不真面目シスター、続・森の賢者に会いに行く の巻
前回の、あ・ら・す・じ♪
森の賢者に会うために神域の森に来たら、キノコのような家の前で、世紀末覇者みたいな大男に出会いました。
アームレスリングを挑まれたので、わが奥義で返り討ちにしてやりました。
いえい(^_^)v
神域の森の中にある、キノコのような家の前。
私ことシスター・ハヅキと、家の中から出て来た美ショタくんが見守る中、二人の大男が固い握手を交わしました。
「さらばだ、強敵よ」
「うむ、また戦おう」
悪霊にして私の従者、アーノルド卿に見送られ、世紀末覇者みたいな大男は、巨大な馬の手綱を引いて夜の森へと消えていきました。
あのお方、山向こうの村に住む木こりさんでした。
道に迷って、助けを求めてキノコの家の扉を叩いたものの返事がなく、仕方なく野宿していたとのこと。
そこへ、アーノルド卿を連れた私がやってきて、一目で強敵とわかったので挑まずにはいられなかったそうです。
迷惑な。
「で、君は何なの?」
木こりさんが立ち去ると、パジャマ姿の美ショタくんが、うさん臭そうな目で尋ねてきました。
神域の森にある、キノコの家から出てきた、十歳かそこらの男の子。
ソチラの趣味のお姉さま方がいたら、ハァハァ言いながらよだれを拭きそうな、ハイレベルな美ショタくんです。
それにしても目の下、すごいクマですね。
寝不足ですか?
「ええと、お休みのところすいません」
「ほんとにね。クッソ迷惑だよ」
うわー、めっちゃ不機嫌。寝不足の人って、たいていイライラしてますよね。
「その……私、このたび、大聖女様の側仕えをやることになった、シスターのハヅキと申しまして……」
「うそつけ」
自己紹介の途中で、バッサリ切られました。
美ショタくんが、アーノルド卿を見てジト目になります。
「悪霊を連れたシスターなんて聞いたことないよ。お前、偽物シスターだろ」
偽物、て……いやはや。
不真面目シスターと呼ばれたことは多々あれど、偽物シスターと呼ばれたのは初めてですね。
ちょっと新鮮♪
いや、そうじゃなくて。
「ほ、本当にシスターですよぉ」
「なら、守護の言葉、言ってみろ」
「……」
シスターになるときに、聖典の一節を「守護の言葉」として決められます。その言葉を胸に刻み、生きていくのがシスターです。
言えないわけがないんですよね、普通なら。
でも私ってほら、色々と規格外だから♪
……うう、ちゃんと覚えておけばよかったぁ。
「ほらみろ、偽物じゃないか。大方、食うに困ってシスター騙ってるんだろ」
美ショタくん、容赦ありません。
食うに困ってシスターになったのは確かですけど……騙ってません、てばぁ。
「しかも、大聖女の側仕え? はん、大きく出たなあ。嘘をつくなら、もうちょっと信憑性のあるやつにしろよ。教堂のトップが、悪霊憑きのシスターを側仕えになんかするかよ」
まったく同感です。うちの大聖女様、何考えてるんでしょうね。ちょっとお説教してもらえません?
「……ったく、ビビらせやがって。こっちは大仕事控えて寝てたんだからな。本物だったら八つ裂きにしてやるところだぞ」
美ショタくん、ますます不機嫌になりながら、大あくびをしました。
ひょっとして、お仕事が忙しくて寝不足でしょうか?
いやわかります、気持ちよく寝てたところを叩き起こされたら、腹立って仕方ありませんよね。寝不足と言うのならなおさらです。
でも八つ裂きはやりすぎだと思いますよ? バックドロップぐらいにしときません?
「食い物が欲しいんだったら恵んでやる。だからさっさと帰れ」
「いや、ですから……私、本当にシスターですってばぁ」
「じゃ、なんで悪霊憑いてんだよ」
「え、ええと……それには、ちょっとした事情がありまして……」
「酒に酔って、うっかり契約しちゃったとか?」
「え、なんでわかるんですか!?」
「……冗談だったんだけど。え、マジ? お前、バカじゃないの?」
美ショタくんが、さげすんだ目で見てきます。
これまた、アチラの趣味の方ならゾクゾクしちゃいそうなシチュエーションですね。
でも私はソチラでもアチラでもないので、気分悪いだけです。
なんか腹立ってきたなー、なんでこんなに偉そうなんだ、このクソガキ。
「……お前今、僕のことクソガキ、て思っただろ?」
「すごいっ、なんでわかるんですか!?」
「少しは取り繕えよ! 思いっきり顔に出てたんだよ!」
「それはすいません! そうだ、よかったら一発殴らせてください!」
「殴らせるか! よかったら、てなんだよ! てめえ、ほんとにシスターか!?」
「シスターだから、正直に答えてるんです!」
「ああもう、むかつくガキだな!」
「あなたの方がガキじゃないですか、このショタっ子!」
「誰がショタっ子だ! 貴様、この僕を誰だと思ってる!」
「そういえば存じませんでした! はりきって自己紹介をどうぞ!」
「いいだろう、聞いて驚くがいい!」
美ショタくんが、ドヤ顔で胸を張ります。
「魔界を統べる王の側近が一人、ユッケルだ!」
「…………は?」
森の賢者様……じゃないんですか?
「あ……!」
美ショタくんが、慌てて口を押さえました。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れます。
やっべー、言っちまったよ、なんて顔の美ショタくんと。
やっべー、聞いちゃったよ、て気分の私。
魔界を統べる王って……魔王、てことですよね?
その側近って……高位の魔族ってことですよね?
ほんとにいたんだなー、初めて見た。
いや、そうじゃなくて。
どうしよう? 聞かなかったことに……できませんかね?
「……クッ……クククククッ……」
おや?
美ショタくんが何やら急に邪悪な雰囲気に。その頬に汗が流れているのは、気のせいでしょうか?
「さすがは大聖女の側仕え……見事にダマされたよ」
いやいや。
いやいやいや。
信じてませんでしたよね? そもそも私、何も嘘ついてませんよ? まごうことなき自爆ですよね? 寝不足で判断力落ちてましたね?
「だが、飛んで火に入る夏の虫とは、お前のことだ!」
え、何一人で盛り上がってるんですか? ついていけないんですけど。
「はぁーっ!」
いきなり気合を入れた美ショタくん。全身から禍々しい何かがあふれ出し、周囲に満ちていきます。
なにこの急展開。なんかやばそうです。
『ハヅキ様!』
アーノルド卿が、すぐさま私をかばうように前に出てくれます。
『こやつの力……尋常ではない! ここはワシに任せて、逃げるんじゃ!』
「はい、そうさせていただきます!」
私が即答すると、アーノルド卿が何やら複雑な顔に。
はて、素直に従っただけなのに、何かいけませんでしたかね?
「バカが! 逃がすわけないだろう!」
「ふぎゃっ!」
駆け出そうとした瞬間、私の体が見えない何かで縛り付けられました。
な、なんですかこれ! 全然動けません! 緊縛プレイに興味はないんですけど!
『ハヅキ様! おのれ!』
「そっちの悪霊も、黙ってろ」
『ぬうっ!』
美ショタくんに飛びかかったアーノルド卿ですが、空中で動きを止めてしまいました。
うそ、アーノルド卿がこんなにあっさり!?
「やれやれ、ここまで順調にきたというのに……さすがは大聖女だな」
クククッと笑いながら私に近づいてきた美ショタくん。
「隠蔽していたつもりだが……わずかな森の異変に感づいて、偵察をよこしたか」
いえ、うちの大聖女様、何も気づいてないと思いますよ?
「しかもこんなふざけたシスターとはな。まんまとしてやられたよ」
ふざけたシスターって……これでも私、絶賛更生中なんですけど。あと、私は何もしてませんからね、そっちが自爆しただけですからね。そこんとこ、明確にしておきますよ!
「こうなったら仕方ない。本当は明日の夜の予定だったが……今から儀式を始めようか」
「ぎ……ぎし、き?」
「ほう、口が聞けるか。さすがは大聖女の側仕えだな」
あ、やっと信じてくれた。嬉しくない状況だけど。
「そうさ、王国を滅ぼし、それを贄としてわが魔王様を復活させる儀式さ!」
くいっ、と美ショタくんが指を曲げました。
すると、です。
「お、おおっ!?」
私とアーノルド卿の体が浮き、ぐんぐんと空に登って行きます。
わ、わわわっ、なんですか、どうなってるんですか!
キノコの家の屋根より高く、森の木々よりさらに高くなんて!
わーい、高ーい♪ たーのしーい♪
「クククッ、私を見事にダマしたほうびに、お前には一夜にして王国が滅びる姿を見せてやろう!」
腕を組んでキメ顔で浮かんで来た美ショタくんが、私に向かって嘲笑を浮かべます。
ですから、私はダマしてません、てば。
あ、後で魔王への言い訳にする気ですね。ずるい!
「練りに練った僕の計画に隙はないぞ。見るがいい、まずは数万の死霊による攻撃だ!」
美ショタくんが「はぁーっ!」と気合いを入れると、エネルギーの塊みたいなものが飛んでいきました。
向かう先は、どうやら王都の北西。おや、そこって確か……。
「気づいたか? そうとも、無縁墓地だ!」
あー、やっぱり。
MJさん……いえ、MJ様をリーダーとする死霊さんたちの、超絶クオリティのダンスと歌に朝まで酔いしれた、あの墓地ですね。
あれは本当に素敵な夜でした。ちょっぴり死んじゃいそうになりましたけれど、あのパフォーマンスをタダで見られたなんて、我が人生最高の一夜でした。
「クックックッ。無縁墓地でさまよう死霊たちに命じ、王都を襲わせるのだ。数万という数の上に、私の力で強化されているからな、大聖女といえど苦戦するだろうな!」
……はあ。
ええと、どうしましょう……そこ、もう死霊いないですよ、て……教えてあげるべきでしょうか?
でも、気分よさそうにしてるしなー、水差しちゃ悪いかなぁ。
「そして、第二弾!」
美ショタくんがまた「はぁーっ!」と気合いを入れました。
今度はエネルギーの塊が、王都の西地区あたりに飛んでいきます。
「王都西地区にある、元貴族の屋敷だ!」
え、西地区にある、元貴族の屋敷?
それって私とアーノルド卿が運命の出会いをした、あの廃墟ですかね?
「そこには強力な悪霊がいてな。そいつを我が配下とし、大聖堂を襲わせるのだ! 死霊たちと戦うために人が出払っているところに、強力な悪霊が襲って来るのだ、さぞや混乱するだろうなぁ!」
実に愉快そうに笑う美ショタくん。
そんな美ショタくんを見て……私とアーノルド卿は目を合わせます。
ええと……その悪霊、たぶんアーノルド卿ですよね。ここにいますけど、て……教えたほうがいいのかな? でも美ショタくん、本当に楽しそうだしなあ。
「そして、これがトドメだ!」
三たび気合いを入れる美ショタくん。
今度は王都の東側へと、エネルギーが飛んでいきます。
「お前は知るまい。王国最大の牢獄の地下にはな、古代の邪神が眠っているんだよ!」
えー……あー……知ってますけど。
「我が魔王様の盟友たる、古代の邪神復活だ! 死霊と悪霊の攻撃に疲弊したところへ、反対側から最大級の攻撃だからな! さすがの大聖女もなすすべもあるまい!」
勝利を確信し、高笑いする美ショタくん。
へー、あの泥人形みたいなの、そんなにすごいやつだったのかぁ。大聖女様があっさり潰しちゃったから、大したことないんだと思ってました。
あ、もういないよ、て教えた方が……いえ、気持ちよさそうに笑ってますし、やっぱり水を差すのは悪いですね。
「さあて、これで後は、寝てれば王国が滅びるって寸法だ」
美ショタくんが満足そうな顔で、くいっ、と指を動かすと、私とアーノルド卿はゆっくりと地面に降ろされました。
あれ?
「わーい、高ーい♪」なんて楽しんじゃってましたけど、あのまま落とされてたらヤバかったのでは?
そんなふうに考えて……ゾクゥッ、と背筋が凍りました。
「クククッ、どうだ、王国が滅びるというのに、何もできない悔しさは」
「……」
背筋が凍る思いに私が何も言えずにいると、美ショタくんが「そうだろ、そうだろ」と愉快そうに笑います。
「その悔しさに身悶えしながら、夜を明かすといい! さて、明日の朝を楽しみに、私は一眠りするとしよう」
あくびをして、キノコの家に戻ろうとする美ショタくん。
そんな彼に、私はありったけの力を振り絞って声をかけます。
「あ、あのー、一言、いいですか?」
「なんだ? 大聖女は負けないとでも言う気か? はっはっは、悔しいのはわかるがな……」
「いえ、そうではなくて……」
私、恐る恐る王都の方を見ます。
地面に降ろされた直後の、あの寒気。
間違いありません。感じます。びんびんと感じます。
王都の方から超高速でやってくる、とんでもない怒りのエネルギーを。
「その……いますぐ逃げた方が、いいと思いますよ?」
◇ ◇ ◇
「シィィィスタァァァー、ハヅキィィィィ!」
夜の森に、美しくも不気味な声が響きました。
「な、なんだ!?」
美ショタくんが驚いて、空を見上げます。
そこには、白い法衣に身を包んだ大聖女様と、それに従う聖堂騎士団の皆様。
え、それ引き連れて、空飛んできたんですか!? 百人ぐらいいません? うちのボス、どんだけ規格外なんですか!
「今度は一体、何をやらかしたのですかっ!」
なんで私なんですか! 私、何もしてませんよぉ!
抗議する間もなく、ザシュッザシュッザシュッと、大聖女様軍団が、私の目の前に見事な着地を決めます。そして、素晴らしい連携で私を包囲し、槍の先を向けてきます。
わーん、完全に犯人扱いじゃないですかー!
「やっほー、ハヅキちゃーん。相変わらずのトラブルメーカーだねー」
ボン、キュッ、ボン、なポンパドールさんも一緒でした。
黒装束に身を包み、腰に短剣差してます。
わ、かっこいい。それがシノビ装束ですか? 紅色の帯がおしゃれですね!
「ポンパドールの服なんか、どうでもいい!」
しまった、声に出てた! わぁん、ごめんなさい!
「人が別件で手が離せない間に、あなたという子は! なんですか、あの邪気の塊みたいなエネルギーは! 今度という今度は容赦しませんよ!」
目の前で、阿修羅のごとき形相で仁王立ちになられた大聖女様。
怖い、マジで怖い! ダレカタスケテー! あと、容赦してくれたことなんかないですよね!
「さあ、正直に言いなさい! あなたは何をしていたんですか!」
「わ、私じゃないですよぉ! あっち! あの美ショタくんですよぉ!」
「あぁん?」
大聖女様が、ねめつけるような目で美ショタくんを睨みます。
……うわー、怖い。ヤ○ザみたい。
聖職者なんですから、イメージ大事にしましょうよ。
「なんですかこの子……」
美ショタくんを睨みつけていた大聖女様、はっと顔色が変わります。
「……魔族?」
ズザザザザッ、と。
秒で聖堂騎士団の皆様が動き、あっという間に美ショタくんを包囲します。
さーすがぁ。
「お前は……かなり高位の魔族ですね? なにゆえにこの神域の森にいるのか? 返答次第では、容赦いたしませんよ?」
あ、ヤク○から大聖女になった。でも、これはこれで怖いんですよねぇ。
「だ……大聖女……なぜ……なぜここにいる!」
「あんな邪気の塊が三度も飛んでくれば、怪しいと思うのが当たり前でしょう」
「そういうことじゃない! 僕の術が発動して、お前は今頃、追い詰められているはずだ! なのに、なぜここに来れた!?」
「術?」
美ショタくんの言葉に眉をひそめ、大聖女様が私に視線を向けます。
「ハヅキ。説明なさい」
えー、なんで私が知ってる前提なんですか?
いえまあ、知ってますけど。
「ええと、ですね……」
カクカク、シカジカ。
「……というわけです」
しーん。
なぜか不気味な沈黙が訪れました。美ショタくん以外の皆様が、私を驚愕のまなざしで見つめているような、そんな気がします。
え、なんですか? 私、なにかしましたか?
ちゃんと説明できてたと思うんですけど、おかしいところありました?
「つまりぃ……」
ポンパドールさんが、ほおをポリポリしながら口を開きました。
「ハヅキちゃんが、こいつの企み、全部潰しちゃってた、てこと?」
「……そのようですね」
え、私、そんなことしてたんですか?
ダンス楽しんで、お酒飲んで、お掃除しただけですよ?
「なっ! こ、こいつが!?」
大聖女様の言葉を聞いて、美ショタくんも愕然とした顔になりました。
「こんなバカに、僕の企みが潰されただと!?」
あ、バカって言った。人のことをバカって言う人が、バカなんですからね。
「お前だろう? 大聖女、お前の指図なんだろう? そう言ってくれ……せめてそうであってくれ!」
「残念ながら……」
ふーっ、と。
大聖女様が、どこか虚ろな目で美ショタくんに答えます。
「あなたのことは、全く気づいておりませんでした」
「そ……そんな……大聖女ならともかく、僕が、こんな偽物シスターに……」
いやだから、偽物じゃないですってば。
「嘘だ……嘘だ、嘘だぁー!」
美ショタくんがガックリと崩れ落ち、悲しげな声が森の中に響き渡ります。
なんかすいません。
「とりあえず……捕らえなさい」
「はっ!」
そんな美ショタくんを、聖堂騎士団の皆様が捕縛します。
魔力をほぼ使い切っていた美ショタくん、抵抗らしい抵抗もできずに捕まっちゃいました。まあ……その前にショックで心折れてたみたいですけどね。
ま、なにはともあれ。
名前も知らない魔族の企みは、ここに、完膚なきまでに潰えてしまったのでした。
……あ、なんか名乗ってた気もするなぁ。ま、美ショタくんでいいか。
◇ ◇ ◇
夜が明けると、私は大聖女様と一緒にキノコの家を出発しました。
ちなみにあのキノコの家、私が会いに来た森の賢者様のお住まいで間違いないとのこと。
美ショタくんは勝手に使っていただけでした。もう三年くらい住んでいると言っていましたので、森の賢者様はずいぶん前からお留守だったようです。
どこへ行っちゃったんでしょうね?
妙なフラグでないことを祈りましょう。
「あの……大聖女様」
まあ、それはともかくとして。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
てくてくと隣を歩く大聖女様。私の方を見向きもせずに答えます。
「私、なんで縛られてるんですか?」
私の体には紐がつけられ、その先っぽをポンパドールさんが持っています。
ていうかこれ、いわゆる迷子紐というやつですよね?
赤ちゃんじゃないですけど、私。
「勝手にどこか行かないようにです」
「森へ行くようにおっしゃったのは、マイヤー様ですけど?」
大聖女様の従者の一人である、アラフィフ・シスターのマイヤー様。私はその人に言われて、森へ来たんですけど。
「……まさか本当に行ってしまうとは思わなかった、と言っていました」
「へ?」
「ナメられないよう、最初にガツンと言ってやろうと思っただけだそうです」
あー、そゆこと。
あちらは、大聖女に仕える「従者」のナンバー・ワン。
私は、大聖女の側仕え。
小娘が大聖女の威を借りて勝手しないよう、マウント取りにきたんですね。
私が「どうか今夜はお許しください」なんて泣いて頼んだら、「仕方ないですね、では入れてあげますが、私に従うのですよ」とでも言うつもりだったんですかね。
「めんどくさい人ですねー」
「女だけの世界ですからね、そんな感じです」
「なるほど。そして大聖女様は、そこを勝ち抜いて君臨しているんですね」
「な・に・が・言・い・た・い・の・で・す?」
一音一音、区切るように言って私を睨む大聖女様。
ああっ、心の声が漏れてしまった!
「まったく、あなたという子は!」
ガシッ、と「大聖女クロー」が私の頭をつかみました。
ひぃっ、頭潰される! 許して、許してくださーい!
「言動は、もう少し慎重になさい」
「は、はい、肝に命じます!」
「まあ、なにはともあれ……無事でよかったです」
「へ?」
わしゃわしゃと、大聖女様の手が私の頭を撫でました。
予想外の行動にびっくりして見上げると、大聖女様はぷいと顔をそらしてしまいます。
心なしか、お顔が赤いような。
え、なんですか、照れてるんですか? 私も小っ恥ずかしくなってきたんですけど。
「ぷっ……くくく……」
不意に、背後から笑い声が聞こえて来ました。
振り向くと、ポンパドールさんのニヤケ顔が見えます。
「なんですか、ポンパドール」
「いやあ、なんか……親子みたいだなあ、と思いまして」
「はあっ!?」
「ええっ!」
ほぼ同時に叫んだ、大聖女様と私。
いやいや、こんな若い母親なんて、私、何歳の時に生まれた子なんですか。
あれ……いやまてよ?
「大聖女様は四十六歳、ハヅキちゃんはもうじき十八歳。ちょうどいい感じじゃないですか」
そうでした。
この方、見た目は二十代後半ですが、もうアラフォー……というか、アラフィフ手前。マイヤー様とほぼ同世代でした。
ポンパドールさんの言う通り、親子のような年齢差、ですけどね。
「こんな娘、いりません!」
大聖女様が断固とした口調で言いました。
おっと、そこまではっきりおっしゃいますか。これは負けていられません。
「私だって、もっと優しいお母さんがいいです!」
言った瞬間、「大聖女ネイル」が頭に食い込んで来ました。
ああっ、物理で反撃はずるいです!
「言動はもう少し慎重にと、たった今言ったばかりですけどねぇ!」
「も、申し訳ございませぇん!」
「あなたがやらかさなければ、私だって怒りませんからね!」
わぁん、結局握られた! タスケテー!
「まあまあ、大聖女様。親子は冗談でも、側仕えなんですから。家族同様、慈しまないと」
「そうです、そうですよ! 慈しみましょう!」
ポンパドールさん、いいこと言いますね!
「まったくあなたは……調子のいいこと」
あきれた顔でため息をつくと、大聖女様は私の頭から手を離してくれました。
あー痛かった。ホントに潰されるかと思った。
「ですが……そうですね、ポンパドールの言う通りですね」
涙目で頭をさすっていたら、大聖女様のそんなお言葉が聞こえました。
「私が決めた側仕えですからね。ええ、いいですとも。家族のように慈しむことにしましょう」
そして、と。
「慈しむだけでなく、きっちりと躾も行いましょうか。基本の躾は、家族としての責務ですからね」
「ひっ……!」
お美しい顔に、それはそれは優しい笑顔が浮かぶのが見えました。
ゾワっと悪寒が走ります。
今すぐ逃げろと、神のお告げを聞いたような、そんな気がします。
「どこへ行くのです?」
気がつけば走り出していた私ですが、ガインッ、と引っ張られ、引きずり戻されました。
大聖女様の手には、いつの間にやら迷子紐の先が。
ああっ、ポンパドールさん、なんで渡しちゃうんですか!
「そうだ。躾と同時に、あなたが立派なシスターになれるよう、この私が直々に、手加減ヌキの容赦ナシで鍛えることにしましょう。遠慮はいりませんよ、家族ですからね」
「いえ……」
遠慮します、と言いかけた私を、「大聖女アイ」が射貫きました。
ピッキーン、と私の体が固まります。
ダメです、怖すぎます、逆らったらマジ人生終わります!
「励むのですよ、シスター・ハヅキ」
「は、はいぃぃぃっ! ご期待に沿えるよう、がんばりまぁす!」
よろしい、と満足そうに微笑む大聖女様。
女神の生まれ変わりなんて言われることもある、その美しい微笑みは。
私には、死刑宣告をする死神の笑顔にしか思えませんでした。
やっぱ側仕えになるのヤダー!
誰か代わってよー!