僕の物語
僕は所謂オタクというものだった。だからこの現状を理解するのには目の前の男の言葉で十分だった。そう、僕は異世界召喚されたのだ。しかも、女の子として。これは、願ったり叶ったりじゃないか。しかし、先程の聖女という発言が引っかかる。そんなことを考えていると、目の前の男が再度口を開く。
「いきなり連れてこられて困惑するのも仕方がないと思うが、今は其方にいち早くやって貰わねばならねことがあるのだ。付いてきてもらえるか?」
断る理由もない今、現状の確認も兼ねてとりあえず着いて行くしかなさそうだ。そう決めると、自然と口が動き出していた。
「分かりました。ただ、まず貴方の名前を伺ってもよろしいでしょうか?歩きながらでよろしいですので」
そう言って、立ち上がり歩きだすと、少し驚いた様子で
「逞しい聖女だ」
と、男が呟くのが聞こえた。歩いていく中で聞いた話によると、男はこの国の国王らしい。名前は、ダイトと名乗っていた。この世界には、選挙と同じようなシステムが存在するらしく、国王は平民でありながら今の地位に着いたらしい。それをよく思わない者達の反乱を鎮める為に平民としての名前を捨てたようだ。
「では、今の名前は婚約者様の家名なんですね」
「そうだ、彼女には本当に感謝している。自慢の妻だとも」
そんな話をする内に国王が足を止めた。目的の場所に着いたようだ。太陽の眩い光がいきなり目に飛び込んでくる。少しして目が光に慣れ、ゆっくりと周囲が見えてきた。そこは、広間のようになっており、自分から10メートル程離れた位置にいかにも冒険者といった風貌の男女が立っていた。国王はこちらに向き直り、自分に告げた。
「其方には、今からこの冒険者達の一つのパーティーと一緒に冒険をしてもらいたい。もちろん、タダでとは言わない。良いか?」
つまり、僕は今から仲間を決めて冒険に出なければならないということか。理解して、次に紡ぐべき言葉を口から出す。
「分かりました。では、皆さん、私は望月 与癒、召喚された聖女?らしいです。良ければ皆さんにも自己紹介、もとい自己P…自分の良いとこ紹介なんかをしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「じゃあ、俺からやらせてもらうぜ。俺は、ロイ。前衛の剣士だ。うちは、前衛ばっかだから、ヒーラーがいてくれるとすげー助かる。以上だ!」
「次は私ね。私は魔術師のミラ。ヒーラーはいるけど、一人だと負担が大きいみたい。うちに入ってくれないかしら?」
「自分は、ペドルといいます。自分のパーティーは、ヒーラーこそいませんが前衛、中衛、後衛と隙がないのできっと貴方を護れると思います」
「以上で全てのパーティーの紹介が終わったかな?では、聖女よ、この中から…」
国王の言葉は、もう僕の耳には届いていなかった。ただ一人腕を組み椅子に座る冒険者の方に自然と歩き出していたからだ。
「あの、貴方は喋らないんですか?」
そう、彼に話しかけた。瞬間、周りがざわつき始める。彼自身も目を白黒させている。やばい、僕、何かやらかしたか!?なんだ、何がまずかったんだ!?そう、焦る僕を見て彼が笑い声を上げる。
「ハハハ、これはいい!喋らないんですか?か、いいぜ、喋ってやる。俺は、ユーリ。仲間はいない。一人だ。そこの奴らよりは、お前のことを守ってやれると思うが?」
そう名乗った男、ユーリは真っ黒な鎧と悪魔を模した兜で身を包んでおり、喋り方も最初は興奮していたものの、落ち着いた喋り方をする。どこか熟練の冒険者のような雰囲気を漂わせていた。しかし、その言葉にはどこか危うい、今にも折れてしまいそうな痛々しさがあった。決めた。誰と行くか。これはきっと決まっていた。僕がここに来た瞬間に。
「私は、この人と行きます。なんとなく、この人が気になるんです。だから、私はこの人と共に行きます」
そう言い切ると、ユーリの手を掴んでその場を飛び出して、そのまま通りに出た。通りに出るとユーリが手を振り解き自分の前を歩き始める。ふと、街の鏡を見て思ってしまった、この体、以前の僕に異様に似ている。顔つきなんかは違いがわからない程だ。
「さっきからそんなに鏡を見て、楽しいのか?」
「楽しい、というより、気になる、という方が正しいですね。この体があんまりにも、元の世界の体に似ていたので、つい」
「その体は、元の体に近しい体が使われるんだと。以前召喚されたやつが言ってたぞ」
「体が使われる?それはつまり、この体は、元々別の人の物ということですか?じゃあ、その人は今、どうなっているのですか!?」
「落ち着けよ。死んでるわけじゃねぇんだ。ただ眠っているだけだ」
「そうですか」
それを知った瞬間、この体が酷く重く感じられたのは、きっと間違いじゃないのだろう。
「何をしている?はぐれるぞ」
その声で我に返り前を向く。ユーリはこちらを振り向いて、待っている。そうだ。これは僕の新しい人生。この体の持ち主の為にも精一杯楽しんで、向こうの僕に笑ってやるんだ。今の自分は楽しんでいるぞ、と。これが、僕の物語の始まりなのだ。