んでいく音を大輔はオーケストラだと評していた。そして台所に立ち、付け合わせの野菜を切っている木暮を見つめ、ぼんやりとしている大輔の足を亜美が蹴っ飛ばしたことがあった。その時はそうは思わなかったが、調理をしている音を聞いていると、大分心が落ち着く。普通であれば母親が料理をしている際に似た感情を抱くのであろうが、私にはそれがなかった。少なくともそれが当時大輔の意見に賛成できなかった理由だろう。そんなことを考えていると、店主が皿に乗ったサンドウィッチとスープを運んできた。そしてエプロンのポケットから灰皿を出すと、料理と共に私の前へ置いた。

「お兄さん、吸うんだろ?」

私はこの店を何度も利用しているが、灰皿は料理が運ばれてきた時に頼んでいた。覚えられていてくれていたなら、何とも嬉しい。チェーン店ではこれは味わえない。

「ありがとうございます。覚えていたんですか?」

私がそう尋ねると、店主はエプロンで手をはたきながら答えた。

「まぁ、客商売だからな、それといつも不景気そうな顔しているお兄さんの面なら嫌でも覚えるさ」

そう言うと店主は再びカウンターへと戻って行った。そして私はサンドウィッチにかぶりついた。具はチーズにレタスそれにトマトと質素なものだが、それがいい。具材が多くなればなるほど、味は曖昧になっていき、自分が何を食べているのかがわからなくなってしまう。それに、具材を挟むパンは、トースターで表面を軽く焼いており、口に入れると、小麦の柔らかい香りが溢れ出る。しばらく咀嚼すると、私はスープに手を伸ばした。この店のスープは日替わりで、以前来た時はコーンスープだったが今回はコンソメだ。これまた具は玉葱だけとシンプルだが、インスタントでは味わうことのできない、ブイヨンの香りが既に膨らんでいる、食欲を更に駆り立てる。ものの数分で、皿の上はパンの粉だけになってしまった。そして私の食欲は満たされ、しばらくの間満腹感を味わっていた。すると店主がコーヒーを運んでくる。客の食事が終わるタイミングを考え淹れられたコーヒーの味は格別だ。満腹感からやってくる睡魔を、カフェインがかき消してくれる。私はポケットから煙草を取り出し、火をつけると煙を深く吸い込んだ。ただでさえ、味わい深いコーヒーにタバコの芳醇な煙が加わることで、私の張り詰めていた緊張の線が緩むのを感じる。しばらくは、少なくとも休憩時間が終わるまではこうして、煙に溺れていたい。そんなことを考えていると、今朝上着のポケットに入れたままにしていた封筒のことを思い出し、それを取り出すと机の上に広げた。そして封筒に書かれた名前を見た瞬間私は思わず叫び出しそうになるのを堪えなくてはいけなくなった。

 何故、人生は私をそっとしといてくれないのか。だがその問題に対して見て見ぬ振りをするには、私の頭はカフェインによって目覚めてしまっていた。封筒にはボールペンで名前が書かれている。その字はこの女の性格とは相反する様に不気味なほど丁寧な字であった。

 里山彩子。私はこの女を違う名前で知っている。私が知っている名は村井彩子だ。そしてこの女はかつて私の母親であった女だ。父と離婚した後でさえ一回も連絡をせず、あまつさえ父の葬式に来なかった女を母と呼べるかどうかは甚だ疑問ではあるが、生物学上でいえば私の母にあたる人物であることは間違いない。今すぐにでもこの忌々しい紙切れを破り、火をつけて燃やしてしまうとも考えた。私の目の前には舞台道具の様にライターが置かれていた。しかし、それに手を伸ばすことはできなかった。火をつけるだけだと言うそれだけのことが出来ないせいで私は、その封筒を開けることを余儀なくされた。中には丁寧に二つ折りされた紙が一枚入っていて、広げるとそこにはいつでもいいから、話をさせてくれと言う質素な文面が住所と共に記載されていた。何とも自分勝手な話だ。詫びを入れたいのなら自分から来るべきだろうとも考えたが、自分の家にあの女を入れることを考えるとそれも憚られた。私は無意識の内に、自分の首へと手を伸ばし、あの女と最後に話した時のことを思い出していた。

 人生における転機はいつも突然とその姿を現す。それは私が高校への進学が決まった年のことだった。母親から毎晩の様に少しでも偏差値の高い学校へ行けと言われ続けた私は、県内でも三本指に入る高校を受験しその結果合格を果たした。中学生ともなると、体も成長し、力では敵わないと感じた母は言葉での暴力を振るうようになった。顔を合わせるたびに飛んでくる罵詈雑言だったが私にとってはいつでも母親に勝てると言う体格的有利差があったため、苦とも感じなかった。それでも母親に対して抵抗しなかったのは、体を壊してしまった父の身を案じてのことだった。父は私が中学生になると同時に病気がちになり、その面倒は母が見ていた。父の仕事は病床にあっても、PCで行える仕事であり収入は問題なかったが、私でストレスを発散できなくなった母は時折、父へと当たっていた。私がそれを初めて見たのは、テストの影響で普段よりも早く帰宅した時だった。抵抗できない父の胸ぐらを押さえつけ、以前私にしていた様に罵声を浴びせる母を見た時、私の体はとっさに動いていた。

 気づくと母は床に倒れ、日陰から連れ出された虫の様にその身を小さく強張らせている。こんなものなのか、私はその様な姿の母を見下ろしながらそう思った。そして唖然としている父に大丈夫かと尋ねると、父は私をひどく冷たい目で見つめていた。母さんを立たせてやりなさい、そう言うと父は私から目線を逸らし窓の外を眺めていた。こいつは報いを受けて当然だ。自分よりも弱いものに平気で暴力を振るう、たとえ母であってもこんなことは許されない。心の中でそう叫んだが、父の痩せた腕が目に入り、次に床に転がる母を見下ろした時に私は父の冷たい目線の意味を思い知った。これでは私は母と同じではないか。

「怪物を倒そうとするもは、自らが怪物にならぬ様気を付けろ、深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗き込んでいる」

かの哲学者の言葉が語りかける。母を床に倒した時私は何を思ったのか。今まで自らを虐げてきたものを見下ろした時確かに感じたどす黒い感情。それは私が怪物に成り下がったことを示していた。

 私は母を立ち上がらせることも、父に自分の感情を伝えることもできず、家から飛び出した。そこからあてもなくただ歩き続けた。自らに巣食うものから逃げるために。だが私の影は、怪物は私の足から一歩も離れずに付き纏っていた。それから何時間歩き続けたのだろうか、足は痛み、頭も重い。そこに追い討ちをかける様に雨がポツポツと振り出し、私は公園のベンチに避難することを余儀なくされた。とっくに日は落ち、辺りには暗闇と雨音だけが響いている。そして私にまとわりつくいていた怪物は、もはや私の姿ではなく、もっと大きなそして漠然としたものに姿を変えていた。そしてしばらくすると、その怪物をかき消す様に懐中電灯の明かりが私に向けられる。やめてくれ、こんな醜い怪物を光の中に引きずり出さないでくれ。そう思った時、目の前には警官を名乗る男が立っていた。あぁそうか、気づけば当たりは深い闇に包まれていた。

 私は補導されたらしく、最寄りの警察署の一室で質問をされていた。私が何も答えずにいるとその警官は根負けしたのか、私に暖かいお茶を差し出した。私はそれを一口すすると、警官の目を見る。君を責めてはいない、誰しも君みたいな年の頃にはこうゆうことをするものだと、警官は言う。夜の暗闇が恐ろしく感じるのは、皆の中に住む怪物がその姿を肥大化させているからなのだろうか。そんなありもしない妄想を考えていると、警官が親が迎えにきたと言う。私は一言も話していないのに、よく親だとわかるものだ。そして警官に連れられ、正面入り口に向かうと、そこには父が立っていた。痩せこけた父は、今にも折れそうな枯れ木に見える。そして警官と二三言葉を交わすと、お父さんに心配かけるなよと言って、警官は私のそばから離れていった。

「母さんも心配してる、家に帰ろう」

いつかも父からそんな言葉を聞かされた。私はうなづくと、父が持ってきた傘を持ち二人で並んで歩いた。

「僕は怪物かもしれない」

私がそう呟くと、父はこう言った。

「お前は怪物なんかじゃないさ、ただ体が感情よりも先に動いただけだ。父さんを助けてくれようとしたんだろ?」

そう言うと、父は私の肩に手を置く。そうじゃない。私が感じた征服感は、快感はそんな綺麗な言葉で言い表せるものではないんだ。

「大きくなったな、本当に」

そう言うと、父は肩に置いていた手を私の頭に伸ばし撫でた。昔は大きく感じた父の体は思い出の中にしかない。

「お前は、人のために傷を負える人間になりなさい」

そう言った父の顔を私は見ることができなかった。今父の顔を見てしまったら、私はその感情を受け止められない。そして雨はより一層その激しさを増し、それ以上は何を話しても耳には届かない。

 家に帰ると、リビングの電気はついておらず、母親は荷物を詰めたキャリーケースを持って暗闇の中で座っていた。

「何やってるんだ、電気も点けないで」

濡れた靴を脱いだ父がそう言うと、それが聞こえてないのか、母はケースを持って玄関に立つ私へ近づいてくる。殴られてもいい、それで気が済むのなら殴ればいい。私はそう思った。しかし母は私を横目に玄関のドアを開け、まだ勢いの止まない雨の中歩き始めた。そして私の方を振り向くと母はこう言った。

「お前は幸せになんかなれないんだ」

その声は激しい雨音の中でもしっかりと聞き取れた。そして私は傘も刺さずに歩いてく母を一瞥すると、玄関のドアを閉め鍵を掛けた。そして振り向くと、部屋の中は外とは反対に静寂に包まれた。

 それが母の言葉を聞いた最後の記憶だ。それから二年後に父がその生涯を終え、現在に至るまで私は一度も母とは会っていない。そして私は自分には母親などいなかったのだと思いながら生きてきた。それが今になって急に手紙をよこしてくるなんて、一体何を考えているのか。大輔の婚約、そして母親からの手紙、休憩時間だけで対処するにはどうも時間が足らなすぎる。私は灰皿に置いていた煙草を拾い上げたが、既に火種が消えた後だった。私は二本目の煙草に火を点けようと考えたが、休憩時間は残り十分であったし、コーヒーの既に冷めてしまっていた。私はコップを持ち上げ、胃袋にコーヒーを流し込むと、会計をし、店を出た。その際、マスターに顔色の悪さを指摘された。そんなもの鏡を見るまでもない。私の顔は真っ青なのだろう。私は足早に会社に戻った。

 自分の席に戻ると、机の上に置かれモニターに付箋が一枚貼られていた。そこには謝罪の言葉と、十五時から打ち合わせのため、相談であれば十六時以降に来て欲しいとの旨が記載されている。モニターを見ると時刻は十五時五分だった。相談に行くまで、一時間空いたのであれば、内容を詰めるのにはちょうどいい。そう思うと私は、再び写真の精査に取り掛かった。だが長野旅行の写真ばかり見ていても仕方がないので、別の写真を探す。

そして写真の束から、それを見つけると、私は思わず声が出そうになる。その写真には焚火を囲む四人が写っている。ただタイマーの設定が短かったらしく、大輔の顔がブレている。何とも愉快な一枚だが、私にとっては笑えない。それは大学四年に進級してすぐのことだった。

 私達が通っている大学では、四年生に進級するためには一定の単位を取得する必要があった。私はある程度真面目に授業を受けていたおかげで、進級に関する不安はなかったが、大輔はそうではなかった。基本的に授業に来ないか、よくて遅刻するのが関の山で、レポートやテストの前になると、いつも私や亜美に泣きついてくる。私も亜美も普段の態度を十分に知っていたので、いくら頭を下げられても助ける気にはならなかった。

「頼むよ。もうお前らしかいないんだ、この通り」

構内のカフェテリアでテーブルに額を擦り付ける大輔を私と亜美が腕を組んで見ているという、誰かが見れば勘違いされそうな光景だが、我々の決意は硬かった。

「何で今になって、遊び回ってたあんたに手をかさなきゃ行けないわけ?あんたいつも言ってじゃない遊ぶのは社会勉強だって、そのことをレポートに書けば?」

今回ばかりは亜美の意見がごもっともだ。私もうなづいて肯定の意を表した。話を聞くと、明日までにまとめなくては行けないレポートが三つも残っているという。しかも担当教授はどれも曲者ばかりで、泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。

「村井、頼むよ。それ相応のお礼はするからさ、な?」

亜美を懐柔するのを無理だと悟ったのか、大輔は上目遣いで私を見つめてくる。私だってレポートを書くのに二週間も使った。それをおいそれと渡すのは気乗りしない。

「村井、ダメよ。甘やかしちゃ、こいつが遊び呆けてるの見てたでしょ?」

それもその通り、何度か私達が警告したが、大輔は聞く耳を持たず。写真を撮るためと称して、あちこち飛び回っていた。無論何度か私も連れ回され、その度に休んだ日の穴埋めに精を出さなくては行けなかった。

「すまないが、今回ばかりは自分の力で乗り越えるんだね。もう十六時だ。今すぐ図書室にでも篭れば明日の朝には終わってるかもしれないよ」

私は腕時計を見つめながらそう答えた。大輔はグゥだかクゥだか呻き声を上げている。

そこからは何分かおきに大輔が助けてくれと言い、我々が無理だと返す禅問答の様な時間が流れた。そこに木暮が現れたのは、時間にして十分後、だが私にしてみては一時間にも感じた。

「村井さんに亜美、何やってるの?うわ、大輔さんどうしたの?」

木暮は、胸元に三冊のノートを持って、席にやってきた。そして大輔の横に座る。

「美咲ちゃん、こいつらは冷血だよ、友達が困ってるのに助けてくれやしないんだ」

そう言って、大輔は座ったばかりの木暮の肩を掴み、わざとらしい涙声でそう言った。

「美咲もこんな奴助けなくていいんだからね、今回ばかりは村井も心を鬼にしてるんだから」

そういうと、木暮の目線が私を貫く。まるで私を糾弾するかの様にその目線は冷たかった。

「まぁ、村井さんが匙を投げるなら、よっぽどみたいですね」

そういうと、木暮は自分が持ってきたノートの束を指差し、満足気な笑みを浮かべながらこう言った。

「これがあれば、レポート二個分は書けると思いますよ、流石にレポートをそのままは渡せないので」

あぁ、持ってきたノートはこの為かと、私は腑に落ちた。だがそんなことをしては私の横にいる亜美がそれを燃やしそうで恐怖を感じる。

「持つべきものは友達だ。俺にはこんなに素晴らしい友達がいるんだ!お前らとは違ってな!」

「美咲、あんたねぇ……まぁいいわ、付き合ってらんない私帰るから」

そう言うと、亜美はバックを肩に下げ、立ち上がった。その顔は怒りを通り越して呆れている様だ。

「まぁ亜美さん、木暮も悪いと思ってやってないんだ。木暮に怒るのはお門違いだよ」

「わかってるわよ、じゃ、せいぜいレポート頑張りなさいよ」

そう言うと、亜美は黒い髪を靡かせながら、カッフェテリアを後にした。

このままじゃ二対一だ、このままでは私までも、大輔の手伝いをする羽目になる。それは御免だ。

「残るはあと一つか」

そう言うと大輔はさっきまでとは違い、ニヤニヤしながら私を見る。ここで渡してしまってもいいが、そうしては亜美の顔に泥を塗ることになってしまう。

「タタではやれないな、僕だって仕上げるのにとても苦労したんだ」

そう言うと、大輔は待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「今日が木曜だろ?俺がこのレポートを無事提出して、進級できたら皆でキャンプに行こう、車も道具も俺が出す!」

私は頭を抱えた。大輔がここで金をだすと言わないのはわかっていたが、これではまた大輔の口車に乗せられる。

「いいじゃないですか!キャンプなんて私初めてです」

少し黙っていて欲しい。よくもまぁ場をかき乱してくれたものだ。私は木暮を軽く睨んだが、彼女はどこに吹く風と言わんばかりに涼しい表情をしている。

「さぁどうする村井?」

あぁお手上げだ、このまま押し問答をすれば、夜まで拘束されることは目に見えている。大輔にとってそれは悪手だろうが、この男にはそれは関係ないだろう。私は鞄からファイルを取り出し、予備にコピーしていたレポートを机に置いた。

「全文書き写すのはやめてくれ、僕の進級に関わる。でもね大輔これだけわかって欲しい、亜美さんも僕も君が憎くて協力しなかったんじゃない。君に少しでも考えを変えて欲しかったんだ」

私がそう言うと、大輔はうなづき、レポートを受け取った。

「怒ってるのか?」

「別に。ただ君の為だと思ったんだがこの状況じゃ僕が間違ってるみたいだから」

そう言うと、私はすっかり薄くなった鞄を持ち上げ、席を立った。

「どこ行くんだ?」

「煙草を吸って、それから帰る。レポート頑張れよ。これで進級できなかったら僕の顔に泥を塗るってことを忘れるなよ」

そう言うと、大輔は立ち上がり、私の横に並んで歩き出した。

「俺も付き合うよ、いいか?」

私はうなづくと、喫煙所まで無言で歩いた。

 お互いに無言のまま煙草の煙を吸った。私は何故か会話する気になれず、大輔は申し訳なさで話出せないのだろう。

「反省するよ、お前らには嫌われたくないからな」

「少なくとも木暮は嫌ってないんじゃないかな、あれは君にとって蜘蛛の糸だったろ?」

「そうだったとしても、亜美は結構怒ってたろ?」

私は煙を吐くと、自分の胸に抱えているものを吐き出していいものかと、思案した。まぁ言葉など煙の様なものだろう。

「君にも怒ってただろうが、それ以上に木暮に怒ってたんじゃないかな亜美さんは」

そう言うと、大輔は思い出した様に目を細める。

「俺にとっては大学で学ぶことクソだ。カメラマンとして自分の夢を追いかけたい。でもそれ以上にお前らと一緒にも居たいのさ」

それは我が儘だ。でもとても大輔らしい自分を持った意見だと私は思った。自分の夢だなんてものは私は持ち合わせていないし、この先に待ち受ける就職だって、正直言って灯台の無い航海の様なものだ。

「大学で学ぶことに意味が無いとは言わないさ。でも君はカメラマンである手前、学生だろ?学生の責務は勉強することだ」私はそう言うと、吸っていた煙草を灰皿に投げ入れた。大輔も半分以上残った煙草を同じ様に消した。

「まだ吸ってたんですか?私が手伝いますから、図書室に行きましょ」

木暮はこの空間の匂いに耐えられないかの様に、上着で鼻を抑えながら大輔に呼びかける。一体いつここまで来たと言うのだろうか。その手には大輔の鞄を持っている。

「あぁもうこんな時間だ、終わると思うか?」

大輔は木暮の方を向きながら私に問いかける。

「終わるさ。何せ彼女がつきっきりで見てくれるらしいから。じゃあ僕は帰るよ」

そう言うと、木暮は大輔の腕をひっぱり、大輔もそれに合わせ歩いていく。手を振る大輔を背に、私は帰路についた。木暮は一度も私を見てはいなかった。

 次の日の朝、私は大学に着くと喫煙所で煙草を吸っている亜美を見つけたので、声をかけた。昨日の今日で、少しばかり話しかけるのを躊躇ったが彼女の怒りが私に向いていない様にと内心祈っていた。

「やぁ、昨日は散々だったね」

声をおそらく喫煙所に近づく私を既に見つけていたのだろう。亜美は振り向き、煙を吐くと私の目をじっと見つめた。

「あんた、あいつにレポート渡したんだって?あんたまで美咲と同じ様に甘やかすつもり?」

女性の噂はすごいな。私は感心した。おそらく木暮が話したのだろう、インターネットがどれだけ発展しても、この情報網には敵わないと私は考えた。

「仕方なかったんだ、亜美さんが帰った後、渡さないこっちが悪者みたいな目線を感じてね」

私はそう言うと煙草を咥えた。仕方なかった、本当にそうだろうか?

「あんたが二週間、努力してたのは私も知ってる。あの教授女には甘い癖に男には厳しいからね。その努力を容易く渡してよかったの?」

亜美は怒っているでのはなく、私に気を使っているのだと気づいた。だが過ぎてしまったことはどうしようもない。

「僕が傷ついて済む話なら、それでいいさ。父の教えでね」

私はそう答えた。正しいかどうかはわからない。だが唯一信じられる言葉だった。

「あんた、そうやってこのまま生きていくつもり?」

亜美は灰皿で煙草の火をもみ消すと、その一言を残して喫煙所から去って言った。彼女の放った言葉を頭の中で反芻する。これ以外に父が私に残した言葉などないのに、それを否定されたら、一体どうすればいいのか。

「そうさ。これまでも、これからもそうやって生きていくのさ」

私はピアニッシモの香りだけが残る、亜美が立っていた場所に向かってそう呟いた。

 大輔から電話が来たのは、亜美と別れてから、約一時間後だった。

「自分から電話するってことは、レポートは提出できたみたいだね」

私が電話越しにそう言うと、大輔は歩いているのか、大袈裟に息をしながらこう言った。

「あぁ、これで俺も進級だ。迷惑かけたな」

大輔が息をするたびに、吐息がノイズとなって、耳を刺激する。

「じゃあキャンプは決行かい?僕はてっきり慰め会になるかと思ってなんの準備もしていないのだけど」

電話越しに車のエンジン音が聞こえる。歩いていたのではなく、荷物を乗せていたのだろう。

「俺と木暮は一緒にいるから、一時間後にお前の家に行くぞ」

電話越しに木暮の笑い声が聞こえる。それを聞くぐらいなら、ノイズの方がマシだ。

「わかった、でも僕より先に亜美さんに謝った方がいいと思うよ。彼女だいぶ怒ってたみたいだし」

それを聞くと、大輔はしばらく無言になったが、すぐに話し始めた。

「わかった。とにかくお前は家に帰って用意をしておけよ」

それだけ言うと、一方的に電話は切られた。私は大輔と亜美が和解できるかを考えたが、それは私の出る幕ではないと思い、家へと帰った。そうだこのキャンプの始まりにはこの様な騒動があった。だがこれから起こった、起こってしまったことに比べればこんなものはどうでもいい、くだらない思い出だと思える。

 私はデスクの上に並べた写真を整理し、スライドにふさわしいものを何枚か選び、PCに取り込んだ。そして、十六時を回ったところで、相談を持ちかけたはいいものの、あっちの返事は、うまく構成できている、機能的にやりたいことがあったらまた相談してくれとの質素なものであった。式の場で披露するスライドにはテンプレートがいくつかあり、それに沿ってさえいれば、大体の場合問題はないのだとも彼は言った。私は、そんなものかと思いつつも、普段はPCに疎い友人が作ったスライドが流れ、会場が笑いに包まれる様も見ていたので、あまり深くは考えす、定時まで別の作業をしていた。それにしても昼食後から酷い腹痛が脈を打つ様に、鎮座している。それはおそらく手紙のせいか、もしくは私の中の怪物が腹を食い破ろうとしているのか、私にはわからなかった。

 それから定時まで私は残っていた作業を片付け、上着を羽織ると会社を出た。手を動かしていれば、今抱えている問題を考えずに済むので、駅のホームで電車を待っているそれだけの時間がひどく長く感じた。駅のアナウンスが相模原への到着を告げた時、私はふと、電車を降りた。確か、亜美が店を開いたのはここであったと思い、今日は帰る前に少しアルコールを飲もうと考えた。しかし改札を出ても一向に道を思い出させなかったので、私にしては珍しく自分から亜美に電話をかけた。

「村井?どうしたの急に」

しばらくすると、亜美が電話に出た。まだ店はやっているらしく、店内のBGMがかすかに聞こえる。

「いや、亜美さんの店に行こうかと思ったんだけど、道が思い出せなくてね」

亜美は電話越しに、軽く笑うとこう言った。

「あんた今駅にいるの?、それなら-」

そう言うと、彼女はなれた様子で店までの道のりを説明した。私は適度に相槌を打ちながらそれを覚えた。

「ありがとう、何とか行けそうだ。この寒さで凍え死ななかったらね」

そう言って、私は電話を切ると、亜美の声が耳に残っている内に歩き始めた。

 亜美は大学卒業後、親の店である程度の仕事を覚えた後に独立した。その際彼女は両親とひどく揉めたそうだが、その話を私はよく知らない。そもそも大学四年にあったあの事故以来、私は彼らと連絡を取らなくなった。そうして、私の目前の雑居ビルの二階に目的の店があることを確認すると私は階段を上り、そのドアを開けた。

 私が店に入ると、亜美はカウンターごしに私を見つけ、手を振った。どうやら他に客はいないらしい。

「すまないね、急に電話しちゃって」

「いいのよ、お客もいなくて暇してたから。何か食べる?」

そう言って、彼女はコップにウイスキーを注ぐと、私の目に差し出した。何か食べようとも考えたが、同時に胃がキリキリと痛み出した。

「何か軽いものが欲しいな、ナッツとか」

私がそう言うと、彼女は皿に盛り付けられたナッツと灰皿をカウンターの下から取り出した。今日はわざわざ声に出さなくても、灰皿を出してもらえるらしい。

「本当久しぶりね、ここの開店以来じゃない?」

そう言うと、亜美は煙草に火をつけ、カウンターに肘を突きながら話し始めた。

「村井から急に電話が来るなんてね。焦ったわ」

「いや、今日は何となく、お酒が飲みたくて。そしたら自然に電車を降りてた」

「それで私の店に来たわけだ。今は結婚コンサルトだって?」

「まぁそんなとこ、正しくはウェディングデザイナーだけど」

「私には縁が無さそうな仕事ね、それで今美咲と大輔の式を担当しているのね」

そう言うと、亜美は灰皿に煙草を押しつけ、火を消した。それが悩みの種になって酒に頼っていることは言わないでおいた方がいいと私は思った。

「そうなんだ、友達の結婚式となると、公私混同しちゃってだめだね」

そう言うと、私は琥珀色の液体を喉に流し込んだ。胸に火がついた様に熱くなり、胃の痛みが幾分かマシになる。

「そう言う割には表情が暗いわよ、まぁあんたと美咲には距離があったしね」

流石は客商売と言ったところか、ずいぶんと人をよく見ている。大学時代に彼女と吐き気を催す事柄をしてから、私は彼女と距離を置いていた。

「知ってたんだ、流石は亜美さんだ」

「その亜美さんって呼び方を聞くと、大学生の頃を思い出すわ」

そう言うと、亜美は静かに笑った。大学時代から変わらない彼女の笑みを見て、私も少し笑った。疲れのせいか今日はアルコールが回るのが早く感じる。

「大輔がさ、酒と煙草が楽しめる結婚式にしたいだなんて我が儘を言うんだ。それなら僕は亜美さんの店で二次会をやろうと思うんだけどどうだろう」

私がそう言うと、亜美はまだ半分残っているコップに、再度ウイスキーを注いだ。今日くらいはいいかと思い、私は少しだけウイスキーを口に含む。舌の上で芳醇な香りを楽しんでいると、亜美は二本目の煙草に火をつけ、話し始めた。

「あいつは変わらないわね、あいつの我が儘で被害を被るのはいつも私たちなのに」

「二年生の時に行った、長野旅行が忘れられないみたいだよ。でも生憎僕はあまり覚えていなくてね」

亜美は私の話を聞き、どこか遠くを見つめる様な目線で口から吐き出した煙を眺めていた。彼女の頭の中にも今朝私が思い出したものと同じ様な情景が浮かんでいるのだろうか。

「そいえば、あの時から大輔は美咲に気が合ったのかもね。私はそんな風に感じたな」

それは結果論だろう。少なくとも私はそんなことを微塵も感じていなかった。

「まぁ大輔は社交的で、女性であれば射程範囲に入るやつだからね」

「あいつが?顔に見合わない冗談を言うじゃない。でも長野の時はあいつそんなに楽しそうにしてたかな?あいつにしては最後まで意識があったし」

それは確かに珍しい。大輔は酒を一口飲めば大方の場合大惨事を引き起こすのだが。

「それに煙草だなんて、あいつ煙草やめたんじゃなかったの?」

亜美がそう言うと、私は先日のひどく咳き込んでいた大輔の姿を思い出した。

「そうなんだ。この前、と言っても昨日だけど。その時は煙草を吸ってたけどね」

そう言って私は喫茶店であった時も大輔が煙草を吸っていたことも思い出す。

「いや、2週間くらい前かな。大輔と亜美が婚約の話を私にした時、煙草はやめたとか何とか話してた気がしたんだけどね」

「まぁ大輔のことだから、その時は煙草をやめていたんだろうね」

そう言うと私は煙草を咥え、ポケットに手を入れてライターを探していた。しかしそこでズキンと刺す様な痛みが胃に走った。私は思わず顔をしかめる。

「どうしたの?顔色が悪いけど」

「うん、ちょっと朝から胃の調子が悪くてね。今日は帰ろうかな」

私は咥えていた煙草を口から吐き出すと、ライターを探していた手で財布を持ち、それを机の上においた。

「今日はいいわよ、久々に懐かしい顔に会えたし私の奢りで」

そう言うと、亜美はカウンターに置かれたコップを持ち上げ、その中身を飲み切った。

「体調が良くなったら、また飲みに来なさいね」

私は、痛みを堪えながら財布から五千円札を取り出すと、カウンターの上に置いた。

「それは悪いよ、お釣りがあるなら今度来たときの会計に回してもらえるかな?」

そう言うと、私は立ち上がり店を後にした。

「気をつけなさいよ、なんかあったら電話して」

背中に亜美の声が聞こえるが、それに応答できるほど痛みは緩やかではない。私は手を挙げてそれに答えた。

 しばらく、歩いたところで私は言いようのない吐き気に襲われ、路上であるのにもかかわらず、胃の中身を吐き出した。吐き出してしまうと、足の力が抜け、自然と地べたに座り込む。この季節のコンクリートは随分と冷たい。座り込んだはいいものの私はそれから二度ほど嗚咽したが、胃の中はもう空っぽだった。

「いったいどうしたんだか」

そう呟いた。ここが人通りの少ない路上で助かった。私はしばらく目を閉じると、自分を取り囲む状況について考えた。答えが出ない問をいつまでも抱えることに私は耐えられそうもない。少なくとも胃は耐えられなかった。

 干渉しないでくれ、こちらから干渉しないんだから。そう思うと自然と涙が流れる。それは薄く、か細い粒で地面に落ちることなど決してないそういった涙だった。

「あんた、そんなに辛いんだったら一言言いなさいよ」

その声を聞き、目を開けるとそこにはジャンバーを羽織った亜美が立っていた。彼女は水の入ったペットボトルを私の目の前に置くと、壁にもたれかかり、こちらを見る。

「ごめんよ、飲み過ぎたわけじゃないんだ。少し時間が経ったら帰るから」

そう言った私の声はひどくかすれていて、それが亜美の耳に届いたかどうか定かではなかった。ただ亜美は私に言葉をかけるのでもなく、ただ静かにそこに立っていた。

 しばらくの間、我々の間には言葉はなかった。私は話す気力も無く、ただ自分が吐き出した吐瀉物を眺めていて、亜美は三本目の煙草を吸い終わった時だった。

「もう、あんた私の家に来なさい。こんな状況の友達は放っておけないわ」

そう言うと、亜美は私の肩を掴んで立たせた。私は抵抗する力も消え失せ、ただされるがままとなった。誰かに肩を貸してもらったのなど何年ぶりだろうか。そう思うと、生前動けなくなった父に肩を貸したことが思い出される。その時の父は軽く、存在を肯定する重さを持ち合わせてはいなかった。それは私が高校を卒業する年のまだ寒さの残る春のことだった。

「今日は私の家で休みなさい、明日のことは起きてから考えればいいのよ」

そう言った亜美に対して私は呻き声で返した。地面を見つめていると、亜美の靴が私の吐瀉物を踏んだ跡を見つけ、何ともいたたまれない気持ちになり、私は再び口を閉ざした。 

 通された亜美の家は店から五分程度の、こぢんまりとしたものだった。私が感じていた痛みはそこに着くまでには随分と楽になっていて、椅子に座りながら亜美が作ったホットミルクを啜っていた。

「私、店の片付けしてくるから勝手に帰るんじゃないわよ」

それだけ言い残すと、亜美は出ていき十分が経過した。口の中から酸っぱい匂いがし、洗面所で何回か口を濯いだ。鏡を見ると亜美が私を心配した理由が何となく分かった気がする。まるで棺桶に入った父の様な、生を感じさせない双眸が私を見つめている。私は傷を負うことには慣れていた。いや慣れていると思い込んでいただけかもしれないが、就職活動や仕事でも大抵のことは、昔自分が受けた仕打ちに比べればマシなものだと感じていた。しかし今、鏡に写る男は過去の亡霊に足を掬われている。精神に体が耐えきれなくなったのだと涙の跡を指でなぞりながら私はそう思った。

 それからしばらくして、亜美は帰ってくるなり、シャワーを浴びると、私にもシャワーを浴びる様に言った。正直これ以上友人に迷惑をかけるのは気が引けたが、亜美の言葉には素直に従うべきだろうと私は考えた。シャワーを浴びた私は、亜美が用意した服に着替える。明らかに男用のスウェットは私の体には少し小さく、七部丈の様になってしまう。その様子を眺めながら亜美は、昔ここに住んでいた彼氏のものだと言った。話を聞くべきだろうかと一瞬迷ったが、亜美は自らその話はしたくないと、キッパリと否定の姿勢を見せた。そして私の正面に座ると、何かを探る様な視線で私を見つめる。

「一体何があったの?あんな酷いの店の酔っ払いでもそうそういないけど」

「色々あってね、ここ最近は特に酷い」

私はそう言うと、亜美の視線に耐えきれなくなり目を逸らした。彼女もそれを察したのか、テーブルの上に灰皿を出し、煙草を吸い始めた。

「嫌いな女と親友が結婚するのがそんなに嫌?」

違う。彼女は悪くはない。これまでもこれからも。私は自分で自分を呪っている。

「そうじゃないんだ、一度に多くのことが起こってる。現在進行形でね。自分が忘れたと記憶の奥にしまっていたものが急に溢れてくる様に、僕の頭の中は酷い惨状で、しばらくは掃除もできずに立ち尽くしてた」

「そして私の店に来たと」

そう言うと、彼女は席を立ち私にもう一杯のホットミルクを作ってくれた。私はそれに手をつけず、脱ぎ捨てた上着から煙草を取り出し、火をつけた。

「多分、私はあんたのことをほとんど知らない。どんな家庭で育って、どう言う物の考え方をするのかもね。でも私たちは友達でしょ、少なくとも友達だったでしょ?」

「亜美さんは亜美さんだ、それ以上でもそれ以下でもない」

そう言うと私は、鞄から写真の束を取り出し、机の上に置いた。亜美はそれを見てすぐに大輔が撮ったものだと分かったらしく、束の上から何枚か手にとると、それを見て目を細めた。

「懐かしいわね、あいつが写真を撮ってることは知ってたけど、まさかこんなにあるなんてね」

彼女はゆっくりと何枚かの写真を改めながらそう呟いた。

「これは長野県にいった時の写真ね、それにこれは最後に行ったキャンプ」

そう言うと亜美は写真を分類分けするかの様に、机の上に並べた。

「亜美さんは、なんで僕と木暮に距離があったのかを知らないはずだ」

私はそう言うと、旅行の最後に、旅館の前で女将さんに撮影してもらったであろう一枚の写真を亜美に見える様に置いた。

「それを撮る時、女将さんにカメラを渡すのをあいつ最後まで嫌がってたわね、だからかしら。笑顔に見えるけど、大分引きつってない?」

亜美の細長い指が大輔の顔を指す。確かにそう聞いてから見ると引きつっている様に見えなくもない。

「僕と木暮に決定的な亀裂が生まれたのはこの旅行がきっかけだった」

私はそう言って、灰皿に煙草を押し付けると、もう冷めてしまったミルクを飲み干した。

「聞きたくないなら聞かなくていい。それかおかしくなった友人の戯言だと聞き流してくれて構わない」

私がそう言うと、亜美は机の上に置かれた私の掌を掴み、私の目を見る。

「聞くわよ、あんたがこんなに一生懸命話そうとしてるんだから」

机の上で私の手はわずかに震えていた。それは緊張から来るものなのか、それとも自らの過去に向かうことに対して怯えているのか。私の喉から声が発せられるまでそれはわからなかった。

「旅館の温泉で、僕と大輔はいつもの様なくだらない話をしてたんだ、いつもの様にね。でも大輔が急に真剣な顔になって僕にこう言ったんだ」

そう言うと私は亜美の前に置かれていたビールを一口飲んだ。亜美は特に反応をせずに、私が半分以上残っていた缶の中身を飲み干すのを黙って見ていた。空っぽになった胃の中で炭酸が音を立てているのが感じられた。そして呼吸を整え、私は再び話始める。

「俺は美咲が好きだと、それまで話半分に聞いてた僕でもその時ばかりは思わず聞き直したよ。でも大輔の意見は変わらなかった」私はそう言うと、黙って亜美を見た。

「きっと亜美さんだって気付いていただろ?、大輔は木暮に気が合ったし、あいつには行動力がある」

「それで、あんたはどうしたの?」

亜美は視線は真っ直ぐに私を見つめる。まるで裁判の被告人にでもなった気分だ。

「何て言ったんだろう、あぁとか、そうとか。言われたことが衝撃的で覚えてないんだ」

「自分の親友を女友達に取られたから、あんたは美咲が嫌いになった。ただそれだけ?それなら-」

「断じて違う。それだけなら僕だって気にも留めなかったし、二人の幸せを願ってやれたさ」

私は亜美の言葉を遮った。そして、意図せずに掌で机を叩いていた。それまで私を見ていた目がふっと、憐む様な捨てられた犬に向ける様な眼差しに変わった。

「あんたがそんな必死になって話すの、私初めて見たわ」

私は自分の掌がじんわりと熱くなるのを感じ、頭を下げた。

「ごめん亜美さん、そんなつもりじゃなかったんだ」

「いいのよ、分かってる。でもこれ以上話すと、次は机が壊れちゃうかも」

そう言うと、亜美は立ち上がり、私の視界から消えた。母の時と同じじゃないか、結局あの女の血が流れている限り、私は怪物を飼い慣らすことなどできないのか。そう思うと、胃の奥底が唸り声の様に震え、そして痛み始めた。

「僕は帰るよ、終電はないけど、タクシーなら帰れそうだ」

私は目の前にはいない亜美に向かってそう言った。だが上下、借り物の服を着ていては、何とも説得力が無い。

「また路上で倒れられたらたまったもんじゃないわ、朝までは居なさい」

亜美は歯ブラシを加えながらそう言ったのでとても聞き取りづらかった。そして続けて、あんたの分の歯ブラシは無いと言った。そこまで求めてはいなかったが、ミルクとビールが合わさった口内は何とも不愉快で、何回か口を濯ぐと私は床に寝そべった。流石に冷えるので、上着を体に巻き付けたがあまり効果はなかった。

「そんなバカなことやってないで、ベットに来なさいよ」

床で震える私が滑稽に見えたのか、亜美は私にそっと声をかけた。

「早くしてよ、あんたの話に付き合ってたらもうこんな時間よ」

そう言われて、私は外した腕時計を見る。時刻は既に午前一時になろうとしていた。話している最中は感じなかったが、もうこんな時間だったのか。そう思った途端、頭の重みと同様に体がずっしりと重くなる。

 そして私たちは一つのベットで横になっている。一般的な女性が二人で使うのであれば問題なさそうな広さだが、生憎私は男で体格もそれなりだった為、随分と狭く、体のあちらこちらが暗闇で接触する。私はそれに対して反応するほど若くはなかったし、それよりも体の疲れが目蓋を重くしていた。

「ねぇ、まだ起きてる?」

亜美は背を向けている私に対して、声をかけた。眠気から来るものだろうか、普段の冷たい印象を持つ声とは違い、ぼんやりと聞こえる。

「あぁ、まだ起きてるよ」

私がそう言うと、亜美は声を押し殺して笑った。その際に私の耳に吐息が当たり、思わず身震いする。

「あんたがあの頃、そんなことを抱えていたなんて知らなかった。恋愛とは正反対の位置にいそうだしね」

私は相槌を打つ様に、時々体を動かしたりしながら亜美の話を聞いていた。

「そんなに寂しかったのなら、私が今日だけでも温めてあげようか?」

亜美の細い掌が、私の腕に触れる。だが不思議なことに私は何も感じなかった。

「私ね、皆で過ごしていた時期に少しだけ夜の店で働いていたのよ。その時は別にお金に困っていたとかそう言う訳じゃなかったんだけど、家は後継の話で誰も私を受け入れてくれなかった。寂しかったのね、きっと」

そう言うと、私の手を握る力が一層強まる。

「それは知らなかったな、でもそんなことは些細なことだよ」

「でもそんな些細なことがきっかけで、私から彼は離れて行ったのよ」

私は観念して、亜美の腕を掴む。その腕は震えていて、子供の様だった。

「ごめんよ、亜美さん。僕じゃあなたを温められない」そして私は続けた。

「蛇は脱皮して生きていくんだ、それは人も同じ。僕はまだできていないけど、亜美さんはきっと大丈夫」

私は何とも無責任なのだろうか、自分は亜美を頼ったのにも関わらず、彼女を救ってやることすらできやしない。

「しばらくこうさせて」

そう言うと、亜美は私の背中に抱きつく様にして、さらに身を寄せた。

「生きていくしかないのね、こうやって心臓が動いている間は」

亜美はそう言ったのを最後に話さなくなり、静かに寝息を立てている。

背中で体温を感じながら、私は考えた。自分が口にした蛇の話を。脱皮し、生きていく。言葉で言うのは簡単だ。それがどれほど難しいか今になって知るなんて。そんなことを思っていると、意識が途切れ始め暗闇へと落ちていく。

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