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隠れ里  第一部  作者: 葦原観月
19/28

暗中模索

       (十六)


 かのような事態におよび、某は島の不思議を書き記す意向で、まずは遭遇いたした「神隠し」について、実際に某が見聞きした事柄をここに述べ――


 平佐田は、字が上手い。


〝仲良し〟だった源爺が昔、城下で子供たちに手習いを教えていたと聞き、「おいにも教えてくれ」と、申し出たのが始まりだった。

 別に、深い意味はない。ただ、同い年の友人が少なかった搖坊が、いい加減、爺の昔話を聞き飽き、何かすることはないかと、思い立っただけだ。


 搖坊の仲良しの「源爺」は、野良仕事をする以外は、ほとんどをぶらぶらと寝て過ごす暮らしを送っていて、とにかく暇を持て余していた。よって搖坊は、源爺の物心つくころから、若い日の思い出、甘くほろ苦い恋の話や、いかに若いころは有能な男であったか、などなど、様々な話を聞かされた。

 が、悲しいかな、搖坊は成長した今、ほとんど「源爺の武勇伝」を覚えていない。ただ、手習いには才があったようで、源爺が八十八で亡くなってからも一人、暇があれば字を書いていた。だが、残念なことに……

 文字を書くには才はあったが、文章を考えるのは、さっぱりだ。


「つまりは手に、おつむがついていかん、いうこっちゃな」


 悔しいが、沢坊の意見は当を得ていると思う。

 今も、己の文才のなさに頭を抱え、べたり、と机に突っ伏した。墨の臭いが頭の中を黒く塗り潰す。

「何しとる? 兄ちゃん。寝るなら、布団で寝ろ。そげんとこいで寝たら、風邪ひくぞ」

 背後から智次が声を掛ける。「うんうん」と、ついでのように時頼が相槌を打つ。

「おいおい。そうそう寝てばかりはおらんよ。おいも、これで結構、忙しいんじゃ」

 言いながら振り返れば、狭い部屋中に網が広がっている。


(どこに布団を敷くんじゃ。おいは魚かっ)と、突っ込みたくなる。


 二人の子供は本日、この白のおかげで、外には出られない。視界が悪いために、畑もできないし、漁師たちも海には出られない。

 しんと静まり返った辺りは、人の気配も感じられず、島中の人たちが、冬眠でもしているのではなかろうか、と思われるほどに静かだ。

 それでもただ、ぼんやりと遊んでいられるほど島人の生活は優雅ではない。家の中でできる仕事――子供たちは母ちゃんから、次から次に仕事を仰せつかっている。母ちゃんとおばばさんはお勝手で、保存食の製作に忙しい。


「こらっ! おまんら、なにを怠けとる! 仕事じゃ! さっさと来んか」


 白の中から現れた黒い足を、再び白の中に引きずった声は母ちゃんで、二人はそのまま「おかみ隠し」に遭った。

 平佐田としては、ちょっとがっかりだった。せっかく「神隠し」の話が聞けると思ったからだ。

 それでも、仕事ならば、邪魔はできない。所在なく一人で部屋に戻り、あれこれと考えを巡らせていると、二人は、ずるずると何かを引きずって、部屋に入ってきた。

 磯の臭いが、硫黄の臭いを掻き消した。


「兄ちゃん。わしら、ここで仕事してもよか?」

 どさりと重そうな網を部屋の真ん中に置き、既に、どかりと座り込んで、網目を手繰っている、時頼を見れば、嫌も応もない。

「いいよ」智次に期待通りの返事をしてやれば、黙々と網の繕いを始めた。

 漁師の網は、命の綱だ。二人は、それを良く知っている。真剣な顔で、網の破れ目を補修していく。

「これが済んだら、道具の修繕じゃ。桶も壊れてしもうたし、柄杓の底が緩んどる。その次は、藁漉きをせにゃあならん。蓑と草鞋も、編まないかんし……」忙しそうだ。

「手伝おうか」平佐田は言いかけて、やめた。大切な漁師の網を、余所もんが余計なことをしていいものかどうか、迷ったからだ。

 至って手先の不器用な平佐田が、もたもたと二人を手伝ったところで、仕事が捗るかは怪しいものだ。とりあえずは、これが終わって、次の桶の修繕から手伝うことにしようと、平佐田は引き下がった。

 手慣れた日用品の修繕くらいは、平佐田でもできる。搖坊だって、小さい頃から、家の仕事を手伝っているのだ。

 それでも暇そうに二人の作業を眺めているには気が引けて、平佐田もまた、仕事をしようと思い立った。それが〝報告書の作成〟だ。

 特に書くことはない。だが、道場が始まる前、何もせず、のんびりと過ごしていたと思われるのは、不本意だ。



 平佐田だってそれなりに、島の情報を集めようと、努力はしている。ただ、それが上手く集まらないだけの話だ。

 薬草の観察と銘打って、あちこちを歩き回って得た情報は、ある。ただ、それが「島に関する」ものではなく、「島人に関する」ものばかりなだけだ。

 島人は結構な噂好きだ。おかげで平佐田は、会ってもいない島人の事情まで良く知っている。

 飲みたくもない酒を飲まされる「歓迎会」でも、平佐田は積極的に、島の話を聞き出した……気がする。

 ただ、本来は飲めない酒のおかげで、翌日には綺麗さっぱり忘れてしまっているだけだ。


(いいんだ。物事は、始めから上手くいくとは限らない。まずは、そう……起こったことから。よ~し)


 拙い文章力を駆使し、とりあえず島に着いた後の事柄を、綴ってみた。

 綴っている本人は、段々と気分が乗ってきて、(おう。おいも、なかなか)などと、大きな勘違いをしている。

 おそらくは、薩摩の大殿に届くまでもなく、本土に到着した時点で、破り捨てられる程度の内容だ。まるで、平佐田の下らない日記のようなもの。


 それでも、つらつらと綴っているうち、今のところ平佐田にとって、一番の大きな出来事――「神隠し」の段となった。

 さて、そうなってみると、急に筆が止まった。何せ、未だに何の情報も得ていないし、進展も経過もわかってはいない。果たしてこの先、どうなってしまうのかも。

 ただ、妙に気にかかる白い靄と、島全体の雰囲気というか、なんというか……そこだけは綴ってみようと奮闘するのだが、何度となく書いても、さっぱり上手く書けない。つまりは、やはり……文才が皆無というわけだ。


 日常に起こった事柄を綴るだけなら、誰でもできる。平佐田が、すらすらと気分よく書いていたのはそんな部分で、おそらくは誰も、そんなものは見たくない。

 ようやくそこに気が付いた平佐田は、「やめた」と、筆を放り投げ、くるり、と後ろを振り返った。

 振り向いた先に、子供たちの姿はなかった。

「ん?」

腰も上げずに、四つん這いになって、平佐田は廊下へと進む。「無心」でなくとも、腰痛はやってくる。机に向かって頭を使っているうちに、平佐田の腰は、「無心状態」となっていたようだ。


(むむむむ。恐るべし、無心……)


 くだらないことを思いながら、知らぬ間に、随分と時が経ったのだと、気がついた。

 お天道様が不在で、しかも、外に出られぬ状況では、今が何時なのか、一向にわからない。廊下に出て、見る景色は、相変わらずに白い。ただ、少しばかり暗くなった感じはある、そろそろ日暮れ時か。


「う~ん」伸びをして、ぐきっ、腰が悲鳴を上げ、そろそろと平佐田は部屋に戻って、押入れに頭を突っ込んだ。もそもそと荷を漁る。

(無心になっておらんのに、これのお世話になるとは、情けない。温泉にでも入ればきっと、軟膏になど頼らずとも、ぐっと楽になるだろうになぁ)

 神様の意地悪に口を尖らせ、何とか腰に軟膏を貼り、べたり、と畳に伏したのは、こうすると腰が伸びて気持ちがいいからだ。


(うぅぅぅ……)


伸びた腰にじんわりと軟膏が染み入る感じがする。まるで老爺のようだと思いながらも、これだけは腰痛になった者にしかわからない。温泉に入ると、老若男女問わず、「はぁー」と息を漏らすのと同じだ。

「なんじゃ。兄ちゃん、また、腹ぁ減らしとんのか」

 平佐田が開け放したままの障子の陰から、智次の声が覗く。平佐田が伏したまま、ひらひらと手を振って見せると、「起きられんほどか。そら、大変じゃ」と、ぱたぱたと走り寄ってきた。

「飯じゃ。母ちゃんが、呼んで来い、言うたんじゃが。立てるか? なんなら母ちゃん、呼んでこようか?」

智次の言葉に平佐田は、ぱっ、と飛び起きた。が、そこで「うぅぅぅ」と、再び顔を顰める。

 ほんのちょっとふざけただけで、あのでっかい石畳のような背に負ぶわれるのはごめんと、「腹じゃないよ、こっちこっち」

 痛む腰を指差せば、「あぁ、なんじゃ」と智次は笑う。

「腰いたか。うん、ゆうとあうこっだ。父ちゃんも爺ちゃんも、しょっちゅうじゃ、温泉に入ればすぐようなる。今は行けんが、島神様のお怒りが鎮まれば……」

 お怒り? 今、島神様は怒ってるの? 智次の次の言葉を待てば、

「いや、その……硫黄が収まれば、外に出られる」

 智次は、もぞもぞと口ごもって誤魔化した。


 島神様が怒っていて、神隠しが起こった? それとも神隠しがあって、島神様が怒っている? なんだか、どっちも変だ。

「ねぇ、智次坊、島神様は」どうして怒ってるの……平佐田の言葉に「ぐうっ」が重なり、智次は、けたけたと笑う。

「やっぱり腹ぁ減っておるんじゃ。さ、行こう。わしが手を貸しちゃる」

 結局、話は打ち切りのまま、平佐田は情けなく、智次に手を引かれ、食膳につく羽目となった。


      (十七)


「せんせ、わし、せんせの大事な軟膏を……」


 飯を盛りながら、お内儀は「申し訳ない」を繰り返す。平佐田はへっぴり腰で座しながら、腰に響かない程度に、手を振った。


「いやいや。調合は、わかっておいもす。島にある薬草で十分、間に合いますから、外に出られさえすれば。お内儀、この硫黄は、いつになったら晴れうんでしょう。まだまだ、長引くんですかね」

 平佐田の質問に、おかみは少し顔を曇らせる。さぁ……

「なにせ、神様のすうこっちゃで、わしにな、とんとわからん」と、お内儀は、お勝手に立ってしまった。代わりに子供たちが手に丼を持って、どかり、と腰を下ろす。


 この家では特に、食事の順はない。平佐田の郷では、半農のくせに変な武家の風習が残っていて、男(一家の主や、成人した息子)が一番に飯を食い、女子供は男と共に食事はとらない。

 だがここでは、手が空けば、おかみやおばばさんも、男たちの膳の隅っこで飯を掻き込むし、子供に至っては、客人扱いの平佐田と共に、食うこともある。羨ましそうに平佐田の膳を覗き込む二人に、おかみの目を盗んでこっそりと、おかずを分けてやるのは、しばしばだ。


(あれ? そういえば……)


 男衆の姿がない。特に食事の順は決まっていなくとも、やはり、男衆は大体が早く飯を食う。というよりも、飯の前にさっさと酒盛りをしているのだ。よほど忙しくない限り、平佐田が呼ばれる前には既に、からからと陽気に笑いながら、どんぶりを手に座り込んでいる。


「あの……智頼さんとお爺さんは? まだ仕事、終わらないの?」


 本日は二人とも、一度も見かけていない。漁には出られそうもないから、二人もまた、家の中で雑用をしているか、あるいは多少の無理を押して、海や畑の様子を見に行っているか、どちらかだろう。

 平佐田の家でも、大風の日には、多少の危険など顧みず、父は良く畑や外の様子を見に行った。やはりそれは、男の仕事なのだ。百姓であろうが、漁師であろうが、武士であろうが……家族の安全を守るのは男だ。


 平佐田の質問に、二人の子供は、はたと動きを止め、飯を掻き込んでいる丼の端から、目だけを覗かせた。実によく気の合った動きに、平佐田が笑いを堪えていると、

「はい。寄合に出て行ったまま。この白じゃ、さすがの男衆も、神様の前には、大人しうしとるんじゃろう。ゆうとあうこっです。なに、何も心配は要らん。さて、お代わりはどうじゃ?」

 部屋に入ってきたおばばさんが、子供たちの代わりに答えた。


「はぁ。お願いします」

 上体を伸ばせば腰が痛む平佐田は、子供たちと同じように、椀の端から上目使いになった。

「男衆は今頃、いい口実ができたと、酒盛りでもしちょりましょう。気にすうこっでんんです」

『婆ちゃん、わしもお代わり』

 二人同時に丼を出した様に、くくく……平佐田は笑って、ひや、ときた腰に思わず手を置いた。


(十八)


 結局――。

平佐田は〝ひや〟と来た腰のおかげで、二人の子供の手を借りて、情けなくも部屋に戻る羽目となった。

「大丈夫か、兄ちゃん」智次の言葉に、平佐田はただ、首を縦に振るしかなかった。

(何から何まで……ほんに情けなか)

 

帰る場所もないくせに、平佐田は「帰りたい」と思う。

密命のとっかかりすら、掴めない上に、顔見知りの子供の神隠し騒ぎ、余所者ゆえ、蚊帳の外に置かれる立場には、孤独感は否めない。

すっかりと、馴染んだつもりの家人にすら、口を閉ざされては、より所を失ったように感じられる。薄暗い部屋で、ぽつねんと横たわれば尚更だ。


(せめて、心を癒してくれる女子でもおればいいのに)と、思ってみても、思い浮かぶ女子はいずれ、皺の寄った老婆ばかりだ。

 確かに、心は癒してくれそうだが、何か、違う気がする。年寄りはいずれ、平佐田を残して死んでいく。もう少し、平佐田に近い年頃の女子……。

 ふと、四角く大きいお内儀の顔が浮かんで、平佐田は、ぶるっ、と身震いする。宿主には失礼ではあるが、お内儀では、平佐田の心は癒やされそうにない。


 所在なく薄暗い天井を眺め、「いやっ」と、いきなり頬を叩かれた記憶が不意に蘇った。

(滋子さんって言ったよな。綺麗な人だったなぁ……)


 白地に赤い椿の小袖は、色白の肌に良く似合っていた。柔らかな物言いの割に、口調はきつく、「気の強い女子です」と役人が言っていた。そういえば……

(あの人の言葉は……ここらの言葉と、ちごうとった)

 余所者だとは聞いてない。島の人は余所者に敏感だ。宴会でも、必ず郷を訊ねられ、郷の名は、名前の上に当然のようにつけられる。

「あぁ、○○村の○○さん」という感じだ。平佐田の場合、苗字を郷から勝手に名乗っているので、「平佐村の平佐田せんせ」となるところだが、面倒なのか、「平佐田せんせ」で済んでいる。時々、「平佐せんせ」となる場合もあるが、平佐田としては全然かまわない。 

 もしも親父が聞いたら、赤くなって抗議するではあろうが。


(あれは……〝京訛り〟ちゅうもんじゃなかろうか)


 ずっと同じ姿勢でいると、またまた腰が悲鳴を上げそうなので、ごろり、と転がって俯せになる。

 ほんの少し腰を曲げれば、張っていた腰が、ちょっと楽になる。「平佐田流腰痛封じ」は、これもまた、なかなかのものだと、自負している。

(倉貫せんせの訛りと、よう似とった。柔らかい響きの言葉じゃ。せんせは生粋の京都っ子じゃいうから、間違いなかろ)


 倉貫とは、山川薬園に出入りする医者だ。大殿の開いた医学院に通い、今では京の町で医者をしている。医学院にいた時分の知人の伝を頼り、時々、山川薬園に薬草を求めに来る。

 気取りのない好人物で、見習いの平佐田にも、気さくに声を掛けてくれる。行ったことのない京の町の話を聞くのは、平佐田にとって、楽しみの一つでもあった。


 遠い昔、都であった町……色とりどりの着物を纏った姫君が扇で顔を隠し、あの手この手で、姫君の気を引こうと、男たちが雅を競う。蹴鞠、歌会、夜を徹しての宴……やはり平佐田には京の町とは、そんな風に印象づいている。

「そないなこと、あらしまへん。ここらとそう、変わりまへんよ。まぁ、町並みは違いますが。京雀は噂好き。町のあちこちで女たちは、それはもう……賑わしく、ピーチクパーチク、囀っとります」


 倉貫のように柔らかな物言いで、若い女子たちが町中で囀る姿を想像すれば、なんだかやはり、華やいだ感じがする。

 薩摩の女子は逞しく、男を張り手で飛ばすほどの勢いを持っている。しっかり者の気丈者。それが薩摩女の代名詞のようなものだ。


 好いた男の通ってくる日をしとやかに待ち続け、足遠くなった男に恨みの歌を送り付けるいじらしさなど、微塵もない。好いた男を組み敷く勢いすら持っているのが、薩摩女だ。

 へなちょこの平佐田としては、どうしても物柔らかな感じがする、京女に心惹かれてしまう。


(けど……余所もんでなくて京訛りは、おかしゅうなかか。あん人はいったい、何者なんじゃろう)

 ぼんやりとそんな疑問に首を捻っていると、何だか眠くなってくる。

 近頃、少し怠けすぎだぞ。こんなんでは〝密命〟にいつまで経っても近づけん……そうは思うが、くちた腹と、外に出られない鬱憤が溜まって、やはり……眠くなる。

「はあぁ~」情けなく布団に伏した平佐田に、突然の闇が訪れた。


(あれ?)


 闇の中で顔を上げれば、自然、目は灯明に向く。火皿に油を注いだだけの灯りは、ほんのわずかにも、灯火を残していない。

(油が切れたんだ。そういえば……)

 火皿の油が少なくなっていた。内儀に頼んでみようとも思っていたが、ごたごたしていて、忘れていた。

 おそらくは椿油であろう灯油は、平佐田の郷でも貴重品だ。気軽に「油が切れてます」とは言えないのも事実だ。

 椿は薩摩では当たり前の花ではあるが、その種を潰して絞る油は、贅沢品。

家人ですら、暗くなれば早々に寝てしまう中で、居候の平佐田が、〝報告書〟すらもまともに書けない平佐田が、遠慮なしに使って良いはずはない。


(まぁ、いいか)


 どうせ起きていても腰が痛いばかりだし、考えたところで〝報告書〟は纏まらない。数日の暇を持て余した間、散々に眺め回した図鑑にも飽きた。となればやはり――寝るしかない。

「おまんは、それだから、いつまでも〝おい〟のままなんじゃ。なんぞ他に、すうこた、あんのか」

 奇しくも人生の師となってしまっている〝沢蟹〟がどこかで喚く。だが、知ったこっちゃない。勝手に〝密命〟を背負わされ、〝見習い〟のまま、せんせとなり、飲めぬ酒を浴びるほど飲まされ、おまけに「神隠し」にまで頭を悩まされたおいの気持ちを……


 いったい誰がわかるというものかっ――


 つい、毒づいてしまう己は、苛々が溜まってる。やはり、寝たほうがいいと、平佐田は冷たい布団に顔を伏せた。ついでに腰が(ううっ)と唸る。平佐田は目を閉じた。



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