黒地図
はらはらと涙を溢して僕はページを閉じた。
人によってはどこにでもあるただの本、ただの物語だと言うだろう。
それでも僕は、今手にしている物語に心を揺さぶられて泣いている。
けして感動屋でも涙腺が緩い訳でもなく、どちらかと言えば冷たいだの人形なのかと言われるようなタイプだ。
でも、僕は人間で感情もある。
『黒地図』
こう書かれた本の表紙に何となく惹かれて買った本の中身は、純粋でもなく素直でもなく過去の経験から多少なりとも人の善し悪しを垣間見て知っている主人公が、痛みも苦しみも知っているにも関わらずまっさらで純粋な人に惹かれていく。
恋に臆病になっていた主人公の心にするりと入り込んだ相手を好きになっていくのに、失恋やもしうまく行った時の消せない不安、表情のあまりないことからなかなか口に出せずに時間が過ぎる。
漸く意を決して伝えた言葉を受け入れてくれた相手と不安を抱えつつ付き合っていくが、主人公の不安さえ包み込んで溶かして黒かった地図を鮮やかに染めるように幸せになる。
そんな物語はあり触れているかもしれないが僕には突き刺さってしまった。
まさに今、僕がそうだから。
微かに響く着信音。
鞄からスマホを取り出して差出人を見ればつい頬が緩む。
「うん、行ってらっしゃい」
心の込められている文章に返事を打ちながら声にものせた。
あの物語の主人公にも現れたように、僕にも現れたから。
だから共感してしまったのかもしれないし、読みやすかっただけかもしれない。
でも僕は、今、この手にある幸せを伝えるように。
幸せを見つけたこの作品が僕を感動させたようになりたい。
ベンチから立ち上がった僕は、僕だけが書ける物語を綴るためにペンとノートを買いに行く。
完成したら読んでもらうつもりだ。
長い長いラブレターのようなものに感じてしまうかもしれないけれど。
もしかしたら君は笑って、照れて口を噤むだろうか。
けれど、きっと最後には応援してくれる気がする。
「いつか、僕の物語で共感してもらいたい」
ひとりから沢山の人に。