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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
5/11

樹里という女子

 わたしは自分の電話番号とメールアドレスを教えるつもりで、隆司に電話をしたが、誰も出ない。留守電にもならない。

 ため息をついて電話を切った。

 ソファに座って、テレビを見ていたがだんだんイライラしてくる。いつものようにメイクを落としたくなった。だが、隆司に連絡をしないことには落とせない。

 メイクを落としてしまったら、わたしは石野樹里ではなくなり、アンナ・ジュリー・タカツに戻ってしまう。声も変わってしまうし、性格も変わってしまう。

 石野樹里でいるためにはメイクは必須アイテムだ。メイクをすることによって、石野樹里という女子になれる。

 このままでいるしかないが、何度も電話やメールをしているのにいまだになんの応答もない。

 知らない番号だから用心しているのかもしれないが、電話すると言っといたのだから、普通はわたしからだと気づいてかけ直してくるだろう。

 もうそろそろ7時を回りそうだ。

いつもはお風呂に入ってメイクを落として、アンナに戻ってから夕食を食べるのだが、今日は仕方ない。先に夕食を食べることにして、準備を始める。

 ママはわたしたち家族だけでなく、牧場で働いている人たちの昼食を作ったり、牧場の手伝いをしたりしていたので凄く忙しかった。だから、わたしはママの手伝いをよくしていたので料理は得意だ。

 食べているときに電話がかかってくると、困るので簡単に食べられるチャーハンを作った。

 ルージュをつけたまま食べるとルージュも一緒に食べているような気持ちが悪い。ルージュだけは拭き取った。

 ご飯を食べ終わっても、まだ電話がかかってこない。

一体、隆司はなにをしているのだろう。ひょっとして、電話番号やメールアドレスを間違えて他の人にしたのではないかと思って、何度も見直したが間違えていない。

 隆司はわたしのことが嫌いだ。話をするのが嫌で無視をしているのだろうか。

隆司なら嫌いな相手でもかけ直してくると思ったが、見当はずれかもしれない。

 宿題をしたりテレビを見たりして待ったが、やはりかかってこない。

 もう11時だ。そろそろお風呂に入って寝ないと、明日の朝は起きれなくなってしまう。

 仕方ない。もうメイクを落として寝よう。明日、隆司のクラスに怒鳴り込みに行ってやる。


 洗面所に行こうと立ち上がりかけたとき、携帯が鳴った。

 画面には『澤田』と文字が出ている。

「もしもし」

 思わず不機嫌な声を出してしまう。何をグズグズしていたんだろう。

「電話もらったみたいだけど……」

「メール届いた?」

「うん。届いている」

「届いたら届いたって電話をくれるか、メールを送ってくれるのが当たり前じゃないの」

 この男はそんな常識もないのか。腹が立っているので声も自然に大きくなる。

「ごめん。スマホを部屋に置いていたから、気づかなかったんだ」

 隆司の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 そんな言い訳が信じられるわけがない。わたしのことが嫌いだから無視していたに違いない。

「連絡がないから、隆司が書き間違えて、違う人にメールを送ったり、電話をかけたりしたんじゃないかと思って心配になったじゃない」

 精一杯の嫌味を言ってやる。さんざんわたしを待たせた罰だ。

「ごめん」

「それから、どうして今日、先に帰るの? わたしは隆司のカノジョだよね? 普通はカノジョが当番終わるまで待って一緒に帰ろうとか思うでしょう?」

 アメリカでは付き合っている男女はいつも引っ付いて歩いていた。もし、相手に用事があって帰りが遅くなりそうでも、当然のように終わるまで待っていた。

特に男がガールフレンドを残して一人でさっさと帰るなんて見たことも聞いたこともない。

「ごめん。女の子と付き合ったことがなかったから、そういうこと分からなかったんだ」

「ハアー」

 どこまで真面目なんだろう。モテないことを自分から言うなんて馬鹿正直な男だ。

 だが、隆司が待っていたら英心の子と鉢合わせになって大変なことになっていただろう。どう見ても喧嘩が強そうには見えない。足手まといになっていたかもしれない。

 今日は待っていてくれなくてよかったのだろう。

「付き合ったことがなくてもそれぐらいちょっと考えれば分かるでしょ。わたし、ずっと隆司が来るのを待ってたんだよ」

 ちょっと嘘をついた。わたしも隆司のことなんかまったく頭になかった。

「ごめん。石野さんが嫌がらせで付き合うって言ってたから。そこまで深く考えてなかった」

「嫌がらせだろうが、なんだろうが、カノジョであることには間違いないんでしょう」

 そんなこと言ったかな。あのときはその場の雰囲気で喋っていたからよく覚えていない。

「そうだね」

「明日からは一緒に帰るからね」

「うん。分かったよ。ごめんね。石野さん」

「それから、石野さんはやめて。付き合ってるんだから樹里でいいよ」

 付き合っていたら、お互いにファーストネームで呼び合うのが普通だ。だからわたしは『隆司』ではなく、『隆司』と呼んでいる。

「ええーっ、でも……」

「いいから、呼んで。隆司」

「じゅ、樹里……さん」

「『さん』はいらない。もう一回言って」

 なぜ敬称を付けて呼ぶのか理解ができない。日本では恋人同士でも敬称を付けて呼ぶのだろうか。

「樹里」

「それでいいわ。隆司はお昼はどうしてるの?」

 やっぱり、付き合っているのならお昼ご飯はぐらいは一緒に食べるのが普通だろう。

「食堂で食べてるよ」

「そうなんだ。じゃあ、おやすみ。隆司」

「おやすみ。樹里」

 わたしは電話を切った。ようやく、メイクを落とせる。隆司のおかげでずいぶん遅くなってしまった。

 洗面所に行き、メイクを落として顔を洗った。

 鏡を見ると、彫りの深い大きな目の唇のふっくらとした樹里の顔から切れ長のやや細い目、鼻筋は通っているが、凹凸の少ない、薄い唇のおちょぼ口のアンナの顔になっていた。


 メイクを落としてアンナに戻ると、今日一日あったことが頭の中に甦ってきた。

 体や髪を洗いながら、樹里であったときに自分がしでかしたたことを考える。

 今日の占いは女の人に気をつけるようにだったのかしら。いつもはテレビでやっている占いを見て出かけることにしているが、今日は遅刻しそうだったので見逃してしまった。

 お昼休みに白石さんに文句を言われ、放課後は英心女子学院の方と喧嘩をしてしまった。きっと、女難の相が出ていたはずだ。

 それにしても樹里になるとどうしても喧嘩早くなってしまう。

白石さんたちは気を悪くしてしまったんじゃないかしら。

 明日、謝りに行った方がいいわよね。お詫びに何か持って行ったほうがいいかしら。何がお好きなのかお聞きしなくてわ。

 英心女子学院の方々にはずいぶん酷いことをしてしまった。

 もともと樹里が考えもなしに男子に隆司さんのことを聞き回って、言われるがままについて行くから相手に勘違いされたに違いない。責任の一端は樹里にもある。

 英心の方々のお怪我は大丈夫だったかしら。入院されていたらどうしましょう。お見舞いに行った方がいいわよね。

 ご連絡先をお聞きしとけばよかった。

治療費はあれで足りたのかしら。きっと足りなかったら何か言ってこられるわよね。そのときにでもお加減も聞きましょう。

 でも、今日はいいこともあった。

 隆司さんとお話ができたこと。

ずっと、なんとかお話ができないかと思っていただけに凄く嬉しかった。

隆司さんの声は想像していたよりも優しいかった。

 口の悪い樹里にも怒らないで相手をしてくれた。みんなから聞いていたように本当に優しい方に違いない。

 まだ一度しかお話をしていないので絶対という確信までは持てないが、隆司さんなら結婚しても自分のことを大切にしてくれそうな気がする。

 隆司さんの性格だったら、樹里のような子と付き合うのはきっと嫌だったに違いない。無理して付き合ってくれるのだろう。

 お父様がお考えだったように、アンナとして会った方がよかったのではないのかと考える。

 でも、樹里として会ったのだから、今さらアンナとして会うわけにはいかない。そんなことをしたら、どうして樹里に化けていたのか理由を聞かれるに決まっている。

 高校にいる間は樹里として会うしかない。

 せめて少しでも樹里のことを好きになってもらえるように隆司さんに喜んでもらえるようなことをして差し上げればいいのではかと思いついた。

 何をすれば隆司さんに喜んでもらえるのか考えていると、お昼は食堂で食べているとおっしゃていたのを思い出した。

 それなら、わたしがお弁当を作って、お持ちしたら喜んでいただけるかもしれない。

 お風呂から上がると手早く髪の毛を乾かして、すぐにパソコンで男子高校生が喜びそうな料理を検索し、その中から自分が作ることができそうな献立を考えていく。

 隆司さんの電話を待っていたので、時間がかなり遅くなったが、せめて下拵えだけでもしておかないと明日の朝に作り始めたのでは間に合いそうにもない。

 隆司さんが喜んでくれる顔を想像しながら、用意をしていたら時間が気にならなくなり夢中になってしまい、気がついたら夜中の2時になっていた。

 これ以上遅くなったら、とても朝起きれる自信がない。遅刻しては大変だ。

 わたしは大慌てで片付けをすると、目覚まし時計をセットして寝床に入った。






 

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