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隠れ里  第一部  作者: 葦原観月
10/28

重豪の宝

(九)


 数日後――

重豪は息子の昌高から、

「ドクトル・シーボルトからの、言付かりものです」と、鳥の剥製と剥製化の手法を記した文書、重豪の丹毒に効くという薬を記した紙を受け取った。


 昌高は連日のように、シーボルトの宿泊先に出向いているらしい。重豪は、それを大いに羨ましく思った。

 だが、同じ隠居の身であっても、中津の隠居と薩摩の隠居とでは、御公儀の関心の度合いが違う。重豪が身分を隠して、連日のように、宿泊先に異国人を訊ねたりすれば、すぐさま御公儀の詮索が始まるだろう。隠居したとはいえ、重豪は未だ、薩摩の「大殿」でもあるのだ。


(下手ないざこざを起こせば、笑佐めがまた、うるさい。大殿とは結構これで面倒なものであるな)と、重豪は思い、(早々に又三郎を国主としてしまおうか)とも考える。

だが、またそこで、弥姫が茶々を入れるだろう、と重豪は頭を抱える。弥姫は斉彬を大層な可愛がりようで、父である斉興が斉彬を嫌っていることを良く知っている。ここで重豪が斉興を廃し、強引に斉彬を国主の座に置けば、いろいろと面倒が起りそうだ。

 斉彬の異母弟、久光はまだ十ばかりの童だが、由羅は気の強い女子だ。斉興と組んで、斉彬の抹殺を考えぬとも限らない。


「ううう。なかなかに世は難しい」思わず重豪が漏らした言葉に、

「はい? 父上にでも、難しいことがおありなのですか?」

 島津という大家に生まれつきながら、後継ぎとは無縁であった息子は呑気にそんなこと言う。

蘭学同志だった奥平昌男に、餞別として送った次男は果報者だ。江戸の中屋敷に「オランダ部屋」まで作り上げた息子は、大いに蘭癖を満喫している。

うるさい家臣もいなければ、後継ぎの争いもない、大人しい昌暢は父親に従順だ。

 出島で求める西洋の品は数多く、すべて「オランダ部屋」に陳列して楽しんでいる。重豪と違って、いたって気軽に外出できるおかげで、蘭学の同志との交友も盛んだ。


(余はなんと、ついていないのであろう……)

 罰当たりな重豪は、たぷたぷの肩を落とす。

「あ! 父上の難しいこととは、あれですか?」

 呑気な息子は、ドクトルから受け取ったという昆虫の標本から目を上げて、いましがた父親に手渡した、鳥の剥製に目を転じる。

「謎かけなのですか? われにはお褒めの言葉に思えますが。ドクトル・シーボルトは随分と、又三郎がお気に召されたご様子。「聡明で、見目麗しき若君は、先が楽しみなお方であられますね、薩摩侯はさぞやご期待をお寄せであられましょう」と、しきりに仰ってました」

(何? 謎かけ? お褒めの言葉?)

 重豪が、まじまじと昌高を見ると、

「これですよ、これ」


 昌高は鳥の剥製が首からぶら下げているカードを指差した。

「贈り物にこうして、言葉を記したカードを添えることがあるようです。あぁ、全部が全部にではないようですが。特別な場合なのではないでしょうか。ドクトル・シーボルトは父上に、大いに親しみを持っているという証拠でありましょう。無礼だとお怒りにならないでください、剥製の見事さについ、見入っているうちに、目に留まったのです。

これは又三郎のことだなぁ、と感心した次第です。父上が喜ばれる贈り物に、父上が一番喜ばれる言葉を添えるとは、ドクトルは、なかなかのお方だと」

 ゆくゆく見れば、なるほど。鳥が首に、何かをぶら下げている。今しがた重豪が解いたばかりの贈り物に、昌高は目を凝らしていたらしい。

 本来であらば確かに無礼な行為だ。だが、蘭癖である重豪には昌高の気持ちは大いにわかる。ともかく気になって、いてもたってもいられないのだ。珍しいものは、すべて見ておきたい。


 贈り物の荷を解きながら、昌高がしばしばドクトルと会っていると聞き、羨ましさが先に立って、まともに贈り物に気が行っていなかったようだ。

(ほう……これはまた、すばらしい。まるで、生きているかのようであるな)

 今までにも剥製は見たことはあるが、やはりどこか虚ろな感じがして、何とはなしに物足りない気がした。

 ところが、ドクトルが作った剥製は、今にも飛び立つかと思われるほどに生き生きとしている。きっと、それは……

(生き物への愛情と、探究心であろうな)

 祖国ではありきたりだと言うこの鳥を、ドクトルはきっと、愛着を持って甦らせたのだろう。おそらくは幼いころからずっと、生態を研究していたに違いない。


(なるほど。そこが大事なことか。愛着を持って、探究すること。うむ、それは、様々な物事に当てはまるのやもしれん)

 つくづくと感心しながら、重豪は鳥の首に掛かっているカードを手に取る。

まじまじと見ながら(ふん。さようか)と、にんまりと笑う。オランダ語で書かれた文字は、「王の宝は、清らかな御子と共に」というような意味だ。

 昌高の言うとおり、これはドクトルが重豪に対し、曾孫の斉彬を褒め称えた言葉に思える。


「薩摩の王」とドクトルは重豪を称したし、王の宝は斉彬だ。学問好きの斉彬は、実に素直で聡明な子であり、清らかな御子という表現は、斉彬にふさわしい。

 また、もう一つに、重豪の質を継いだ斉彬は、薩摩の宝ともいうべき重豪をそのままに映し、この後、大いに栄えていくであろうと示唆しているようにも思える。

が、重豪は「そればかりでもなさそうだ」と、心に引っ掛かりを感じている。理由はドクトルの示した「新種の薬草」だ。

 ドクトルが紙に書いた二つの言葉、「琉球王の秘宝」と「海底の皇子」とは、いったいなんなのか。約束通り丹毒の薬を記したものを送ってくれたからには、一緒に謎の「新種の薬草」について、なにかしらの言葉添えがあるはずだ。


「他に、何か言付かってはおらぬか?」

 重豪が尋ねると、

「いいえ、父上。他に何か、ドクトルに所望されたものでも、おありでしたか? ドクトルは〝この剥製〟が薩摩侯との約束の品だと言われました。おそらくは楽しみに待っておられましょうと。ですから、われも、言付かってすぐ、こちらに参上した次第です」


(ふ~む)


 重豪は矯めつ眇めつして、剥製を眺める。が、見事な出来栄えである他は、これといった変わりはない。

 重豪があまりにも熱心に剥製を眺めていたせいか、昌高は遠慮して、早々に重豪の御前を辞した。


        (十)

(約束の品……)

 確かにドクトルは重豪の申し入れに、剥製を制作するための手法と、剥製の一体を約束した。

 だがその後、丹毒の治療に関する話にかこつけて、秘密めいて見せた二つの言葉は、何だったのか。通詞を誤魔化してでも、重豪に見せたかった二つの言葉を、ドクトルは「知っていますか?」と尋ねているようにも見えた。

 おそらくは、あのように秘密めいていなければ、本日のこの贈り物に大いに満足し、また、丹毒のこの痛みから解放されるであろう喜びに、二つの言葉など忘れ去っているはずだ。

 近頃は、やはり年のせいか、ちょっとしたことをすぐ忘れるようになった。大事の時に曾孫をできる限り伴わせるのは、そういった理由もある。

 幼い頃から近く置いた斉彬は、教えずとも何が重豪にとって大切な事柄なのかを熟知している。傍に控えさせる家臣どもなどより、よほど役に立つ。


 じっとカードを見つめ、重豪は一つ思いつく。そういえば……

(王の宝と、御子が同じだな)

 ただ王が、琉球の王か、薩摩の王かの違いと、皇子と御子が違うだけだ。

(ふ~む)

 再び腕を組んで剥製を見据える重豪の耳に、元気な声が飛び込んだ。


「大御所様!」


 視線を巡らすまでもなく、重豪の顔が反射的にほころぶ。

 可愛い曾孫の来着だ。さては昌高と同行したか。弥姫もさすがに中津の隠居には、表立って誘いを断るわけにもいかぬのであろう。

(ふむ。余も、その手を使うか。富之進の使いの者を一人、我が手に押さえておくのも、悪くない)

「よう来た」重豪の言葉に、斉彬はきびきびとした動作で重豪の前まで来て、丁寧に礼を取る。

 顔を上げた斉彬の頬はほんのりと赤く染まっていた。おもむろに懐から取り出した物を、斉彬は得意げに重豪に開いて見せる。


「おう」思わず重豪が声を上げる。あまり上質とは言えない紙に、植物の絵が描かれ、茎の断面図や説明書きが、細かく記されていた。

「ドクトルに頂きました。ドクトルの故郷の草花だそうです」

 斉彬が興奮気味に語る内容によれば、ドクトル・シーボルトがまだ、斉彬ほどの年頃に、屋敷の近くに生息する草花を、自らの手で描き、纏めたものだという。

「このような拙い覚書のようなものでも、今となっては懐かしいものであります。ちょうど若君のような年頃に纏めたものでありますゆえ、お近づきのしるしに受け取っていただけないでしょうか。若君がこれを機に草花に興味をお持ちになられれば幸いです」

 確かに、少年が描いたらしい、紐で束ねられた紙は、重豪が目にする図鑑などとは比べ物にならぬほど拙い。

 それでも、覚書を描いた少年の熱心さが伝わってくる。同じ年頃の斉彬には、良い刺激となるであろう。重豪はドクトルの心配りに感謝する。


(ほんに、良き男じゃ)


「それは良いものをもろうたの。そちも庭の草木などを描いてみてはいかがかの。もしかしたら、そちのほうが、ドクトルよりも上手やもしれん」

 はっはっはっ。豪快に笑う重豪に、斉彬は下を向く。

 何にでも積極的な斉彬ではあるが、重豪は今までに斉彬が絵を描いている姿を見た覚えがない。あまり興味がないのか、それとも下手なのか……ならば少し、からかってみるのも楽しかろう。とも思っている。


「あ! 大御所様、良きものをお持ちではありませんか」


 分が悪いと思ったか、斉彬は目ざとく重豪の〝剥製〟に目を留め、さっさと話題を逸らそうとする。

(ふん。愛いやつじゃ)

 負けず嫌い、大いに結構。もしも斉彬が絵が苦手であるならば、これを機に絵の手習いを始めるだろう。

 若いうちになんでもやってみるのは、いいことだ。


「良いであろう。余もドクトルからもろうたのじゃ。ほれ、剥製を作る手立ても記してある。近いうちに野山に出向いてみよう。そちも来るな? 中津の大殿から使いを向かわせよう。ならば、問題はあるまい?」

 重豪の言葉に、斉彬は、ぱっ、と顔を明るくする。重豪の予想は当たったようだ。

「われにもよく、見せてください」

 嬉しそうに身を乗り出す斉彬に、重豪は剥製を手渡した。感心したように剥製を眺めていた斉彬は、「これは?」と重豪に顔を向ける。

「読めるか?」重豪が聞けば、

「はい。De koning schat, evenals zuivere Son」

 なかなかよろしい。

「意味は?」

「王の宝は、清らかな御子とともに。大御所様、なんですか、これ?」

「そちは? なんだと思う」

「さぁ。贈り物にカルトを添える習慣は知っていますが。なんだか謎めいた言葉ですね。これは大御所様に贈られたものですから、大御所様にしかわからぬ意味ではないのですか? 楽しそうですね。大御所様は、こんな謎めいた遣り取りをなさるほど、ドクトルと親しくなられたのですね。羨ましい」

 本当に羨ましそうに重豪を見る斉彬に、重豪は(ふむ)と考える。


 単純に「これは又三郎のことだ」と解した昌高は、先日の重豪とドクトルの遣り取りを知らない。王が重豪を指すものであれば、あの場にいた人物の中で、御子とは本来、昌高を指すと解釈するのが妥当である。

 が、既に薩摩を出ている昌高は重豪の御子とは言えず、重豪にとって、宝とはなりえぬとは、昌高本人も承知の上だろう。

 重豪が誰よりも斉彬を溺愛している事実は、誰もが承知だ。おそらくは使節団一行にも、そんな話は伝えられているはずで、いずれ薩摩の王となるであろう斉彬には、気配りを怠らない配慮は当然あるものと思われる。

 が、その当人である斉彬は、騒ぎ立てる周りには無頓着で、興味のあるものに目を輝かせ、斉彬本人を褒め称えるとも取れる言葉を「謎めいている」と曾祖父の返答を促している。


(なかなかに面白いではないか)


 ここは一つ、その「御子」に謎解きをさせてみようと重豪は思い、おもむろに紙にペンを走らせる。先日、スチュレルから土産として受け取ったペンは、まだ試し書きをしていない。

「琉球王の秘宝」「海底の皇子」

 ローマ字で書かれた二つの言葉を、斉彬は興味深そうに覗きこむ。

「これは?」

「新種の薬草じゃ。ドクトルは先日、余にこの二つの薬草の名を告げられた。が、あまり時間がなくての。後日、余にこの二つを贈ってくれると約束したのじゃ。ところが、ドクトルから贈られた品は〝この剥製〟のみ。富之進にも尋ねてみたが、ドクトルは余が待っているのは〝この剥製〟だと言われたそうじゃ。と、いうことはだな……」

「わぁ……ほんに謎かけなのですね、お待ちください、われもそれに参加したい。謎解きは後にして。われに考えさせてください」


(なんと良い子じゃ)


 重豪は、愛しい曾孫を騙そうなどとは、ゆめゆめ思っていない。他の者であれば、「余にはわかるが、そちはどうじゃ」とでも言って、知恵を引き出すところだ。

 しかし、この、重豪に対して決して疑いを知らぬ純粋なる信奉者には、素直に助力を求めるつもりでいた。おそらくは、それを承知で、斉彬は曾祖父の言葉を遮ったのだ。

 賢く、礼儀正しい斉彬は、慣れ親しんだ曾祖父に対しても、決して薩摩の王に対する礼儀は崩さない。薩摩の王の言葉を遮るなどという無礼は、間違ってもしない。斉彬という人物を良く知っているからこそ、重豪にも曾孫の心配りが良くわかり、あまりの嬉しさに目頭が熱くなる。


(年を取ると、涙腺が弱くなるのぅ)


 誤魔化すつもりで、くしゃりと笑い、

「よきにいたせ」と、ほんの少し滲んだ曾孫に目をやれば、真剣な顔の斉彬は、じっと剥製と、二つのローマ字の言葉を眺めている。

 重豪は斉彬の様子を見ながら、脇息に凭れかかった。


    (十一)


「あの……大御所様」

 ん? ついついうたた寝をしてしまったようだ。

 遠慮がちな斉彬の顔が、重豪を覗きこんでいる。気遣わしげなのは、心配をしてくれているのだろう。

 重豪は、にこり、と笑い、

「おう。わかったか? 案ずるな、まだ死にはせん」

「とんでもございません! 大御所様、縁起でもないことを仰らないでください。われがちっともわからぬので、退屈をしておられるのではと案じただけです。意地悪です、大御所様は……」

(余の死を待たぬのは、そちだけよの)

 思いながら重豪は、脇息から体を起こした。


「すまぬ。心配をかけたな。先日の雨降りの外出で、少々疲れておるのだ。そちは良い子じゃ。余はそちの後々をきちんと整えるまでは、あの世には行きはせん」

「ならば、われはいつまでも、今のままでよろしゅうございます。大御所様とご一緒に、こうして謎解きをして過ごしていとうございます」

 ほんに泣かせることをいう。重豪は小さく首を振って、斉彬を促した。

「で? 謎は解けたのかな? 余に、そちの考えを申してみい」

 大仰に言うのは、愛しい曾孫がちょっとばかり憎いからだ。いつまでもこの世に未練を残しているから、ついつい長生きをしてしまう。

 憧れのドクトル・シーボルトとも会えたのだ。そろそろ、素直に迎えに応じる心づもりをせねばならん。

 そんな重豪の心の内を知らず、斉彬は元気よく返事をする。


「はい。ようやくと。答えは「うみ」でございましょう」

「海、とな。それは、いかなる理由か」

「琉球王の秘宝とは、どのような意味を持つものかは、わかりませぬ。なれど、琉球国は海に囲まれた島です。もしも王が秘密の宝を持つのであらば、それは陸にはありますまい。琉球国は島津の領地です。領国のものは国主のもの。よって琉球王の秘宝は、島津の王の秘宝となってしまいます」

「なるほど」と重豪は頷く。

「海底の皇子は、その言葉の通り、海の中にいる。よって「新種の薬草」は、海に関係するものかと。大御所様、海の底に薬草があるとは、確かに、新種でありましょうね。どんなものか、われもこの目で確かめてみたい」

「して? カルトと、どう繋がりがある」

「王の宝は、清らかな御子と共に――これは明らかに場所を示したものですよね。王とは大御所様のことでしょう。ドクトルは大御所様を薩摩の王と仰っています。先日の約束の「新種の薬草」という二つの宝を、この言葉の示す場所から探し当てるという意味でしょう。清らかな御子とは、なんなのか。われは、これに手間取ったのです、何を指すのか、少しもわからなくて」

(ほんに、これは謙虚な子よな。余と似ておらんのは、ここばかりじゃ)

「ゆくゆく考えて、あぁこれは「海底の皇子」との意味だと気が付きました。皇子は海に沈んでいるのでしょう? でも、海底に沈んだ皇子が清らかかどうかは、わかりません。 

 でも、清らかである御子とは……赤子のことだと気が付いたのです。われは聞いた覚えがあります。母の胎内は海のようだ、と。海は命の源とも言います。海で生まれた命が、段々に生きる場所や食べ物を求めて大地に移動したのだ、とも。

それに……大御所様の仰る通り、二つの言葉が「薬草」であるのなら、剥製の詰め物としては最適では? 薬草には、防腐効果のあるものが多くあります。いかがでしょう、大御所様、われの答は、お気に召しますか?」


 見事じゃ。なんと賢い曾孫であろう。重豪は改めて、斉彬の聡明さに感心する。

 考えていく力もさることながら、生物についても、しっかりと学んでいるようだ。おまけに人の心を引き寄せる術にも長けているらしい。

「われの答えは合っていますか?」とは聞かず、「お気に召しますか?」ときた。実に気分のいい問いかけではないか。そこには万が一、「曾祖父が答えを知らない場合」への配慮がある。曾孫馬鹿の重豪はもう、「又三郎はきっと、遥か古の偉人の生まれ変わりに相違ない」と確信を抱いている。


「天晴れ」くしゃくしゃに笑った重豪の顔に、斉彬は素直にふわり、と笑い、二人の目が同時に剥製の腹に向く。

(さて)悪戯を思いついた子供のように、きらきらと目を輝かせた二人が、剥製に手を伸ばし、重豪を見てにっこりと笑った斉彬に、重豪が目じりを下げたところに、

「若君! 若君は、こちらにおいででしょうか」

 部屋の外から、樺山の声が掛かった。

「何用じゃ」

 重豪がいささか不機嫌に返すと、

「はっ。中津の大殿が、そろそろ、と。若君のご帰宅の刻限が迫っておりますゆえ、お暇をせねば、母君がご心配をされますと……」

「うぅぅぅ」

 この時ばかりはさすがの「お行儀のいい若君」も不満気な声を上げ、重豪は少し笑った。



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