シュトルーデン
なろう系勇者って、縦村さんみたいなキャラかもしれないわ。
私は、昔を思い出しながらぼんやりノートにいたずら書きをする。
勇者とは、誰ともなくヒーローを称賛する言葉。
なーんて、叔父さんが少し格好つけて話していたのを思い出して笑う。
昔のファンタジーでは、『勇者』なんて、誰かに言われたら、言われた本人が恐縮していたけど、いまのファンタジーでは『職業』になっている。
ついでに、勇者は性格が悪い。
で、なろう系の主人公をバカにして仲間から追放するのだそうだ。
大概、はじめにこれがあるので、なろうファンタジーの約束事が分からないと混乱する。
「え?どうしたの?ちょっとのケンカで仲間はずれなんて…もう少し話し合いを…」
なんて、良く行く食堂のおばちゃんが相談にのったりもする事なく、主人公は追放される。
はじめは、奈津子が勇者のイメージだったけれど、奈津子は、あれで心配性で優しいところがあるし、違和感があった。
が、すかした感じで、人のなかをすり抜けて行く様な縦村なら、イメージが近い気がした。
フードコートで偶然会ったときも、なんか、気取っていた。
「スミレさん…だよね?こんにちは。」
と、縦村は隣の雄二郎より先に私に声をかけてきた。
「あっ。」
雄二郎に見上げられて気がついたように縦村が雄二郎に挨拶をする。
「どうも、高田さん。買い物ですか?」
縦村は気さくに雄二郎に声をかけて、返事を待たずにカウンター席の私の隣に座った。
「あっ…はぁ。」
と、雄二郎が嬉しそうに呻きならがら返事を考えているのを背中に感じながら、私は、縦村の維持の悪さに困惑する。
「ええ。そこで偶然、高田さんを見かけたんです。」
ほほっと、笑いさりげなく雄二郎に会話のトスをあげる。
さあ、頑張って話なさいよ。大好きな縦村さんと!
私は、なんだか、中学時代のバレンタイン前の雰囲気を思い出してる自分に混乱しながら雄二郎を応援する。
「あ、うん。職安の帰りにただのお茶を飲んでいたら、スミレさんがコーヒーを奢ってくれたんだ。
パン屋のスタンプカードで。」
雄二郎は屈託なくそう言った。
げっ…(°∇°;)
私は、あまりにも素直な雄二郎の台詞に困惑する。職安とか、パン屋のスタンプカードの話なんてしなきゃいいのに。と、少し恥ずかしくなる。
が、縦村も平気で話を繋ぐ。
「職安ですか…いい仕事見つかりました?」
「無かったね。」
「そうですか、俺もなんか、仕事の話があったら回しますよ。」
縦村は軽快にそう言って、そのまま私との会話にシフトする。
「スミレさんの家は、麻婆豆腐ですか?」
縦村は、私のショッピングバックから除いていた麻婆豆腐の素を見つけて話しかけてくる。
「ええ。豆腐が安かったから。」
と、適当に話を合わせながら、カウンター席の私の右隣の雄二郎を気にかける。
雄二郎は、楽しそうに私達を見ていて、会話に参加する気は無いようだ。
「豆腐、安いんですか。じゃあ、俺も豆腐を買って帰ろうかな?」
縦村は屈託なく笑う。奈津子が縦村が独身だと言ってたことを思い出した。
「自炊…するんですね。」
私は、縦村に探りをいれる。奈津子の近くの独身男性は気になる。
「自炊…って、冷奴くらいは作りますよ。
でも、俺、面倒くさがりだから、料理とか適当ですよ。スミレさんは、料理とか上手そうだし、旦那さんが羨ましいですよ。」
縦村は爽やかに整った白い歯を見せて笑う。
その姿は、少し、古くさい感じもするけど…でも、やはり、ハンサムなのは認めずにはいられない。
「じゃあ、召し上がります?今週、みんなでフリマに行くんです。
私、皆のお弁当を作るんですよ。
縦村さんが来てくださるなら、自作のドライフルーツを使って、シュトルーデンでも作ろうかしら?」
私は、右隣の雄二郎を意識しながら、わざと雄二郎が気になるような食品で気をひく。
そう、今は、縦村より、雄二郎をフリマに参加させて、怪しげな都市伝説の噂を終わりにするのが先なのだ。
が、意外なことに、シュトルーデンで、縦村の方が反応する。
「いいですね。俺、好きなんです。
昔、神田に美味しいパン屋があって、そこのシュトルーデンは絶品だったなぁ。」
縦村は懐かしそうに昔を自慢する。
「神田って、もしかして、東京にお住まいだったのですか?」
東京と聞いて、変な丁寧語になる自分が恥ずかしい。
「学生時代に…すこしね。そうか、スミレさんのシュトルーデン食べたいなぁ。
俺でも参加出来る?」
縦村の笑顔が、その時、眩しく見えた。
「勿論です。高田さんも来るでしょ?」
私は、透かさず雄二郎を誘う。
雄二郎は、少しはにかみながら、「うん。」と、頷いた。
ふふふっ。やったわ。
私は、雄二郎をフリマに戻すことが出来て、なんだか、嬉しくなっていた。
水曜日の予報では、フリマのある日曜に台風がやって来る事になっていた事をすっかり忘れて。




