守株待兎
(三)
半刻ほど話に付き合い、「これで全部だ」と言った張爺は、ぜいぜいと喉を鳴らした。茂介には言葉がない。
(何とも眉唾物な話じゃないか。待っているだけで「お宝」が向こうからやってくるってのか? それって「守株待兎」ってやつじゃないか。そんな篦棒な話が本当にあるのか? いくらなんでも、そんな……)
疑いが顔に出ていたのだろう、張爺は弱々しく笑い、
「嘘じゃない。儂は、それで小部屋を手に入れた。お前らにも、酒をおごってやったろう。儂は、ずっと荒稼ぎには出ていない。それが証拠だ」
言い切られれば、納得するしかないが……
「さっき言ったとおり、小舟がある。それも、儂が「お宝」を売って手に入れた代物だ。そいつも、お前にやる。騙されたと思って、一度でいいから、行ってみるといい。役組は儂らの誰かが舟を持っているなどとは思わんから、宵闇に紛れて出れば、捕まることはない。ただし、停泊中の船にぶつかったり、入り江に乗り上げたりしなければ、の話だがな」
見つかれば、処刑だ――。
茂介も、それくらいは知っている。度が過ぎなければ、盗みも、喧嘩も、場合によっちゃあ、殺しも許される、世間から外れた与太者にとっちゃあ、極楽のような場所だが〝抜け〟には厳しい。見方によっては、飼い慣らされて牢獄にいるようなもんだ。
「島に着いたら、言ったとおりの場所に行き、白い煙が出てきたら、岩屋で待て。「お宝」が勝手に向こうからやってくる。それを連れて奄美辺りで売り飛ばせば、結構いい値で売れる。
〝子供というお宝〟は、先の長い働き手だ。教えれば、一通りの仕事は覚える。慣れた頃には体も大きくなり、十分に使えるってわけだ。ただし「四代目」とは無関係を装うこと。勝手に商売をした事実がばれれば、厄介なことになる。ま、その辺は言うまでもないな。お前は、なかなかのやつだ」
知らず茂介は大きく息を吐く。くつくつと張爺が笑って、茂介は我に返った。
「何故なんだ? なんで「お宝」が、勝手に網に掛かりに来る? 別に餌を持っていくわけでもあるまい? 島人が口減らしのために、そんなことを?」
「知らん。島の内情は良くわからんが、さほど食うに困っているような島じゃない。島には島神がいて、多くの恵みをもたらしていると聞いた。
もしかしたら「生贄」なのかもしれん。だが、こっちには関係のない話だ。「お宝」を持ち帰っても、誰も騒ぎ立てる者はいない。だから役人の目にも留まらないし、何より労力も要らん。
楽して金儲けとは、このことだ。それこそ……神様のお恵みだと、わしは「お宝」を売り捌いてきた。だが、もう、体がいうことを利かなくなったし、島まで行く元気もなくなった。このまま誰にも告げずにおこうと思っていたが、気が変わった。最後に儂の話を聞いてくれた茂介、お前に「お宝」を譲ってやる。お前は、いいやつだ」
聞き慣れない言葉を繰り返されると、尻がむず痒い。しかも、決して茂介は〝いいやつ〟ではない。引導を渡しに来たのだ。〝いいやつ〟などであるはずがない。
さすがに気まずい思いで茂介が黙り込むと、再びごほごほと咳き込んだ張爺は枯れ木のような手を伸ばし、
「しまいだ。いつ死ぬかわからない体で、生きながらえても意味はない。儂も倭寇じゃ。悪さができなくなったら、仕舞よ。お前がどんな事情で役目を引き受けたかなど、どうでもいいことじゃ。お前が早々に懐にある引導を渡さなかったところに、儂はほんの少し、救われた気になった。どうじゃ、納得したか。だったら、さっさと役目を果たせ」
(ふん。そうか)
今度は躊躇いなく懐から竹筒を出し、つい、と押し付けるように竹筒を渡せば、張爺は無言で受け取り、貪るように干からびた喉に流し込んだ。
茂介はすっと立ち上がり、「じゃあな」と言い捨て、振り向きもせずに板戸を閉めた。
それから茂介は、太一にも会ってはいない。誰かに因縁をつけられることもなく、十日ほど後に、見つけた舟に乗り込んだとき、なぜだかとても空しくなって、こっそりと舟を出した。
張爺の言ったとおりに岩屋で待つと、ふらふらと「お宝」はやってきた。最初はぞっとした。
だが、ぱたり、と倒れた十ほどの子供は、きちんと生きていて、危なっかしい道を抱えて島を出た。
子供はいい値で売れ、茂介はしばらく「守株待兎」を繰り返し、倭寇のねぐらに戻った。
相変わらずの与太者揃いの島では、茂介のしばしの留守を誰も問うこともなく、張爺の気持が少しわかった気がする。
わかりきっていたことだが、茂介は一人だ。いなくなったところで誰も騒ぎもしないし気にも留めはしない。皆の知らない空白の時間に、いい稼ぎをしたとしても、話さなければ誰にも気づかれない。
もしも派手な大立ち回りでもあったのなら、茂介も黙ってはいられなかっただろう。だが、ただじっと待っているだけの金儲けの話を、誰がまともに聞くだろう。
そんなはずはないと、しつこく食い下がられるのも面倒だし、一笑に付されるのも腹立たしい。結果、話す気は失せた。大儲けを望まなければ、茂介一人でもできる仕事だ。それがまた、魅力的でもあった。
半年が過ぎ、茂介がそれなりに悠々自適な暮らしを成り立たせた頃、権蔵という新入りと出会った。
まだ餓鬼の権蔵に、「手伝いをさせようか」と思いついた理由は、権蔵という餓鬼がまだ全然すれていなくて、しきりに茂介を慕ってきたからだ。餓鬼の面倒を見る義理はないが、手下として使うには、ちょうどいい。
夜も更けた港に人影は、ほとんどない。誰もが夜っぴいて遊ぶのが倭寇の倣いだと、改めて納得したのは、半年以上も前のことだ。
船の見張りを言いつかっている者も、大人しく船の守りなどするはずもなくまた、海賊の船に盗みに入る馬鹿もいない。入江は、静かなものだ。
「おい、ぶつけるなよ」
「わかってますって、兄ぃ」
茂介はひと月ぶりに、権蔵を伴って「守株待兎」に出かけた。
(四)
とにもかくにも視界が悪い。慣れたつもりではあっても、何せ海に生きる男だから、陸地には十分に注意を払わなければ、文字通り〝足元をすくわれる〟羽目になる。面倒だとは思いながらも、茂介は作業に余念がない。
海焼けしたごつごつの手には似合わなく見える、色鮮やかな紐を道の端の木に括り付ける作業は、実に単純だが、退屈なこと、この上ない。
(さっさと「本業」に移りたいもんだな)
思いながら腰を上げると、
「兄ぃ、こっちは終わりやした」
息を切らせて近づいてくる声が「うわっ」と叫んで、がさがさと葉擦れの音がする。
子分の権蔵は、倭寇となってまだ日が浅い。以前は漁師をしていたという話だが、そのわりに大事の時には船酔いで使えないし、恐ろしいほどに手先が不器用ときている。おかげでひと月前に行った〝似合わない作業〟を繰り返す羽目となった。
茂介としては、無駄な作業は最小限に抑えたいところだ。働くことは、好きじゃない。
別に、愛着のある子分でもないし、居なくなっても構わないから、本来ならば放っておくところだ。
とはいえ、せっかくの儲け仕事だ。荷を運ぶには、一人より二人。分け前が少なくて済む相手を、今一度探すのも面倒である。
賊と名のつく者に信用できる者はいない。張爺の言うとおり、下手をすれば「お宝」をすべて独り占めにされ、茂介は海に放り込まれ、生きたまま魚の餌にされかねない。
さすがに、それは遠慮したい。役立たずでも、不器用でも、この際なんでもいい。荷物運びだけできれば問題はないのだと、茂介は自分に言い聞かせて立ち上がる。
括り付けたばかりの紐を注意深く目で追いながら、
「おい、権蔵、いるのか? いるのなら、返事をしろ。死んだか? なら、今宵の祝杯は、おれ一人のものだな。いい酒だぜ。雷春から博打のかたに取り上げたんだ。あいつは馬鹿で良い。いかさまだと、気づきもしないんだからな、へへっ」
注意深くそろそろと足の先で地面を探り、茂介は少しだけ無駄な仕事をさせた子分に鬱憤を晴らしてみる。これくらいでは許しはしないが、本当の鬱憤晴らしは仕事が終わってからにする。
権蔵は、まだ餓鬼だ。変に拗ねると働きが鈍くなる。きちんと仕事を終わらせるまでは、役立たずでも使うよりほかはない。何しろ、こんなに楽で金になる仕事は、滅多にお目にかかれないのだから。
「兄ぃ~、酷いこと、言わないでくださいよぅ。生きてますよぅ。酒だって飲めますよぅ~」
(ふん。生きてたか)
茂介が眉を寄せるのは、役立たずが生きていたからか、それとも立ち込める硫黄の煙が濃くなってきたからか、茂介自身も判断が付きかねる。
思えばこの、硫黄のおかげで、余分な仕事を強いられているのだ。何とも腹立たしい思いは抑えきれない。
目を凝らせば、白の中から黒い塊が近づいてくる。ずりずりと音がするのは、落ち葉が擦れている音だろう。里人すらも近づかない山の上は、年がら年中、落ち葉が積もっている。からからに干からびたものもあれば、湿って腐ったものもある。
(まるで打ち捨てられた死体みたいだな)
さすがに、百戦錬磨の倭寇である茂介でも、少々気味悪く思うことがある。もっとも、海の上が常の狩猟の場である茂介は、打ち捨てられた数えきれない死体などは、幸運にも目にした経験はないが。
「ふぅ。ひでぇ目に遭った。兄ぃ、ここにも紐を、括りつけとかなくちゃね。わっちは俊敏だから、下まで落ちなかった。けんど、「お宝」は、そうはいかねぇ。わっちが見下ろした下は、崖になってましたよ。落ちたら、ひとたまりもない。「宝」が一つ減っちまう」
誰が俊敏だって?
へらへらと笑う垢で汚れた顔をまじまじと見て、ついつい張り倒してやりたくなる。
が、そこは、じっと我慢する。そろそろ、白が濃くなりつつある。いつまでもこんな場所にいたら、「お宝」どころではなくなってしまう。
「岩屋へ上がるぞ。そろそろ、やばそうだ」
「へい。わっち、この臭いに吐き気がして……腑が腐りそう」
てめえは、腑どころか、脳味噌が腐ってるぞ。そう罵倒してやりたいが、我慢する。
茂介自身も、先ほどから気分が悪くなり始めている。こんなところで、死にたくはない。落ち葉と一緒に腐るのも嫌だし、からからに干からびるのも真っ平ごめんだ。
懐から出した手拭いを口に当てれば、じわり、と磯の臭いが鼻にしみる。
これが臭いという者もいる。だが、茂介には馴染んだ臭いだ。まるで気にならない。少なくとも、何かが腐ったような、生臭い臭いよりは、ずっとマシだ。それに、磯の臭いは人を死に至らしめることはない。
「この臭いを長く嗅いでいると、死ぬことがある」と教えてくれた爺は、もういない。
ケチで小狡くて、酒飲みの女好き、三度の飯よりも博打が好きだった〝倭寇の見本〟のような爺も、死の間際には、親切心も起こるようだ。
知らなければ、今頃は茂介は「お宝」を手に入れるどころか、わけもわからずに陸地で死んでいたはずだ。それだけは、いただけない。
何の目的もなく、生きる意味すらも考えた覚えがない茂介だが、死ぬときだけは、海の上で死にたいと思っている。骸は同輩――と呼ぶのも烏滸がましい――が海に捨ててくれる。魚たちに少しずつ食われ、いつか海底に沈めば、海の神様に迎えられるような気がする。
海の底のずっと底、争うこともなければ、齷齪と働くこともない、海神の住む里は、人などはとうてい想像もつかぬ場所。温かく迎えてくれる民人に……茂介は生まれ変わるのだ――
荒くれ者で飲んだくれ、人を殺すことを何とも思わない、世間から恐れられる海賊である茂介も、初めからそんな人であったわけじゃない。素直で明るくて、元気一杯だった頃もあった。
だが、そんな茂介に、世間は冷たかったのだ。気がついたら、荒くれ者の中にいた。そこが唯一の居場所になってしまっては、馴染むより他にない。だが本当は……
おれは倭寇になんか、なりたくはなかったんだ――
だから、せめて死んだ後くらいは、望み通りに過ごしたい。温かいものに囲まれて、穏やかに笑って過ごしたい。
こんな話は、周りの奴らには決して言わない。絶対に言うつもりもない。最後の望みは、一人密かに胸に抱き、誰にも邪魔されることなく、夢見ていたい。誰もいない静かな海の底で、この世の穢れをすべて海水に流し、清らかな御子となって……




