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旅立ち

神の加護を得たことで、一安心していたハルキだがここであることに気づく。

 

「とりあえずの危機は脱したけど、根本的にまだまだ問題は残っているんだよな。」

 

 ハルキは呟く。

 

「ハルキの抱える問題は、私の力ではどうしようもないことだからね。それについては申し訳ないと思っているよ」

 

 お手上げといった様子で首を振りながら全く謝罪の気持ちを感じられない声色でツバサは言う。



 

「いや、別に神様のせいじゃないから、謝ってもらう必要はないんだけど」

 

「その通りだね」

 

「うん・・・まぁ。神様あれだろ? 最初から謝る気なんて全然なかったよな」

 

「今は、それよりもっと重要なことがあるからね」

 

「なんだ? 俺の抱える問題より重要なことって」

 

「いや、ハルキは私に大きな借りができたわけだろう? それをどうやって返してもらおうかって話さ」

 

 ハルキは虚を突かれた気持ちだった。全てはツバサの善意だと思い込んでいたのだから。とはいえ、ツバサに借りがあるのは事実だった。何を要求されるのか身構えつつ口を開く。

 

「何をしてほしいんだ? あいにく、そんな大層なことはできないぞ。」

 

「私には夢があるんだ。簡単に言うと、私はこの世界で一番でありたいのさ。手始めに神の中で一番になろうと思っている。ちなみに理由は秘密だ」

 

「神様も権力を求めるのか。えらく世俗的だな」

 

 理由がとても気になるハルキだが、そこはこらえて聞かなかった。いや、聞けなかった。なんとなく、聞いてはいけない雰囲気を感じたから。

 

「否定はしないよ。で、だ。ハルキにはその手伝いをしてもらいたいんだ。まぁ、拒否権はないけどね。」

 

 笑ってツバサは言う。まるで、いたずらっ子のような純粋な笑顔だった。思わずときめいてしまうハルキだったが、何とか表情に出さず口を開く。

 

「具体的には、俺は何をすればいいんだ?」

 

 しばし、考え込むツバサ。そうして、しばらく二人の間には沈黙の時間が生まれる。

 そのうちにツバサが口を開く。 

 

「いや、そう言われると難しいな。正直に言うと、あんまり具体的なことは考えていなかったんだ。」

 

「神様って意外とへっぽこだったりする? 俺が信者第1号ってことは、それまで信仰してくれる人間もいなかったわけだろ。それに、行き当たりばったりな行動も多いし。今思えば俺を見つけた理由も、ぶらぶらしていてたまたまって言っていたな。」

 

「その発言は、神に対する不敬だね。それに、私は物事に臨機応変に対応しているだけさ」

 

 少し、むっとしたようにツバサは言う。そのしぐさに笑いを堪えようとするハルキ。どうやら、この神様は思ったよりおちゃめなようだ。

 

「それは申し訳ございません。でも神様、さっきみたいに近寄り難い雰囲気はなくなったよな」

 

 その場しのぎの謝罪をし、更なる質問をするハルキ。

 少し、その謝罪に引っかかるツバサであったが、質問に答えることを優先したようだ。なんやかんやで実に優しい神様だった。

 

「それについては私じゃなく、ハルキが変わったんだよ。神は敬れ畏れられることで、その力を発揮するからね。これだけ、二人で長いこと話しているんだ。すでにお互い見知った仲になったってことさ。」

 

「なんか、そこら辺は人間と変わらないんだな。たまに来る親戚のおっさんが、おっかなく思えても、話しているうちにいつの間にか馴染んでいるのと一緒か」

 

「その例えはどうかと思うけど、間違ってはないね。つまり、今のハルキにとって私は無害な存在でしかないわけだ。それこそ、そこら辺の少女と変わらない、ね。なんだったら、ご利益がある分、お得かもしれないよ」

 

 冗談めかしてツバサはそう言う。最後に「少女よりは、はるかに力はあるけど」と付け加えることも忘れない。

 

「でも、俺は最初、神様のことを普通の女の子だと思っていた。そこには敬いも畏れもないだろ? なのに、怒った神様が怖くてたまらなかったんだけど」

 

「そもそも、神と人間では生物としての格が違うからね。ハルキに限ったことじゃなくて、人間は神に対して無意識にそういった感情を抱くのさ。それこそ本能でね」

 

「なるほどな」

 

 正直言うと理解していなかったハルキだが、とりあえず納得しておくことにした。

 

「無理して分かった振りをしなくてもいいよ」

  

 呆れた顔でツバサは言う。どうやら、彼女も少年のことがよく分かってきたようだ。


「流石、神様よく気づいたな」

 

「見ればわかるさ。それより話を戻そうか。とにかく、私の願いを叶えるためにハルキは手伝ってくれればいいんだ。具体的な方法はこれから考えるとしてね」

 

「俺ができることなら手伝うよ。」

 

ハルキは即答した。色々と言いたいことはもちろんある。

しかし、受けた恩には報いなくてはならない。ハルキは、そこら辺に関してはしっかりした信念を持っていた。

 

「いい返事だね。流石、私の信者第1号だ」

 

「正直言うと、俺はもう一人では生きていけないみたいだしな。誰にも気づかれないって言うのは想像以上にキツイ。それなら、神様に付いていった方がいいって考えたのもある。」

 

「確かにハルキがこの村で生きていくには、盗人にでもならない限り難しいだろうね。でも、他の地域の人間なら話は変わると思うよ。この村の人間はハルキという人間の存在を認識していたからこそ、その存在を忘れていったのさ」

 

「なるほどな。つまり、どういうことだ?」

 

 ハルキはとりあえず相槌を打つ。

 それを聞いて、またも呆れた表情を見せるツバサ。

 

「分からないなら、口を挟まないでくれるかい。つまり、ハルキという人間を最初から知らない人間には何も干渉がなかったってことさ。そんなの、時間と労力の無駄だからね。だから、他所の人間はこれまで通りハルキを認識できるはずさ」

 

「ようやく理解できた。まぁ、でも神様に付いていくって結論は変わらない。借りは返さないとな」

 

「元々、ハルキには拒否権はないしね」

 

 お互いに笑いあう二人。

ハルキには大きな安心感が生まれていた。二度と人と触れ合えないとばかり思っていたが、どうやら杞憂のようだった。

ツバサには大きな楽しみが生まれていた。自身を信仰し慕ってくれる人間、その存在がどのような影響をもたらしてくれるのか。

 

「でも、神様、具体的に何をするのかとかは考えていないみたいだけど、とりあえずはどうするの?」

 

「そうだね、ハルキの行きたい所にでもいこうか。どこがいい?」

 

 そう言われて、ハルキが思い描く場所は一つしかない。幼いころから、妄想していた場所。

 

「街がいいな!」

 

 ハルキの発言は当然のようにそこへ帰結する。今から、そこへたどり着くことが待ちきれない。

 

 しかし、ハルキには出発の前にしなくてはならないことがあった。

 

「神様、少し時間をくれ。すぐに終わるから」

 

 ハルキは駆け足である場所へと向かう。自分の最も大事な人たち、すなわち両親の下へと。

 

「えーと、母さん父さん…」

 

 無論、ハルキの声は届いていない。そのことはハルキにだって分かっている。しかし、彼は伝えなくてはならなかった。

 

「その、しばらく会えなくなりそうなんだ。一方的に伝える形になってごめん」

 

 両親の反応はない。しかし、ハルキは続ける。

 

「自分のやりたいこと、しなければならないことが見つかったんだ。だから行ってくるよ。母さんも父さんも元気でね。次に会う時は、お互いに笑いあえるようになっているはずだから。それじゃあ行ってきます」

 

 それだけ告げると、ハルキは振り返ることなく走り出す。

そうしなければ折角の決意が鈍りそうだったから。

 

「ずいぶんと簡単な別れだったね」

 

 ツバサが話しかける。相変わらず読めない表情で。

 

「聞いていたのかよ」

 

「まぁ、あれだけ大きな声なら、聞こえて当然だよ」

 

「なんだか恥ずかしいな」

 

「それで、別れの言葉はもういいのかい? 時間は気にしなくていいんだ。もっと両親と過ごしていても問題ないよ。あんまり言うべきではないかもしれないけれど、二度と会えなくなるかもしれないからね」

 

「これが最後にはならないし、させないよ。それに、あんまり別れを惜しんでいると、ここから動けなくなりそうでさ」

 

 吹っ切れた表情でツバサに言う。

 両親への別れを告げ決意を固めたハルキを見て、ツバサは満足気そうだ。

 

「ハルキがそう言うならそれでいいよ。それに、初めましての時よりは、今のハルキの方がいい顔しているよ」

 

 ツバサは笑ってそう言う。

一方のハルキは、そのツバサを見て内心ドキドキしていたのだが、なんとか表情に出さなかった。

 

「もしかして、俺に惚れた?」

 

「残念ながら。まだまだ努力不足だね。いつか、私を靡かせるほどの男になってもらいたいものだよ」

 

「はいはい、頑張るよ」

 

 お互いに軽口をたたきあう、この時間をハルキは心地よく感じていた。と、真面目なトーンでツバサが口を開く。

 

「話を本題の方に戻すけど、次の目的地は街がいいんだよね? それで、どこの街に行きたいのかな」

 

「え…? どこの街ってことは街に種類があるのか」


 なんてことはない、ハルキは街というものを固有名詞だと捉えていたのであって、それがいくつも存在するとは知らなかったのだ。

 

「やっぱり、田舎の人間は何も知らないんだね。まぁ、この国ではしょうがないか。街っていうのはある程度栄えている場所の総称でしかないんだよ。だから、街といっても一つ一つに名前があるのさ」

 

 ツバサはハルキに憐れみの視線を向ける。

 

「馬鹿にするなよ、確かに知らなかったけど」

 

「別に馬鹿にはしていないよ。ハルキの村から外に出ていった人はいたかい? おそらくいなかっただろうね。この国では、田舎の人間に余計な知識を与えず飼い殺しにしているようだしね」

 

「それって、どういうことだ?」

 

「なに、国からしたら食糧事情は大切なことだからね。そこを安定させるためにも、この村のような存在は欠かせないということさ」

 

「つまり、俺たちは、ずっとこの村で土をいじることを強いられているってことか。ひどい話だな」

 

「そうでもないさ。この村の人間は、それを当たり前だと思っているんだから、当人たちは不幸でもなんでもないさ。ハルキは違ったのかい?」

 

 その言葉にハルキは、反応する。確かに思い当たる節があったからだ。

 

「言われてみれば、俺もこの村で死んでいくんだろうなとは思っていたな。それが当たり前だと」

 

「つまり、そういうことさ。そして、この国ではそう言う地域がいくつもあるのさ。でも、ハルキが街の存在を知っていることに驚いたよ。いったい、どこで知ったんだい? おそらく、この村の人間から聞いたわけではないだろ? この村でその存在を知っているのは、徴税を担っている一部の人間だけだろうし、そういった人間はハルキに話すことはないだろう」

 

「言われてみれば、誰から聞いたんだろうな」

 

 ハルキは、どうして街の存在を知っていたのだろう。今となっては思い出すこともできなかった。ただ、断言できるのは、ハルキは村の誰にも街の存在を語ってはいないということだった。

「まぁ、なんとなく快くは思われないだろうっていう理由でしかなかったんだけどな」とハルキは小さく呟く。

 

「今となっては、ハルキがそれを知っていることにも作為を感じるね、それとそのことを誰にも話さなかったことも含めてね」

 

「俺の独り言を拾わないでくれ」

 

 ツバサの前では、むやみやたらに独り言はしないと、ハルキは決心した。

 

「けど、今考えてもしょうがないね。それよりも私たちの目的地だけど、ここから最寄りの街でいいかな」

 

「分かった。」

 

「えらくいい返事だね」

 

「まぁ、街は俺の憧れだからな、それに決定権は神様に預けてあるよ。その街は、ここから近いのか?」

 

「遠くはないかな。まぁ、これを見た方が早いよ」

 

 ツバサは、ハルキに地図を渡す。ハルキはそれを受け取ると、すぐさま確認する。

 

「あの、神様これはなんだ?」

 

「ハルキはもしかして、文字を読めないのかい? まさか、ここまで知識が制限されているとはね」

 

「良く分からないけど、とにかくこれの見方を教えてくれ」

 

「簡単に言うと、ここが私たちのいる場所でここが目的地だよ。で、縮尺がこれくらいだから…」

 ツバサは呆れながらも、地図を指差しながらハルキに地図の見方を教えていく。

 

「ありがとう神様。これでなんとか理解できた。ここからだと、歩いてしばらくかかりそうだな。少なくとも3日ほどはかかるんじゃないか?」

 

「そういう、計算は早いんだね。でも、実際は地図とは違って真っ直ぐには進めないから、もう少し位はかかるよ」

 

「もしかして、神様って旅慣れているの?」

 

「それなりにはね。少なくとも、食べ物や水の確保について、ハルキは心配しなくてもいいよ」

 

 ツバサは自信満々にそう言う。その態度には、これまでみたどの姿よりも余裕を感じられた。それほど、ツバサはこの分野においては長けていると自負していた。

 

「神様っていうくらいだから、一瞬で移動できるとかそういう不思議パワーはないの?」

 

「残念ながら、そういう都合のいい力はないんだ。まぁ、私だけなら似たようなことは出来るけどね。でも、私はこういう人間らしい行動が好きなんだ」

 

「さっきは神様のこと、へっぽこって言ったけれど、割と変わり者でもあるよな? 」

 

「さっきのへっぽこ発言はともかく、それについては認めるよ。私は神の中でも変わり種だろうね」 

 

「まぁ、俺もおかしな人間ではあるし、お似合いの主従かもな」

 

「それは言えているね」

 

 お互いに笑みを浮かべる。実に似た者同士の主従であった。

 

 ツバサはちらりと、ハルキの持つ地図に目をやると、口を開く。

 

「それじゃあ、善は急げとも言うしね。早速、出発するとしようか」

 

「あぁ、分かった。ところで神様、俺たちの向かう街は、なんていう名前なんだ?」

 

「あぁ、それはね…」

 



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