序章
”幸せになりなさい
そしてできるなら、誰かを幸せにしてあげなさい”
「ちょっと、聞いてますか? 隊長」
私はハッと我に返り、私に呼びかける部下の顔を見た。
「ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
「へぇ~めずらしいですね。隊長が考え事なんて」
彼は意外そうな顔をして言った。
「帝国最強の姫騎士とうたわれたあなたが考え事なんて……
まさか! 恋の悩みとか!?」
「違うわよ。勝手に変な想像しないで。
それに姫騎士は恥ずかしいからやめてってば」
「何言ってんすか!帝国一の美人でスタイル抜群!
美しく蒼い瞳の戦乙女に恋バナの一つや二つ……」
「や・め・て・よ・ね?」(にっこり)
「あ……すんません。つい……」
彼はきまりが悪そうに頭をかいて謝った。
まったく、と私はあきれたため息をつきながら言った。
彼はこういった話題に目がない。
「話が逸れてしまったけれど、何の話だったかしら」
「おっと! そうだった! 民族解放軍の奴らのことですよ!
連中、マクシスへの奇襲攻撃を計画していたらしい」
マクシスは帝国にとって重要な貿易港のある港町だ。
マクシスには大規模な帝国軍や防衛設備が配備されており、
彼らが手も足も出ないのは明らかだった。
「こちらの被害は?」
「被害を受ける前に、うちの隠密部隊が奴らのアジトを叩き潰したって話です。
奴らの情報は筒抜けだったわけだ。
ちなみに今、別働隊がほかのアジトの捜索や残党狩りの真っ最中らしいです。」
まぁ、うちの密偵は優秀ですからね、と彼は続けた。
「それにしてもひどい話ですよ。
アジトはどうやら帝国領内の難民キャンプでカモフラージュされてたらしく、
何の関係もない難民の女子供も巻き添えにされて大勢犠牲者が出たとか。」
「そう……」
私は目を伏せてポツリとつぶやいた。
私たちの住む大陸は大きく分けて5つの国家に分けられる。
北は山脈が連なる寒冷の土地で、
様々な先住民族が独自の国家を築いている。
強力な軍事兵器や魔術師が存在し
現在帝国とは軍事同盟を結んでいる。
西はエルフやドワーフといった古来種が森に囲まれた文明を築いており、
他種族に対して差別意識を持つものが多いためか、
今もなお鎖国政策を続けている。
南は獣人によって統治された大国が存在する。
現在帝国とは和平を結び、表面上は交易関係にあるが、
互いに人種差別意識が根強く残っているため、
何が発端で戦争が再び起きるかわからない状態である。
東は上級魔族が統治する王国が存在するという話だが、
詳細は分かっておらず、魔物がはびこる悪魔の地となっている。
帝国側は多くの兵を派遣し調査に向かわしたが、
誰一人として故郷の地を再び踏む者はいなかった。
そして最後に私たち帝国は大陸の中央に位置し、
大陸全土の約半分ほどの広大な領土を保有している。
加えて魔法や医療といった様々な技術が文明を急速に発展させ、
帝国は今まさに繁栄の時を迎えようとしている。
しかし、その歴史は戦争と血にまみれている。
今回の一件、民族解放軍は、
戦争の火種であった帝国に強い恨みを持つ過激派集団の一派で、
一部のエルフやドワーフ、
獣人や帝国国民ですらこの軍団に参加しているといわれている。
その多くが誤ったイデオロギーや先入観を持ち、
リーダーたる人物たちに触発された若者たちだ。
彼らは皆貧しく、将来の夢や希望を持てないまま散っていく。
帝国に敵わないとわかっていても、だ。
「どう考えたって帝国には勝てっこないのに、
連中なんで降伏しないんですかねぇ……
戦争なんて何世代も前の話なのに、何にとらわれてるんだか」
「そうね……」
私はそう答えることしかできなかった。
きっと彼らは降伏しないのではない、降伏できないのだ。
戦うこと以外、何をしたらいいかわからないから。
夢や希望を持つことをあきらめてしまっているから。
「アラン、私……」
「アラン副隊長ー! アリシア様ー!
もうすぐ定例会議がはじまりますよー!」
女性新兵のモイラは、私たちのいる休憩室の入り口から
ひょいっと顔をのぞかせてそう伝えると、
バタバタと忙しそうに去って行った。
「おっと、もうそんな時間か。
それじゃ隊長、自分は先に行って待ってますんで」
アランはスッと椅子から立ち上がると、
休憩室から出ていった。
私は誰もいない休憩室で、
ひとり呟くように言った。
「誰かを幸せに……か……」
窓の外から流れ込んでくる風が心地いい。
夕日で髪が透けて、ブロンドの髪が
黄金の稲穂のようにキラキラと輝いた。
あの人が美しいと言ってくれた自慢の髪だ。
昔はぼろぼろで黒くほこりかぶっていた髪だ。
窓の外をのぞくと町は多くの人でにぎわっていた。
忙しそうにお仕事をしている兵隊さん。
元気いっぱいに商売をする定員さん。
お母さんと一緒に手をつないで歩く女の子。
あたしがたくさんの魔物から守ってきた人たちだ。
ふと、道のわきに座って物乞いをする小さな男の子が見えた。
何をするわけでもなく、ただじっと誰かがお金を恵んでくれるのを待っている。
その姿は町のにぎやかさとは裏腹に、あまりにもみじめで、孤独だった。
ねぇ先生、あたし、つよくなったよ。
まほうはまだまだだけど、
剣のうではもう先生よりスゴイかも。
いろんな人たちを悪いまものから守ってあげて
みんなから、ありがとうって喜んでもらえたんだ。
あたし、みんなの笑顔にかこまれて、
心の底からうれしかったんだ。
あたし、夢をかなえたんだよ、先生。
ねぇ、先生……
「あたし、本当にこのままでいいのかな……」
私の言葉は虚しく、窓の外から聞こえる
町の喧騒に呑み込まれていった。
このおはなしは、あたしと先生が
人生の本当の意味をさがすものがたり
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