ギブとギブ、時々テイク
どうも、七尾バターです。
記念すべき二作目は、歳の差です。
年上受けが好きな私はとてもウキウキで書き上げました。その結果クソ長文になってしまいました。なんてこった。
どうか途中で飽きないように、頑張って読んでください。他力本願。
俺には、帰る場所がある。
「……ただいま帰りました、保さん」
「あ〜おかえり、浩輔くん」
保さんというのは父親の元部下で、現在俺が同居している男性だ。9つ上の37歳で、会社に馴染めず仕事を辞めて以来なかなか新しい仕事に就けないというので俺が住み込み家政婦として雇わせて貰っている。
が、しかし。
この保さん、全然仕事をしないのである。
家政婦として雇っているのに、料理も洗濯も掃除もしない。一度理由を尋ねたことがあったが、「勝手にやったら迷惑だろ?個人のルールとかあるだろうしさぁ〜」との言い分だった。
普通なら、「家政婦なのに仕事をしないとは何事か!言い訳をするな!」と憤慨するところだろうが、俺は違った。確かに保さんの言う通り、俺は自分のものを勝手に動かされるのが嫌いなたちなのだ。掃除も自分でやりたいし、料理だって食べたいものを自分好みに作りたい。洗濯物など、他人に畳ませるなんて以ての外だ。
つまり保さんは、家政婦といっても実質ただの居候に近い。
まあ別に、家に居てもらうだけなら全然困らない。保さんがいいと言っているので、給料も支払っていない。食事は二人分作るが、食材を余らせず効率よく使うにはいちばん丁度いいので本当に困ることはない。
ただひとつだけ、困ったことがある。
「なあ〜浩輔ぇ、お風呂一緒に入らん?お湯もったいないし」
「いや、特に勿体なくないです。気にしないで大丈夫ですよ?」
「……か、体流してあげるからさぁ…あ、もしかして仕事で疲れてる?マッサージしたるよ、なぁ!」
そう。保さんは、何かにつけて俺の体に触ろうとするのだ。
「いや、大丈夫です。じゃあ」
そう言って俺はさっさと風呂場に入った。
何故なんだろうか。何故保さんは、執拗に俺の体に触りたがるのだろうか。もしかして、人肌寂しいのだろうか。
「それなら、俺が保さんの寂しさを埋めてやらないとな…」
そんな独り言を言いながら泡を流し終え、シャワーを止めると脱衣所へ出て体を拭き、服を着た。
リビングへ戻ると、保さんがテレビを見ている。
「保さん、お風呂空きましたよ」
「ん…今日はもう眠い…」
そう答える保さんの目はたしかにとろんとしていて、今にも眠りそうだ。
「またそんな子供みたいなこと言って…じゃあ明日、朝イチでお風呂入ってくださいよ。出かけるんですから」
そう言って保さんを抱き上げる。この人は相変わらず細身で軽い。
「…?出かけるのか〜…?どこ行くんだよぉ、誰といくんだよ、女かぁ?休日くらいいっしょにいてくれよぉ…」
ぐずってぎゅうと抱きしめる保さん。本当に子供みたいな人だな……
「違いますよ、保さんと出かけるんですよ」
「…おれ?なんで?聞いてないよ」
「今言いました。だめですか?」
「だ、だめとかじゃないけど…」
「じゃあ決まりですね」
そう言って笑う俺に、なんでそんな急に…とぶつぶつ不思議そうにしている保さん。それでもやはり眠気には抗えないようで、俺がベッドに彼を下ろす頃にはもう眠っていた。
保さんが寂しがっているなら、それは同居している俺にも責任がある。たしかにここのところ仕事に追われていて、保さんのことを気に掛けてあげられなかったのは事実だ。であれば、ここは俺が保さんの機嫌を取ってしかるべきだ…と思う。だから休日である明日を保さんとのお出かけに使うことにしたのだ。
「…お休みなさい、保さん」
気持ちよさそうに眠る保さんの頭を撫でて、俺も眠りについた。もともと一人暮らしなので、眠るベッドは一つしかない。
しかし保さんは痩身小柄なので、シングルベッドに二人で横になれる。ベッドを買い替える必要がないのはいいことだし、朝になると決まって保さんが俺に抱きついて眠っているのも、子供みたいで可愛いなと思う。
朝。目を覚ました俺は、ちょっとびっくりした。
「ん…あれ…保さん…?……いない…?」
寝惚け眼を擦って、ベッドの中を確かめる。いま手で確かめた通り、保さんがベッドの中にいなかった。
同居を初めてもう2年になるが、今まで保さんが俺より先に起きていたことなどただの一度もない。だから寝ている間に誘拐でもされたか、とどきっとしたが、普通に考えて37歳の男性を誘拐する物好きなどそうそう居ないしここはオートロックのマンションなので不法な侵入が難しい。保さんが本当に先に起きていると考えて間違いないだろう。
その時ふと、洗面台の方から水音がした。
「…保さん…?」
「ん…?ああ、おはよ〜浩輔くん」
そう言って保さんはこちらにいつものような屈託のない笑顔を向ける。しかし保さんはいつものスウェットではなくシックな柄シャツと黒のズボンにベルトを巻いていて、髪も上げて整えている。おかげでいつものようなだらしなさはなく、小綺麗でしゃきっとした印象を覚えた。
「どうしたんですか?珍しく早いですね…それに、その格好…」
「あー…まあ、なんつうか…浩輔くんの隣歩くんならちゃんとせんとな〜と思って…ヒゲ剃ったり、いい感じの服とか…あと風呂も入った」
なるほど。保さんは、俺と出かけるためにわざわざ早起きまでして身だしなみを整えてくれていたのか。その謙虚さに、とても嬉しい気持ちになる。
「そうなんですね…俺もすぐに準備します」
「あっ、お着替え手伝うよ?脱がしたろうか?」
「大丈夫です」
さっさとそう返すと、俺もちょっといい感じの服を探してみる。今までできた恋人たちとのデートでもこんなに気を遣ったことはないが、保さんの献身ぶりを見て心が動かされた。保さんが頑張っておしゃれしてくれたのだから、俺もそれに応えたい。
「…こんなものか…」
整髪料で髪を整え、鏡で姿を確認する。...うん、これなら大丈夫そうだな。
先程見た限りでは、保さんはおそらく別人と見間違うほど格好良かったはずだ。普段見ている姿がだらしないせいかもしれないが、身内の贔屓目を抜いても一般的な37歳無職の男性と比べたらかなり格好良い…と思う。
だから俺もかなり気合を入れないと、俺の方が負けてしまいそうな気がした。
「お待たせしました、保さん。行きましょうか」
リビングで待っていた保さんに声をかける。いつもと同じ座り方のはずなのに、格好のせいでやけに格好良く見える。
「おー、今行く…、……な、なんだよそんな気合入れて〜…思わずどきっとしちまったぜ」
ソファから立ち上がってこちらを見た保さんは、一瞬固まってから茶化すようにそう笑う。それから、さ、はやく行こうぜ、とそそくさと靴を履いた彼の後に続き、家を出て玄関の鍵を閉めた。
立ち姿をひとしきり眺めると、やっぱり格好良い。保さんってこんな格好もできたんだな、こんな服持ってたんだな、と感心する。
「…さて、どこ行きましょうか。どこでも行きたいところ言ってください」
「んー…じゃあ、あのでっかいショッピングモールとか?」
「OKです」
車の助手席に保さんを乗せるのは、同居初日に迎えに行った時以来だ。なぜか妙にそわそわして落ち着かないので適当に音楽をかけた。
「…好きなん?クイーン」
「え?ああ、まあ…」
「俺も」
無邪気にそう笑うと、楽しそうに歌い出す保さん。俺の緊張もいつの間にか吹き飛んで、二人で歌っているうちにショッピングモールに着いた。
「おお〜…さすがにでけーな…」
「初めて来たんですか?」
「おう、初めて…なんの店があるかもまったく分からん」
「だいたいなんでも売ってますよ、色々見て回りましょうか」
それから店を片っ端から周り、服や靴を買いご飯を食べた。保さんは終始楽しそうで、見ているこちらも楽しくなってくるくらいだ。
「おっゲーセンあるやんゲーセン!行こーぜ!」
「俺ゲームセンター入ったことないです」
「そーなん?楽しいぜ、俺が遊び方教えたるよ」
保さんに手を引かれ、ゲームセンターの奥に進んで行く。
たくさんのUFOキャッチャーやゲームの筐体が所狭しと並ぶそこはまるで迷路のようで、いつもなら俺が手を引く側なのにここでは保さんに手を引かれてしまった。初めてゲームセンターで遊んで、ゲームは楽しいのだと知った。保さんに教えてもらいながら大体のゲームを遊んで、結局収穫は大きいぬいぐるみ3個とお菓子のパック1袋だった。
さて帰ろうかというその時。
突如子供の鳴き声が聞こえたのだ。すぐ近くで、子供が一人で泣いている。
すかさず声をかけようとすると、俺より先に保さんが子供を抱き上げていた。
「よ〜しよし、大丈夫か?怖くないからな〜…」
そう言いながら優しく子供を撫でる保さんの手つきは、どこか慣れたものだった。
子供が落ち着いてきた頃、迷子センターへ連れて行きがてら話を聞くと、どうやら母親と一緒に来たが迷ってしまい、そのままはぐれて泣いていた…ということらしい。結局迷子センターへ連れて行って程なくして、放送を聞きつけた母親が迎えに来た。
「ほんっとうにありがとうございました…!このお礼は必ず致しますので…!」
「おじちゃんありがとう…」
「あ〜いやいや、全然大丈夫ですよ!お宅の坊や、とっても素直な良い子ですね。そのまま素直に育てていただければお礼は十分ですから」
そう言って笑いながら子供の頭を撫でている保さんを見て、俺の知らない保さんがいるんだな、と少し遠い人のように思えた。すこしぼーっとしていたが子供がこちらをじっと見ているのに気付き、どうしたのと聞くと子供が小さくうさぎと呟いたので、俺は持っていた大きなうさぎのぬいぐるみをあげた。
「…いや〜、それにしてもたくさん買いましたね」
「本当なぁ。浩輔くん、こんなたくさん服着るん?」
「え?いや、保さんの服ですよ」
「え?…え?俺の服わざわざ買ってくれたん?」
「だって、また出かける時同じ服だと保さん気にするでしょう」
「ま、まぁそれはそうだけど〜…俺、何も返せんよ…?」
「見返りは求めてないので、黙って受け取ってください。家主の言うことは聞かないと…ね」
しぶしぶといった顔でわかったと頷きながら、荷物を積み終えて助手席に乗り込む保さん。俺も運転席に乗り込む。
「…これで、もう寂しくないですか?」
エンジンをかけながら保さんに聞いてみる。
「…寂しい?誰が?」
「え?保さんですよ」
「俺、寂しいと思ったこと全然ないんだけど…」
きょとんとした顔でそう言う保さん。
「え?そうなんですか?よく触ってこようとするからてっきり人肌恋しいのかと…」
「い、いやそれは…、………」
それっきり保さんは黙り込んでしまった。とりあえず帰りましょう、と車を発進させ、家へ着くと荷物を片付けることなくすぐに保さんをリビングのソファへ座らせた。俺もすぐ隣に座る。
「保さん…本当に寂しくないんですか?」
「…寂しくはないよ、全然。浩輔くんは優しいし、普通にテレビ見てるから暇とかないし…」
そう言う保さんは、目を合わせてはくれない。やっぱり本当は寂しいんだろうか。俺がそう思う理由は、他にあった。
「…単刀直入に聞きますよ。保さん、子供いたことありますよね…というか、子供いますよね」
「!な、なんで知ってんの?俺そんなこと一言も言ってない…」
「今日の子供への接し方見てて思いました。…やっぱり、いるんですね。でも何か理由があって離れてて、やっぱり寂しいんですよね?」
「っ……、…違う。寂しいのは、本当に違うんだよ…」
「……ゆっくりでいいので、本当のこと話してくれませんか」
じっと保さんの目を見て言う。相変わらず目は合わないが、保さんはぽつぽつと自分のことを話してくれた。
「前の会社…辞めたの、合わなかったからじゃなくて社長の娘と離婚したからなんだよ。
もともと大学時代からの知り合いで恋愛結婚だったけど、挨拶行った時に出された結婚の条件が、俺が婿になるってことと会社で働くってことで…
俺は職場も嫁もできてラッキーだって思ってたんだ、でも子供が産まれて少ししたら嫁は家を空けるようになってきて…
俺が子育てしてたんだけど、嫁は仕事仕事って言ってるけど嫁の部署はそんなに忙しくない所だしずっと不思議に思ってたんだよ。
そしたらさ、なんとある日突然…家に男が押し入ってきて、俺と子供をコロスーーって喚き始めるんだよ。何事かと思うだろ?…まあ結局、その男と嫁が浮気してたってわけよ。
社長たち…向こうのご両親は平謝りしてくれたんだけど当の嫁は全く反省してなかったから離婚は免れなかった。
でも、後継ぎが欲しいから子供は置いてってくれってご両親に土下座されて、金持たされて子供放って会社辞めて離婚したんだ」
初めて聞いた話だった。そんなこと一度も聞いたことがなかった。というより、俺は保さんのことをまったく知らなかったんだと今改めて気付かされる。
「そう、だったんですね…大変でしたね」
そう言って保さんを抱きしめる。慰めにもならないかもしれないが、少しでも心を楽にしてほしかった。
「…でも本当、微塵も寂しくないんだよ…どれだけ甘えても浩輔くんは面倒見てくれるし、子供のことだって前のことすぎて今更悲しめない」
そう言いながら保さんは俺のベルトをほどいている。
……なぜ、今?
「あの、どうして俺の服を脱がしているんですか?」
「据え膳かなって…」
「……心配して損しました。寂しいとかじゃなくてただのセクハラだったんですね…」
感動的な雰囲気のときに気分をぶち壊されて、熱い気持ちもすっと冷めた。
「え〜なんで触ろうとするかは聞かないんだ…?」
「聞いて欲しいなら聞きますよ」
「じゃあ聞いてよぉ〜」
「その前に買ってきたもの片付けちゃいましょう」
「ひどいな…」
保さんが何か言っているが、セクハラおやじの戯言に耳を傾ける気はない。
...否、なかった。
「浩輔くん、俺もうすぐここ出てくから服片付けなくていいよ」
「そうですか…、……え?」
「出てくよ。もうこれ以上浩輔くんの側にはおれんから」
急な発言に思考が追いつかない。出て行く?保さんがここを?
「…ここを出て、どこへ行くんですか」
「どこって…適当にどっか探して…」
「適当にどっかって、そんな暮らしよりここの方が快適じゃないですか。なんで出て行く必要が…」
そこではっとした。保さんは、泣きそうに笑っていた。
「浩輔くんが好きだから」
保さんが出て行ってから、何日経っただろう。
結局あの後、唖然としている俺の横を通り抜けて、保さんは家を出て行ってしまった。閉まる玄関の音で我に返った俺は、すぐに追いかけようとするももう保さんの姿はどこにもなかった。
「……俺が好きだから」
あのとき保さんは、たしかにそう言った。
俺が好き?いつから?どこで?なぜ?そんな疑問が頭をよぎる。
俺はあれからというもの、保さんのことで頭がいっぱいになり仕事でもミスを連発、疲れているなら休みなさいと上司に勧められるまま有給を取って休んでいる。
好きだから、離れる。それは多分、俺がその気でないのに優しくされるのが辛い、傍に居づらい、という気持ちの表れなんだろう。
…好きという気持ちは、一体なんなんだろう。俺がこんなに保さんに執着しているのは、好きとは違うんだろうか。俺の中で保さんは、どういう存在なんだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていると、インターホンが鳴った。
「…はい」
『おっすー。俺俺、大親友サマだよん』
インターホンを取ると、高校時代からの友人である山木が映った。
「……ああ、山木か。入って」
そう言ってドアロックを解除する。
能天気な返事とともに映像が切れた。
程なくして、山木を部屋へ迎え入れた。
「あれっ、入っていーの?普段は同居人がいるからって言うのに」
「ああ…出て行ったから。で?何か用か?」
「用っていうか借りてたヘッドホン返しにきただけだけど、てかそれより何?同居人出て行ったってなんで?」
山木からヘッドホンを手渡される。…山木は信頼できる友人だ。このことを相談しても良いかもしれない。
「…なあ、山木……」
「………んーそれは…そうかぁ…それで同居人出て行ったのかぁ…」
「俺にはどうしたらいいか分からなかったんだよ、いきなり好きだなんて言われても…」
「…俺はバカだから難しいことわかんないけど、手放したことを浩輔が後悔してるなら連れ戻すべきだと思うかな」
「後悔…?」
「うん。もっと隣にいたいとか、触れていたいとか、そういう明確なものがその同居人さんにはあったわけだけど、それって浩輔には迷惑だった?嫌な気持ちだった?好きって言われて、シンプルにどう思ったんだよ」
「…いや…どう思うっていうか、ただ納得したし迷惑ではなかった。困ってはいたけど、追い出す気にはならないっていうか…」
「じゃあそれが答えだろ。浩輔も向こうを同じ意味で好きかどうかは分かんなくても、一緒にいたいって思うならそうなんだろ」
「……そう、なのか…そういうもの…なのかな…」
山木の言葉に妙にしっくりくるものを感じた。やっぱり、山木は信頼できる友人だ。
「…ありがとう山木。やっぱり俺は保さんを手放したくない」
「おうおう、いーじゃんいーじゃん!頑張れよ!じゃ、俺帰るから」
そう言って山木は帰っていった。
それから俺は、保さんを迎えに行くことにした。と言っても保さんがどこにいるのかは全く分からなかったし、検討すらつかなかった。
…ので、車で街をひたすら走り回ってしらみつぶしに探し回った。それはもう探し回った。結局、3時間探し回っても見つからなかった。
「どこにいるんだよ…っ」
もう諦めようか、いいや諦められない、と車を出そうとすると、窓ガラスをコンコンと叩かれた。
「…?……!父さん…!」
そこには保さんの元上司…もとい、俺の父親がいた。
「よっ。どうしたんだ?さっきからずっと車でぐるぐるしてるけど」
「ああ…保さんを探してるんだよ。うち出て行っちまって…」
ため息をつきながらそう答える。すると、父親の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「保くんならうちにいるけど…」
「ああそう…、……え??」
「いや、なんかお前が出張で家開けてるから飲みましょうよ〜って言いながらうち来たぞ?」
「……」
なんてことだ。灯台下暗しとはこのことか…まさか父親のところに居たとは思わなかった。
たしかに、もう出て行ってから数日経っているのにどこにも泊まっていないはずがない。ましてや金も持ってない保さんだから、ホテルとかにも泊まれないし…
「…とりあえず、今から父さん家に保さん迎えに行くから」
「そう?なんかよく分からんが、俺はこれから会議だから夜まで居ないよ」
「それは好都合だな。じゃ」
そう言って返事を待つでもなくさっさと父親の家に向かった。
……ピンポーン。
「……はいはい、っと……って、え!?こ、浩輔くん!?」
「迎えに来ましたよ保さん…!」
玄関のチャイムを鳴らすと、保さんがいつものだらしのない格好で出てくる。
俺が迎えに来るとは思っていなかったのか、大層驚いた様子で出迎えてくれた。
「な、なんでここが…!」
「父さんが教えてくれたんです、というかどれだけ探したと思ってるんですか…!っほら、帰りますよ…!」
半ば無理やり手を引いて車に乗せようとする。しかし保さんは、俺の手を振り払った。
「い、いやや…!帰らん、っていうか帰れん!浩輔くんも分かってるでしょ、俺は浩輔くんが…」
必死に首を横に振る保さんに、俺はついカッとなった。思っていたことが、口から溢れ出す。
「っ好きならなんで逃げるんですか!俺のことが好きなら、俺と一緒にいたらいいじゃないですか!俺に触りたいなら触ればいいし、俺に好きになってほしいならそう言えばいいじゃないですか!」
突然俺が声を張り上げたことで、保さんは驚いて固まってしまった。それでも俺は止まらない。
「保さんが居なくなってからの俺は酷くて、仕事も進まないし家もつまらなくなって、何も手につかないし食事も喉を通らないんです!全部あなたのせいです!」
保さんが困った表情でこちらを見ている。何と言ったらいいのか考えている顔だ。
「こ、浩輔くん、俺は…」
「あなたと同じ“好き”かは分からないけど、俺の生活にはあなたが必要なんです!保さんが居ないと、毎日がつまらないんです…っ!」
「!……浩輔、くん……」
「お願いだから、戻ってきてください……っ俺、あなたのためならどんなことでもしますから……」
俺は頭が回っていなくて、自分ですらもう何を言っているか分からなかった。でも、それくらい必死だった。どうにかして保さんを家に連れ帰りたかった。
そんな俺を見て、保さんが笑った。
「んへへ……こんな必死な浩輔くん、初めて見たなぁ……浩輔くんは、いつもクールでかっこいいもんな」
俺は何と言ったらいいのか分からず、俯いている。保さんの顔を見ることができない。
「…浩輔くん、俺ねぇ……浩輔くんが好きなんだよ。浩輔くんと毎日一緒にいたいし、デートもしたいし、浩輔くんに抱かれたい。」
「抱っ…」
「でもね。浩輔くんはまだ若くて、仕事もできて、女の子と恋愛出来る。結婚もできるし、出世して子供だって作れる。普通の幸せを手に入れられるんだよ、普通にしてれば」
保さんは、一体どんな顔で、どんな気持ちで言っているのだろう。
「……浩輔くんの人生にとって、俺は必要じゃないよ。むしろ、邪魔で……」
「……保さん、」
「俺は、浩輔くんのそばにいない方が…」
「保さん!」
俺は、保さんを抱きしめる。
「……本当にそう思ってるなら、そんな顔して泣かないでくださいよ……」
「っ……だ、って……、俺……やだよ、浩輔くんの幸せの邪魔すんの……でも好きなんだよぉ、だから幸せになって欲しくてぇ……っ」
小さな子供のようにしゃくりあげて泣くこの人は、なんて優しい人なんだろう。
俺の幸せを一番に願っているのに、自分がいたらそれは叶わない。だから離れないといけない。……そんなことをこの人は考えていたのだ。
「…良い方法がありますよ、保さん。俺を幸せにする方法が」
「…?良い方法…?」
じっと保さんの目を見て、優しく言葉をかける。
「保さんが、俺と一生一緒にいてくれることです。」
「っ…でも、それは…」
「俺の幸せは、保さんが俺のそばで笑っていてくれる事です。保さんが居ないと日常生活もままならないのに、どうやって他の人と恋愛しろっていうんですか」
俺の言葉を聞いた保さんは、まだ少し迷っているものの嬉しそうだ。
「……ね、保さん。普段は保さんが俺にわがまま言うんですから、たまには俺のわがまま聞いてくださいよ。俺が保さんのこと好きになるまで…いや、なった後も…ずっと、俺の側にいて下さい」
そう言って、もう一度小さな肩を抱きしめる。俺の腕の中で、保さんが恥ずかしそうにゆっくり頷くのを感じた。
家に帰った後、保さんがふとこんなことを言い出した。
「…なあ、浩輔くん。俺に家事教えてくんない?」
「?家のことは俺がしますけど…」
「ああっ、そうじゃなくてさ…もう家政婦じゃなくて、浩輔くんの奥さんだから?………な、な〜んちって!たはは!」
……心臓がきゅっと締まるのを感じる。
俺がこの人を好きになる日は、案外もう近いのかもしれない、と思った。
最後までこんな長い話を読んでくださってありがとうございます。連載ではないけど短編でもないような……。
多分浩輔は、保を好きだなと分かったらその日の夜に即襲うタイプだと思います。頑張れ、保。
保は保で、本人の知らないところで浩輔の好感度をどんどん上げているんだろうなーという感じがします。天然コワイ……
今後また機会があったら、この二人の続きでも書きたいですね。
では、またお逢いしましょう。