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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
2/11

他校の生徒に囲まれて

 放課後、鞄を持って図書室へ行くと澤田君はいなかった。

 てっきり、澤田君が説明してくれると思って期待していたのに。

 閲覧室には誰も座っておらず、カウンターの中に、黒縁の眼鏡をかけた三つ編みの1年生の女の子が下を向いて座っていた。

「今日、図書当番だと言われたんだけど」

 その女の子はわたしの顔を見上げると、すぐに椅子から立ち上がった。

「1年B組の早瀬恵子です。よろしくお願いします」

 頭をこれ以上下げられないというぐらい深く頭を下げている。

「あっ、うん。3年D組の石野よ。よろしくね」

 何かすごい顔が引き攣っているんだけど、この子に何かしたのかな。記憶にないけど。

 見た目が怖そうだから仕方ないか。

 わたしは明るい栗色に髪を染め、ばっちりメイクをしてスカートもかなり短くつめている。見た目はヤンキーそのものだ。

 だが、わたしは決してヤンキーではない。色々事情があってこういう格好をしているだけだ。

 もっとも、クラスメイトは性格もヤンキーそのものだと思っているようだが。

 早瀬さんは頭を下げたまま固まって動かない。

「どうすればいい?」

「そ、そうですね。カウンターの中に入ってここに座ってください」

 早瀬さんがやっと頭を上げて、隣の席を指さす。

 隣に座ると、早瀬さんは貸出し図書と返却図書のパソコンでの処理の仕方を教えてくれた。

 説明を聞いたら大体やり方は分かった。

「じゃあ、戻ってきた本は後ろのワゴンに入れて、最後に本棚に戻しに行けばいいのね」

「はい、そうです。図書室が使えるのは4時半までですから、そのあと返却された本を戻して終わりです」

 早瀬さんが初めてにっこりした。笑うと、可愛い顔をしている。

「分かったわ」

 返却があって、まだ未処理で積んであった本を教わったとおりに処理していく。

 しばらくすると、司書の先生がどこからか戻ってきた。

「あなたが石野さん?」

 わたしを見てニッコリする。40歳ぐらいだろうか。ショートヘアのサバサバした感じの先生だ。

「はい」

「これからお願いね」

「よろしくお願いします」

「もう早瀬さんから仕事内容を聞いた?」

「聞きました」

「何か分からないことがあったら、私か早瀬さんに聞いてね」

「分かりました」

 先生はカウンターの奥の席に座って何か作業を始めた。先生も早瀬さんも、なぜ今まで来なかったとか聞きもしないし責めもしない。

 いい人たちだなあと思った。

 放課後には、そんなに人は来ないだろうと予想していたが、途切れ途切れだが先生や生徒が借りに来たり返しに来たりする。

 それに加えて、閲覧室で勉強をしている人や本を読んだり調べものをしたりしに来る人も数人だがいた。その中には、本の検索を頼みに来る人もいる。

 閲覧室には検索用のパソコンは置いておらず、図書委員が使っているパソコンで検索しなければいけない。

 思っていたより忙しい。それを今まで早瀬さん一人でやってもらっていたと思うとなんだか申し訳ない気になってくる。

 4時半になると、閲覧室には誰もいなくなった。

 早瀬さんと協力して返却のあった本を棚に戻すと、司書の先生に許可をもらって早瀬さんと一緒に図書室を出た。


「けっこう忙しいのね」

 やや後ろを歩いている早瀬さんを見た。

「そうですね。でも、閲覧している人も返却されてきた本も今日はまだ少ない方ですよ」

「そうなの。ごめんね。そんなに忙しいのに今まで一人でやってもらって」

「仕方ないですよ。先輩、当番のこと知らなかったんですよね。委員長から聞きました」

「そうだけどね……」

 今まで年下の子と喋ったことがなかったので、『先輩』と言われるとなんだかくすぐったい。

「それに、司書の先生が手伝ってくれていたので、そんなに大変ではなかったです」

「本当にごめんね」

 先生が説明に来てくれると言っても誰かに聞いとけばよかったと少し後悔した。

 もっとも、前任の図書委員の人は休学しているし、クラスの人には好かれていないから誰に聞いたら教えてもらえるのか分からなかったけど。

「なんとも思っていませんから気にしないでください。でも、これからはちゃんと来てくださいね」

「うん。大丈夫だよ」

 そんな話をしながら校門を出た。

 校門の左手少し離れたところに、うちの学校のブレザーの制服と明らかに違う水色のセーラー服を着た3、4人の女子がたむろしていた。全員が金髪でわたしよりも派手なメイクをしている。

 なぜか凄みのある目でこちらを睨んでいた。見るからにヤンチャそうだ。

 早瀬さんの顔が泣きそうになった。左に行けば駅がある。おそらく早瀬さんは電車通学なんだろう。

 背がわたしの胸ぐらいしかなく体も細くて色白のいかにもお嬢様という感じの早瀬さんはああいうタイプの人間とほとんど接触したことはないだろう。少なくともうちの学校の生徒にはいない。

 あの女子たちの前を通るのは怖いのだろう。

「先に行って。たぶん、早瀬さんには何もしないわ」

 とても早瀬さんに用事があるとは思えない。もしあるとすれば、わたしの方だろう。

 わたしは校門前の横断歩道を渡って帰るのだが、早瀬さん一人であの子たちの前を通らせるのは可哀想なのでついていくことにする。

「あの人たち、英心えいしん女子学園の人たちですよ」

 英心女子学園には、とても元気な生徒が多いということは聞いたことがある。

「誰か先生を呼んできます」

 学校の方へ戻ろうとする早瀬さんの腕を掴んだ。

「大丈夫だから、先に帰って」

「でも……」

「本当に大丈夫だから」

 わたしがニッコリ笑うと早瀬さんは渋々という感じで頷いて、先に歩きだす。

 早瀬さんとなるべく距離が離れるようにゆっくりと歩いた。

 英心の子たちの前を通るとき、早瀬さんは目を合わせないように下を向いて通り過ぎていった。女の子たちはチラッと早瀬さんを見たが、やはり何も声をかけない。

 早瀬さんが十分離れたのを確認してから、ぶらぶら歩きながら英心の子たちの前を通る。

「ちょっと、あんた石野樹里?」

 頭の悪そうな気の抜けた声が聞こえてきた。

「だったら?」

 彼女たちの顔をじっくりと見た。黒、青、緑、紫という気持ちの悪い色のリップを塗っているので唇ばかりに目がいってしまう。

「ちょっと話があるからツラ貸しな」

 青い口の女が目を細めて言った。

 ここで騒ぎを起こしたら、すぐに学校に知られてしまう。後で、面倒くさいことになるのも嫌だ。

 黙ってついていくことにした。わたしの周りを4人が取り囲んで歩く。


 4人に誘導されるようにしばらく歩いて、人気ひとけのない駐車場の建物の中に入って行った。

「あんた、あきらを取ったでしょう」

 青い口が動いて、喚き声が聞こえてくる。

「明?」

 わたしは首を捻った。その名前にまったく記憶がない。

「なに首を捻ってんのよ。進藤明よ」

 フルネームを聞いてもまったく心当たりがなかった。たぶん、澤田君のことを知りたくて、中学の時の同級生だったという男子に聞き回ったからその中の一人にいたのかもしれない。

「付き合ってないけど……」

「嘘言うんじゃないわよ。明があんたと付き合うから、別れるって言ったんだからね」

「別に、わたしは付き合ってないわよ。あなたが振られただけじゃないの?」

 うちの学校にはワルはいない。ただ、チャラ男はいる。明っていうチャラ男が、この青口女と付き合うのがいやになってわたしの名前を勝手に使って振ったのだろう。

 いい迷惑だ。

「人のカレシを取っておいて勝手なこと言ってるんじゃないわよ」

 後ろにいた緑口女がいきなり殴りかかってくる気配がした。

 わたしは振り向かずに持っていた鞄を下に落とし、体を沈めて緑口女のパンチをかわして水月すいげつに肘を思いっきり叩き込んだ。

「ぐえっ」と呻いて、緑口女が体を折り曲げた。

 下がってきた顔に右拳の裏打ちを食らわす。

 緑口女はそのまま後ろ向きに倒れる。

「涼子。くそー」

 今度は紫口女のパンチが顔面めがけて飛んでくる。

 横受けをして、相手の間合いの中に入り、鼻を掌底で打ち砕いて脇腹に回し蹴りを入れた。

「ギャアー」

 紫口女は鼻血を出しながら、脇腹を押さえて倒れ込んだ。

「空手を使うのね」

 腕を組んでじっと見ていた黒口女がゆっくりと動いた。4人の中では一番強そうだ。

 黒口女がボクシングの構えをすると、間髪入れずに左のジャブを出してきた。

 ボクシングを相手にするときに、まっすぐ下がるのはまずい。コンビネーションの餌食になってしまう。左手で掛受けをしながら、右斜め後ろに下がった。

 その瞬間、左のミドルキックが水月を守る右肘に当たった。

 すぐに、左ジャブ、右ストレート、左ハイキック、右ミドルキック、左ハイキックと連続で飛んでくる。受けと体捌きで相手の攻撃をかわしながら、なんとか相手の間合いから距離を取った。

 キックボクシングだったか。

 兄はキックボクシングをやっていて、ハイスクールのときに州代表で全米大会に出たことがある。

 兄に家でスパーリングの相手をよくさせられた。だいたい相手の攻撃は読めた。

 たぶん、フィニッシュはハイキックか膝でくるだろう。

 距離を一気に縮めるように、足のバネを使って黒口女の右飛び膝蹴りが顔面に向かって飛んできた。

 体を左に捌いてよけたが、少し体勢がくずれてしまう。

 黒口女は間髪入れずに、左ジャブ、右ストレートのコンビネーションを放ってくる。

(フィニッシュは右ハイがくる)

 なんとか体勢を戻して受けると、右のハイキックが予想した通りにきた。

 横受けでハイキックを受け止めて、体を捻り相手の重心のかかっている左膝関節を右足底で蹴った。

「うああー」

 グキッ。

 関節が鳴る音がして、黒口女は後ろ向きに倒れると左膝を抱えて転げ回った。

「美沙子さん。く、クソー」

 一人になった青口女はスカートのポケットの中に入れていた右手を出した。手にはナイフが握られている。

 青口女はわたしの腹部を目がげて腕を突き出してきた。

 下段受けで青口女の手首を激しく打って、ナイフを手から飛ばすと右上段蹴りで顎先を捉えた。

「うぎゃあー」

 横に体が飛んで仰向けに倒れた青口女のお腹の上に馬乗りになって何度も往復ビンタを食らわす。

「もうやめてえー、謝るから、いやあー」

 青口女は泣き叫んだ。頬が赤く腫れ上がっているところに、さらに平手打ちをした。

「二度と顔を見せるな。今度その顔を見たら顔が二度と見られないぐらい腫れるまで許さないからね」

 青口女は涙を流し、唇の端から血を流しながら何度も頷いた。

 お腹の上からのいて、鞄を取りに行った。鞄から財布を取り出して1万円札を4枚抜き、今まで乗っていたお腹の上に置いた。

「4人分の治療費」

 わたしは倒れている4人をそのまま残して駐車場を出た。


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