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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
6/11

初めての昼食デート

 目覚まし時計のけたまましい音で目が覚めた。ナイトテーブルに手を伸ばして目覚ましを止める。

 時計の針は5時を指していた。

 頭がフラフラする。私は低血圧で朝は弱い。いつもは6時過ぎに起きるようにしているが、ときどき起きられないほど辛いこともある。

 だが、今日はお弁当を2人分作らないといけないので、今から作らないと学校に間に合わなくなると思った。

 ふらふらしながら薬を飲んで、下拵えをしたものを冷蔵庫から取り出して、食器棚から2段になっている花柄のついた青色のお弁当箱と1段で同柄のピンク色のお弁当箱を用意する。

 アンナである私はピンク色が好きだが、どう考えても樹里には似合わないので、いつもは青色のお弁当箱を持って行っている。

 しかし、隆司さんにピンク色の方をお渡しするわけにはいかないので、今日は樹里の分を詰めた。ピンク色の方が1段なので量は半分になる。隆司さんに大食いだと思われると恥ずかしいので量の少ない方がいいだろうなとも思った。

 夜中に下拵えをしておいたので、思っていたよりスムーズに調理が進んでいる。出来上がったものを順番にお弁当箱へ詰めていった。

 隆司さんのお弁当箱の1段目にチキンライス、2段目にはハンバーグ、スクランブルエッグ、きゅうりやレタス、トマトが入ったサラダ、リンゴなどを彩りも考えていきながら盛り付けていく。

 隆司さんに喜んでもらいたくて、いつもは白ごはんだが、今日はチキンライスにした。おかずもいつも持っていくお弁当よりも少し豪華にしている。

 自分では上手くできたとは思っているが、果たして隆司さんのお口に合うかしら。

『不味い」と言われたらどうしようと思いながら、2つのお弁当箱を色違いで可愛い水玉のついたハンカチを使ってそれぞれ包んだ。

 時計を見るとまだ6時。

 薬を飲んだが、まだ効いていないように感じる。低血圧の影響だけでなく、昨日はあまり眠られなかったこともあって頭がまだボーッとしているのかもしれない。30分だけ寝ようと思ってベッドに入った。

 いつもなら目覚ましをかけてから寝るのだが、すっかり忘れて寝入ってしまった。

 目を覚ましたら、もう7時30分を回っていた。

 樹里になるためのメイクには最低30分はかかる。調子が悪いときは、家から学校まで歩いて30分は必要である。急がないと間に合わない。

 慌てて飛び起きて洗面所に飛び込んだ。


 どうしてアンナはお弁当を作ろうなどと思いついたのだろう。

 樹里とアンナは同一人物だが、性格や考え方はまったく違う。だから、アンナのときの行動したことや考えたことは覚えているが、どうしてそういう考えや行動をしたのか私には理解ができない。

 隆司と昼食を食べるだけなら、わざわざお弁当を作らずに食堂で一緒に食べればいい。そうすれば、夜中の2時まで起きて下拵えをしなくてもよかったし、あんなに朝早く起きる必要もなかった。その上、目覚ましをかけ忘れるなんて最低だ。

 おかげで、頭がまだボーっとしている。

 走れば間に合うかもしれないけど、とても走られる状態じゃない。

 まったくいい迷惑だ。

 なんとか校門に着いた時は、8時30分を10分も過ぎていた。

「石野またお前か。いったい何回目だ」

 生活指導の先生が呆れたように私を見る。

「さあー、覚えてませーん」

 私は肩をすくめた。そんなこといちいち覚えていない。

「いい加減にしないと親を呼び出すぞ」

 先生が脅すように言った。

「はい。はい」

 軽い相づちをうって、教室に向かう。気にしていない風を装っているが、内心は不味いなと思っていた。

 遅刻が多いからといって、ママにアメリカからわざわざ来てもらうわけにはいかない。

 なんとかしないと。

 教室に入るとみんな席についていたが、先生はまだ来ていなかった。席に座ったままみんなお喋りをしている。私は友だちがいないので喋りかけてくる人はいない。

「また、カレシにお弁当を作ってきたの? 相変わらず熱いわね」

「しっ! 大きな声で言わないでよ」

 近くからそんな会話が聞こえてくる。なんとなく気になって聞き耳をたててしまう。

「いつもどこで食べているの?」

「テニスコートのところにベンチがあるでしょう。あそこよ。けっこうカップルが多いわよ」

「そうか。でも、そんなにベンチ多くないんじゃない」

「だから、取り合い。チャイムが鳴ったらダッシュするの」

「へえ〜。大変だね」

 その会話を聞いてお弁当を作ったはいいけど、どこで食べるか考えていないことに思い当たった。

 そうか。テニスコートのベンチか。いいことを聞いた。


 午前中の授業が終わり昼休みになった。急いで隆司のクラスの後ろのドアから入る。なんだかクラス中から見られているような気がするが、気にしないことにした。

「お弁当作ってきたから一緒に食べよう。隆司の分も作ってきたから」

 馬鹿みたいに私の顔を見ている隆司の手を引っ張った。

「何してるのよ。行くわよ。早く行かないと取られちゃうわ。サッサっと歩きなさいよ」

 隆司を引っ張って歩く私の顔を見て廊下を歩いていた子たちが道を開けてくれる。モーゼになったような気分だ。

「どこ行くの?」

「いいから」

 応えているひまはない。

 テニスコートの金網の外にはいくつかベンチがあり、朝の話どおりもうカップルたちが座って食べている。

 幸い一つだけ空いていたベンチに隆司を座らせる。

「何してるの? 普通女性がベンチに座ろうとしてたら直接座らせるようなことはしないでしょう。ハンカチぐらい敷いてくれたらどうなの」

 こんな汚れているかもしれないベンチにレディーを直に座らせるつもりか。まったく気が効かない。

「あっ、そうか」

 隆司がハンカチを出して敷く。私はゆっくり座った。

「はい。これ、隆司のお弁当」

「ありがとう」

 隆司がお弁当箱を開けて、箸を持ったまま私の顔を見て何か疑っているような目で見ている。

 ひょっとして、私が毒でも入れていると思っているのか。

「何も入れてないわよ」

 私が食べるのを見て、隆司もようやく箸をつけた。

「美味しい」

 隆司が嬉しそうな顔をする。

「そう、よかったわ。口に合ったみたいで」

 私が作ったから当たり前だ。『不味い』って言ったら殴ってやろうかと思っていた。

「全部美味しいんだけど、このチキンライスが特に美味しい。すごいよ」

「当たり前でしょう。私が作ったんだから」

「石野さんが……」

「石野さん? 今度そう呼んだらグーパンチ」

 名前で呼ぶように言ったのに、どうしてわざわざ苗字で呼ぶんだろう。

「……い、じゃない。じゅ、樹里がこんなに料理が上手なんて知らなかった。誰に習ったの?」

「ママよ。ママは料理上手なの」

 ママは料理がすごく上手い。私なんか足元にも及ばない。

「そうなんだ。このお弁当もお母さんと一緒に作ったの?」

「違うわよ。私が一人で作ったって言っているじゃない。今、一人暮らしなんだから」

「へえ、樹里って一人暮らしなんだ」

「そうよ。ちょっとワケがあってね。家族とは別に暮らしているの」

 思わず隆司から目を逸らした。

「そうなんだ……だからか」

「何よ。だからって」

「誰も起こしてくれないからよく遅刻するんだ。でも、遅刻はよくないよ」

 どうして、私が遅刻が多いっていうことを知っているのかしら。誰からか聞いたのかな。

「それもあるけど、低血圧なの。だから、朝はなかなか起きれないの」

「低血圧?」

 隆司が信じられないような顔をする。失礼な奴だ。

「低血圧になるのは、か弱いお嬢様だけじゃあないわよ」

 そのとき、私はいいことを思いついた。

「朝、起きるのは早いの?」

「うん。5時には起きてるよ」

「5時? そんなに早く起きて何してるの?」

「勉強だよ」

 そんなに朝早く起きて勉強しているんだ。やっぱり、隆司は真面目だ。

「だったら6時に私に電話して。私が出るまで鳴らし続けてね」

「えー、どうして? 目覚ましかけていたら大丈夫じゃないの?」

「目覚ましで起きられたら、遅刻なんかしないわよ。カレシのモーニングコールで起こされたら、起きれるんじゃないかと思って。それぐらいいいでしょう。電話するぐらい、そんなに時間はかからないでしょう。カノジョがこんなに頼んでるんだから」

「分かった」

 最初はイヤそうだったが、しつこく言うと渋々という感じで隆司が頷いた。

「それから朝迎えに来て。そうしたら、絶対に遅刻しないと思うから。遅刻は悪いことなんでしょう。カノジョが悪いことをしないようにするのもカレシの役目だよね」

 朝、一緒に登校すれば、もっとカレシ、カノジョという感じになるだろうし、隆司のことも色々聞ける。一石二鳥だ。

「樹里の家って、チイちゃんと同じマンションだよね。あの時、僕に声をかけてきたのは樹里だよね」

チイちゃんはわたしと同じマンションに住んでいる3歳の女の子でお母さんと二人で暮らしている。

 お母さんはシングルマザーで、マンガ家をしているらしく夜遅くまで描いていているらしい。

 ときどき、お母さんは疲れ果てて寝落ちしてしまい、玄関の鍵を閉め忘れるそうだ。

 早く目が覚めたチイちゃんはお母さんが寝ているので、寂しくなって一人で外に出てしまう。

 わたしも二、三度チイちゃんを部屋まで送り届けたことがある。

 低血圧のため朝起きることができず、遅刻寸前の時間にマンションの玄関から出ようすると、隆司がチイちゃんを抱いて所在なげに立っていた。

 写真を見たり学校で何度も盗み見て隆司の顔を覚えていたので、前からの知り合いのような気がして、「大変ね」と、思わず声をかけてしまった。

 そいえば、あのとき隆司も遅刻していたな。きっとチイちゃんを送っていて、遅れたんだろう。

 それでわたしの遅刻のことも知っているのか。

「そうよ。部屋番号は帰りに教えるわ。今日のお弁当はモーニングコールと迎えにきてくれるお礼の前払いということで、これからも作ってあげるから」

 これで昼も話ができる。たくさんの情報が聞けるはずだ。

「樹里の家はお金持ちなんだね」

「どうして?」

「あのマンションは家賃がすごい高いって母さんが言ってたんだ」

「パパが無理して借りたの。娘のことが心配で無理しているだけよ」

 安くはないとは思ってたけどそんなに高いとは知らなかった。パパが勝手に契約していたから家賃のこととかは知らない。

「いいお父さんだね」

「それよりちゃんと明日から迎えに来てよ」

「うん。分かったよ」

 うまくいった。私は心の中でガッツポーズをした。



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