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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
7/11

登校デート

 昨日は、隆司さんがすごく喜んでくれたので今日も頑張ってお弁当を作ろうと思って5時に起きた。

 昨日は早く寝たのだが、今日もやっぱり頭がフラフラして調子が悪い。なんとかお弁当を作り終えて薬を飲もうと思っていたら、携帯が鳴った。

 誰だろう。

 フラつく頭で画面をほとんど見ずに携帯を手にした。

「おはよう」

 隆司さんに似た声が聞こえてきた。

 えっ、隆司さん?

 どうして隆司さんから電話がかかってくるの。何か急用かしら。緊張してしまう。

 昨日のことを思い出していると、樹里がそんなことを言っていたのを思い出した。

 “……Good morning……Who’s calling?”

 完全にパニックになってしまった私は、思わず英語で応えてしまった。

「もしもし、樹里?」

 隆司さんの不安そうな声が聞こえる。

 しまった。まだメイクをしていない。

 いきなりアンナから樹里へと変われるわけではない。いつもはメイクをしながら、徐々に顔も心もを変化させていく。

「……うん。隆司?」

 私は樹里になりきれるかどうか自信がないが、とりあえず樹里の声を出してみる。

「誰かいるの? いま、英語が聞こえたけど……」

「誰もいないわ。寝ぼけてテレビのスイッチを入れちゃったのよ。その音声が聞こえたのかな。なんか英語番組やってるみたいなの」

 テレビをつけて音量を上げる。英語番組ではない情報番組の日本語が流れてくる。

「起きた?」

 気づかれるのではないかと内心焦ったが、隆司さんは気にした様子はない。

「うん……なんとか」

 あまり喋るとアンナの口調になってしまいそうになるので、どうしても歯切れが悪くなる。

「大丈夫? 相当具合悪そうだけど。今から行って、お医者さんに連れて行こうか? 救急のあるところなら見てくれると思うけど……」

「大丈夫。薬を飲んだからもう少しすれば、良くなると思うわ。それより絶対に迎えにきなさいよ」

 樹里の口調で喋ろうとして、高圧的な言い方になってしまう。

 こんな酷い言い方をしては隆司さんに失礼だわというアンナの心の声に必死に抗う。

「分かった」

 電話の切れる音がした。

 なんとか樹里になりきれていたのではないだろうかと、ホッとして息をつく。

 でも、隆司さんを怒らせてしまったかしら。


 ピンポーン。

 隆司が迎えに来たんだろうと思って、すぐにドアホンに出ようとした。だが、薬を飲んだのにまだ体がフラフラして時間がかかった。

「澤田だけど」

「見えてるわ。そこでもうちょっと待ってて」

 いちいち名前を言わなくてもドアホンにモニターが付いているということを知らないのかしら。

 玄関を出て、エレベーターに乗って1階に降りる。

 操作盤の前に隆司が情けなさそうな顔をして立っていた。

「行こう」

 カップルだということを隆司に少しでも自覚させようと思って手を取って歩いた。

「体調は良くなったの?」

 心配そうに私の顔を見た。私の体調を気にしてくれていたんだと思うと嬉しい。

 隆司は本当に優しい。

「薬が効いてきたみたい。さっきより調子はいいわ」

 私は甘えるように体を少し隆司の方に傾けてみた。

「そう。良かった。安心したよ」

「朝、起きられなくなることが、時々あるのよね。薬を飲んでも効きが悪いこともあるし」

「大変だね」

 隆司がそう言うと、私の方を見て大きく息を吸った。

「どうしたの?」

 何か変な匂いでもするのかなと思って、自分の制服の腕の部分を嗅いでみる。

「いい香りするね」

「ああ。ちょっと香水をつけているのよ」

 私はジャン・パトゥーというメーカーの香水が好きだ。

「香水?」

「そうよ」

「なんていう名前?」

「『ジョイ』よ。それより私をいつまで車道側を歩かせる気なの? 自分が車道側を歩いてか弱いレディを守ろうとは思わないの?」

 日本の男性は格好をつけるわりには、女性への気配りがまったく足りない。

「ああ、ごめん」

 隆司が慌てて私と場所を入れ替わった。

「隆司の家は朝はテレビを見てるの?」

「見てるけど……」

「わたしも朝はいつもは情報番組を見てるんだけど、今日、たまたまテレビ点けてたらニュースをやっていたのよ。もうチャンネルを変える気力もなかったからそのまま見てたんだけどさ。全然言っていることが分からないのよ」

 私の意図が分からないというような顔を隆司はしている。

「僕もそういうことよくあるよ。見ていて用語とか分からなくて父さんに聞いたりするけどね」

「そうだよね。でも、わたしってバカだからさ。それが沢山あるのよ。テストの成績も赤点ギリギリばっかりだし。カノジョがあんまりバカだったら恥ずかしいでしょう?」

「そうだね」

 どうせ私はバカですよ。でも、アンナの私は賢いんだからね。

「隆司の家は新聞を取っている?」

「取っているよ」

「隆司も読んでるの?」

「時々ね」

「毎朝、新聞を読んで、わたしに書いてあったことを話してよ。テレビ番組とかスポーツとかは、いらないからさ。政治とか経済とか社会面とかで、隆司が気になった記事のことを話してよ」

「ええー、時間が……」

「可愛いカノジョが頼んでいるんだから、それぐらいしてもいいんじゃない? 朝早く起きてるから暇でしょう? 新聞を読むぐらいそんな何時間もかからないでしょう?」

「分かったよ。僕が興味のある記事でいいんだよね」

「それでいいわ」

 昨日の帰りに隆司と話をしたときに気になることを聞いた。

 隆司は推薦で大学を受けるらしい。試験科目は小論文と面接。

 小論文の対策として国語の先生に見てもらっているそうだが、その先生は私の担任だ。悪い人間ではないのだろうが、凄くいい加減な性格をしている。

 出された課題を隆司は2日もかけて書いていると言う。試験は書く時間が決まっている。もちろん、隆司もそのことは当然知っているだろう。

 だが、その時間に合わせて書く練習をしておかないと時間をかけて書く癖がついてしまい、結論まで書けずに時間切れになってしまうという結果になりかねない。

 隆司のような真面目な性格だったら、少しでもいいものを書こうと思って、熟考してさらに何度も何度も推敲しているに決まっている。

 なるべく短時間で書いている内容を要約して自分の意見をまとめないといけない。

 時間をちゃんと計って書けと先生は言わないといけないのにおそらく言っていないのだろう。

 一緒に登校しているときに、それを隆司にやらせようと私は思っていた。

 そうしないと合格は覚束ないような気がする。もちろん、絶対合格するとは言えないが、しないよりした方がいいと思った。


 手を繋いだまま学校のすぐ近くまで来ると、心なしか登校してくる生徒たちが私たちを驚きの目で見ている。

 中には未確認生物でも見つけたような顔をしている者もいた。

 私はもっと見せつけてやりたくなって隆司と腕を組んで歩く。

 隆司は恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 生徒指導の先生がいつものように校門の前に立っていた。

「石野、珍しいな。今日は余裕じゃないか」

 先生も珍しいものを見るような目で私たちを見ていた。

「当たり前だよ。カレシが迎えにきてくれたんだもん」

 逃げ腰になっている隆司の腕を引き寄せて体をぴったりと密着させた。

「カレシ?」

 生徒指導の先生が訝しげに私と隆司の顔を見比べる。

「そうよ」

「澤田。お前、何か石野に弱みでも握られているのか?」

「いえ、別に」

 隆司が顔を引き攣らせて弱々しく首を振った。

 そんな顔をしたら、本当に私が脅かしているみたいじゃない。

「先生、どういう意味よ!!」

 私は決して隆司を脅かしてはいない。ほんの少しだけ引っ掛けただけだ。

「澤田、相談ならいつでも乗るぞ」

 先生がからかうような口調で言った。

「はい。その時はよろしくお願いします」

 隆司が嬉しそうに先生に向かって頭を下げている。

「ちょっと、私が隆司を脅かしているみたいじゃない。ちゃんと付き合ってるんだからね」

 私は大声で叫んだ。登校してくる生徒たちがビックリしたように私たちを見ている。

 まさかとは思うが、隆司のことを好きだというライバルが出てくるかもしれない。周りに付き合っていることを知ってもらった方がいい。

「ちょっと落ち着きなよ」

 隆司が私の腕を引っ張っる。

「ホント腹たつ。隆司も何よ。あの言い方。私が本当に脅しているみたいじゃない」

「ハハハハハ」

 隆司は誤魔化すように笑った。笑ったって誤魔化されないからね。

「明日も迎えにくるのよ。忘れたら怒るわよ」

 腹いせに隆司を睨みつけてやった。

「大丈夫。忘れないよ」

 隆司が顔を引き攣らせた。

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