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第4話 新たなる依頼


 「ウルフ、起きてる?」


 いつもの様にキャットがゴミ屋敷と化しているウルフの事務所に顔を出す。


「またこんなに散らかしてーーー」


 何の迷いもなくソファのあるであろう壁際までゴミの海を足で掻きながら進む。


「ぐおーーー……」


「もう、いびきなんてかいていい気なものね」


 眉を顰めながらも仕方ないなと言った諦めの笑みを浮かべながらウルフの寝顔を見つめる。


「うん? ああキャットか……おはよう……」


 気配を察してかウルフが目を覚まし眠い目を擦りながら上体を起こす。


「おはようじゃないわよ、もうお昼だわ」


「むぅ、もうそんな時間か……」


「またハンバーガーとビールばかり摂って……たまに野菜も摂らないと栄養が偏るわよ」


「野菜なら食ってるぜ」


 ウルフが指さすのは台形を逆さまにした上が開いた赤い箱。


「それってフライドポテトでしょう? それは野菜とは呼ばないわ、あたしは葉野菜を食べろって言ってるの」


「何だよお前、俺のかーちゃんかよ」


「誰が!! あんたの母親だったら今頃心労で倒れてるわよ!!」


「違いない」


 ウルフの表情が微かに緩む。

 いつも口うるさいキャットだがこういった軽口を叩ける相手がいてウルフも満更ではない。

 

「ほら、この間の護衛の報酬が入ったわ、これあんたの取り分」


「そうか、ありがとよ」


 結構な厚みのある茶封筒が手渡される。

 中には複数枚の紙幣が入っている。


「AWW3《アフターワールドウォースリー》以前はネット上で金銭のやり取りをする時代があったんですって、物騒な話よね」


「まったくだ、ネットの状況が不安定なこの時代、現金に勝る物は無いからな」


 二人が話すようにこの時代にもコンピューターネットワークは存在してはいるが電力供給も不安定な上、破壊行為などの物理的な障害も相まって全くもって信頼の置けるものではなくなっていた。

 情報を引き出す事に使えない事は無いが個人情報を上げるなど自殺行為に等しい。

 よってSNSなどは殆ど存在していない。


「しっかり計画的に使うのよ、今度いつ仕事が入るか分からないんだから」


 先ほどの様に報酬が多いのは経済がインフレなのもあるが送り屋の仕事の性質上、危険手当が大半を占めている。

 基本輸送任務が多いが大手の輸送業は自前の護衛団を保有していたり特定の送り屋と契約している事も多く、ウルフの所に来る依頼は前回の様に緊急か分けアリが多いのだ。

 そのせいもあってウルフたちの仕事の供給は安定していなかった。


「まあいいさ、その分好きなだけ寝ていられる、ふぁあ、お休みキャット……」


「寝る前にちょっとフェンリル借りるわよ、師匠の所へ行って来るわ」


「ん? リジェの所か? お前もホント、勉強熱心だな」


「アタシがフェンリルの整備が出来る様になれば助かるって言ったのはウルフでしょう?」


「あーーーそんな事も言ったっけか」


「もう、じゃあ行って来る……あっ」


 キャットのジャンバーにポケットの中から電子音がする。

 ポケットから取り出されたのは携帯端末だ。

 先ほどの音はメールの着信音であった。


「ゴードンさんからだわ、えーーーと新たに仕事を依頼したい……ですって!!」


「へぇ、こんなスパンで仕事が入るなんて珍しいな」


「詳細は……えっ?」


「どうした?」


 端末の画面を見たキャットが固まっているのでウルフはソファから立ち上がり彼女の後ろから画面を覗き込んだ。


「海路を渡る仕事か……これは……」


 ウルフがスポーツキャップのつばを手で掴む。




「おう、いらっしゃい」


「……どうも師匠」


 クラフトワークスに着いたキャット、後ろからウルフも続いてガレージに入って来る。


「どうしたい嬢ちゃん? 浮かない顔をして……しかもウルフが一緒とは珍しい」


「それが困ったことになって……」


「あん?」


 リジェは渋い声とは正反対の愛くるしい姿で小首を傾げる。


「実は……」


「ほう、大陸間を横断する仕事か、それは大仕事だな、するってえとこっちの方の大きいんだろう?」


 リジェが右手の親指と人差し指で輪っかを作る、要するに報酬の話しだ。


「女の子がそんな手つきをするもんじゃないぞリジェ」


「何だウルフ、こっちの方はご無沙汰か?」


 作った指の輪っかを開けた口に近付けるリジェ。


「もう、これだから男って嫌ね」


 下卑た笑いをする二人を見て呆れるキャット。


「それでだリジェ、《《アレ》》を準備して欲しいんだが」


「そうだよな、《《アレ》》が無きゃ仕事にならんだろうな」


「何よ二人して、《《アレ》》って何なの? ホント嫌らしいわね」


 あからさまに嫌悪感を露にする。


「そうかお前はまだ知らないんだっけ、《《アレ》》ってのは『リヴァイアサン』……水上、水中を航行可能な万能高速艇だ」


「『リヴァイアサン』……そんなものが?」


 キャットは驚きの表情を浮かべる。


「何よ、そんないい物があるんだったら深刻になる事無いじゃない、あーーー悩んで損した」


「それが嬢ちゃん、そうも言ってられないんだわ」


「どうして?」


「そうだな、折角だから見て行くかい?」


 リジェがフェンリルを整備していたガレージの外に出る様二人に促し、隣接する一つ隣のガレージに案内する。

 そのガレージは入り口のシャッターが傷だらけで壁にも深い亀裂が入っている。


「この傷はすべてリヴァイアサンがつけたものだ」


「師匠どういう事?」


「この『リヴァイアサン』、制御コンピューターに難があってな、危なっかしいから機能停止して封印してあるんだよ」


「はっ? 何それ?」


 折角の可愛らしい顔の眉間に皺が寄る。

 建付けが悪くなったシャッターを何とかこじ開けるリジェ。


「これがリヴァイアサンだ」


 ガレージの中は船のドッグの様になっており、その中に蒼いボディのマシンが鎮座している。

 フェンリルたはまた違ったフォルムの美しい流線型、しかもふた周り程ボディが大きい。

 第一印象はどことなくイルカやクジラなどの水棲動物を彷彿とさせる。


「わぁ、綺麗なコね!!」


 キャットは思わず駆け寄りその蒼光りするボディに手を触れる。


「そうだろうそうだろう、見た目もそうだが性能も申し分ない、俺の自信作だ」


 そう言ってリジェはふんぞり返る。

 何を隠そう設計から製造までを手掛けたのはリジェ本人なのだ。


「でも手の付けられないじゃじゃ馬じゃあなぁ……」


「そこ、うるさいぞ」


 ビシィ、とウルフのつぶやきに指さしてクレームを入れる。


「それでウルフ、仕事の日取りは?」


「一週間後だ」


「ふぅむ、間に合うかな」


 リジェは胸の前で腕を組みうな垂れる。


「仕事、断ろうか?」


 キャットがウルフの顔を覗き込む。


「そうもいかないだろう、折角のお得意さんになりそうな相手からの依頼だってのに」


「へぇ、珍しいわねあんたにしては」


 口元に手を当て意地悪な笑顔をする。


「うるせぇ、俺だって仕事にはそれなりのプライドや使命感ってものがあるんだよ」


「まあ期待しないで待っててくれや、目途が付いたら連絡するよ」


「ああ頼む」


「じゃあ師匠、いつもの始めましょうよ」


「そうだな、隣のガレージに戻るか」


 こうして最近キャットが通いで習っているリジェによるフェンリルの整備講習が始まった。

 こうなるとウルフは手持無沙汰だ。

 クラフトワークスの事務所に戻り、勝手にマグカップにコーヒーを注いで一口含む。


「……あのジーンと言う男……まさかな、あいつが生きているはずがない、きっと思い過ごしだ」


 誰に聞かせるでもなくそう言うと、残りのコーヒーを一気に煽った。

 そしてあまりの苦さウルフは顔をしかめるのであった。

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