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雪の願い

作者: 湖瑠木 梛

しんしんと白い綿が降りしきる。

ここは一年中雪が降る街、エルタウン。この街にはこんな言い伝えがある。

毎年、街の奥にある祠に「感謝」の意味を込めたスノードロップの花を捧げるとその中の一人に神様から白い薔薇の花が届けられるというもの。 

神様から届いた白い薔薇には「愛している」という意味が込められており、その人の願いが叶うと言われている。

実際、白い薔薇が届けられたことで難病が完治したり、億万長者になったりとそれぞれで願いが叶っている。

そんな神様に見守られている一面銀世界のこの街の中を一人の少女が息を切らしながら駆けている。

「はぁっ、はぁっ」

白く長い髪を揺らしながら走る少女は白い小さな花を大切そうに抱えている。

何度か躓きながらも自宅に着いた少女は勢いよく扉を開くとそのままの元気で声を出す。

「ママ!ただいま!」

少女の母親はベッドからゆっくり体を起こすと「おかえり。」と弱く優しい声で言う。声を聞いても分かるように顔はやつれ、腕は細くなっており、今にも命の灯が消えそうだ。

「ママ、見て見て。スノードロップのお花だよ。これで神様にお願いして、ママの病気を治してもらえるね」

勢いよく突き出された花と少女のキラキラと輝く笑顔を交互に見た母は優しく微笑む。

「そう。ありがとうね」

静かな声で言いながら少女の頭にそっと白く細い手を乗せる。頭を撫でられ少女はまた嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「じゃあ、神様の祠に行ってくるね」

少女はまた勢いよく家を飛び出す。

しばらく雪の中を駆けていくと目の前に不思議な光景が広がる。

真っ白な世界の中に木々が生い茂っており、白いキャンバスの中の一部分を緑で塗りつぶしたような光景は違和感を与えていた。

その中に入ると小さな祠が見えてくる。所々苔むした小さな岩がひっそりと佇んでいる。白銀の世界に大きな違和感を与えているはずだが、その不思議な存在感がそこにあるはずの違和感を打ち消していた。

祠の前にやってきた少女はゆっくり腰を下ろすとそっとスノードロップの花を捧げ、そっと手を合わせる。

「神様、お願いします。どうかママを助けてください」

少女は静かに願う。

その近くにはたくさんのスノードロップがある。この中から神様に選ばれるのはたった一人。それでも皆、何かを願っているのだった。

それからしばらく経ったある日。少女が家を出るとそこには一輪の白い薔薇があった。

それを見るや否や少女は母親の元へ駆けていく。

「ママ!見て!見て!白い薔薇だよ!」

興奮気味に話す少女を見て母親はゆっくりと体を起こす。その表情はどこかホッとした様子だった。

「これでママの病気も治るね!」

未だ興奮冷めぬ様子で話す少女を見て、母親は優しく微笑んだ。

「ありがとうね」

静かに感謝を伝えると、細くなった腕を伸ばしそっと、しかし力強く少女を抱きしめた。何か言葉を発する訳でもなく、ただただ抱きしめるだけだった。

弱っていたはずの母に力強く抱きしめられた少女は子供ながらにも母親が少し回復しているのが伝わったのか、ポロッと涙をこぼす。そして、精一杯の力で少女もまた母を力強く抱きしめた。


「ママーただいまー」

翌日、少女が帰宅して母親の元へ駆けていく。

そこで少女は母親の異変に気付く。

「ママ?どうしたの?」

胸の部分を抑え苦しむ母親の姿を見て少女は必死に声をかける。

「ママ?大丈夫?苦しいの?」

体を寄せて心配する少女に母はゆっくりと震える手を伸ばす。そしてその手で少女を抱きしめる。しかしその腕に昨日あった力はなかった。抱きしめられた少女は何かを察したのか青く輝く瞳から大粒の涙が一つ、また一つと頬を伝っていく。

「だめ!ママ、嫌だよ!」

悲痛な声が部屋の中に虚しく響く。

その声に答えるようにようにして母親は声を震わせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

「キ、マリ。お母さんは、大、丈、夫だから。」

「全然大丈夫じゃない!」

母親の言葉をキマリはすぐに否定する。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

実際、母親の顔色は少し青ざめており、命の灯が消える直前のように見える。

「聞いて、キマリ。お母さんは、ね、キマリの、笑った、顔が、大好きなの。だから、キマリ、には今、も、これからも、笑っていて、ほしいな」

言葉を詰まらせながらも母親はキマリにそう言って抱きしめていた腕を離し、今度はキマリの頭にそっと乗せる。そして「分かった?」優しく、母親の愛情たっぷりに言う。

「分がった」

零れ落ちる涙を必死にこらえてキマリはニッと笑った。その笑顔は決して綺麗な笑顔ではなく、どこかぎこちない笑顔だった。それでもキマリの笑顔を見て母親も嬉しそうに笑う。

「大好きよ、キマリ」

今までで一番の優しさを込めてそう言った。

そして言い終わると同時にキマリの頭から手がゆっくりと落ちていく。

「泣かない、キマリはもう泣かないよ」

一人になった部屋でキマリは涙を堪えながら呟く。まるで今までそこに居た母親と約束をするように。

 

 

祠の前で一人の白髪の少女がまるで枯れた花を見るように祠を見下して立っている。    

そしてその祠の近くに捧げられた、たくさんのスノードロップを見て嘲るように笑う。

「ばかみたい。神様何てどこにもいないのに」

吐き捨てるように言って、その場から少女は立ち去っていく。

そんな少女とすれ違うようにして人々は今日もまた祠にたくさんのスノードロップを捧げに行く。


スノードロップ=落雪

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