噂のアイツ
「寿美礼さんには悪かったと思うよ。」
雄二郎は、口をとんがらかせながらボソリと話を切り出した。
「私はいいわ。気にしなくて。」
私は上目使いに恐縮する雄二郎をサラリとかわす。
雄二郎は、間抜けな大型犬が怒られて主人の様子を上目使いに伺うように私をみる。
私は話辛そうな雄二郎にショッピングバックからチョコレートを取り出して一粒渡した。
このスーパーで買ったものは、フードコートで食べられる。
雄二郎は、チョコレートに慰められながら話を続ける。
「悪かったと思ってるんだ。寿美礼さんにはクッキーも貰ったし、俺だって、田村さんと仲直りをしようと家に行ったんだ。
でも、田村さんの顔を見ていたら、なんか、怒っていて、もう、ダメだったんだよ。」
雄二郎の説明には、派手に小銭を撒き散らした話はしなかった。
「でも、巾着をぶん投げて小銭を撒き散らかしてきたんでしょ?」
え?知ってるの(^-^;
雄二郎の顔には、あからさまに、そう書いてあった。
「巾着を投げては、仲直りは出来ないでしょ?」
と、諭しながら、ふと、息子が幼稚園に通っていたときを思い出す。
あっ、バレてました(°∇°;)
と、ばかりに雄二郎は、少し居心地悪そうに頷きながら、年齢と共に渋味を増したその顔を歪めて苦悩の表情を作る。
「だって、怖かったんだ。田村さんは、冷たい目で俺を睨んだから。
俺、フリマの次の日、田村さんを昼飯に誘ったんだ。でも、田村さんは、断ったんだよ。嘘までついて!」
雄二郎は衝撃告白をするように、一度、息を整えて、真顔で私をみる。
知ってるわ。
とは、言えない雰囲気に、私は冷たくなったコーヒーを口に運ぶ。
「俺、フリマの会じゃ、役たたずだし、遅刻するし、どうせ、皆、俺がいない方がいいんだろ?」
え?(°∇°;)
私は、よく分からない笑いが、腹から込み上げ、雄二郎の論点がすり変わっている事を考える余裕が無かった。
別にいいとも、悪いとも言えずに、私は黙って雄二郎の悶絶する顔を見つめる。
そして、自分が必死で押さえ込もうとする笑いの正体を雄二郎の昭和のイケメン三角眉に見つけた。
そう、太めのおっさんと言うオブラートを取り外し、この表情と仕草だけを脳内抽出すると見えてきたのだ。
これ、お母さんと読んでた昭和の少女漫画の色男の仕草だ、と。
「俺、見たんだ。田村さんが、俺のランチを断って、他の男と食べに行ったのを。」
雄二郎は、絶望の悶絶を薄い下唇にのせて、ニヒルに笑う。
私はその様子に唇を堅く閉じて、必死に笑いを飲み込んでいた。
たしかに…確かに、私の行動は決して誉められたものではない。
早く、奈津子のランチの相手が自分達だった事を告白して謝るべきなのだろう。
けれど、フリマに遅刻して、不満をぶちまける…なんて、ちっぽけな日常の話を、昭和の少女漫画のクライマックスばりの苦悩を顔全体に滲ませて語る雄二郎の顔力に私は口を開くことが出来なかった。
そして、普段、見ることの出来ない雄二郎のイケメン表情に混乱もしていた。
「酷いよね…俺、まだ、一度も縦村さんに誘われた事、無いんだよ。
会社外の人間だからだって思ってたのに…田村さんも外の人だけど誘われたんだ。
あの会社で、縦村さんに誘われてないの、俺だけなんだ。」
えっ…(°∇°;)ええっ?!
私は目まぐるしく移り変わる雄二郎の頭の混乱を思いながら、フリマから、会社の人間関係に雄二郎の問題がシフトチェンジしているのに気がついた。
「縦村さんが誘ってくれないから、怒ってるの?」
私は笑いが収まったので、恐る恐る聞いた。
雄二郎は、まるで恋愛相談をするように、フリマの遅刻と奈津子の話をイケメン台詞で呟くので、縦村さんへの雄二郎の気持ちが、怪しげなものでないかを一瞬、疑わずにいられなかった。
疑いながら、奈津子への恋情ではなく、縦村さんへ雄二郎が片想いをしているような錯覚をする自分の頭に混乱する。
「そんな事…ないよ。縦村さんは格好いいし、人気者だし、忙しい人だから、俺なんかと付き合っている暇なんて無いんだって分かるし。
でも、田村さん、嘘つくことないでしょ?
俺が一度もランチに誘われない事を知っていたって、普通に縦村さんとランチに誘われたから行けないって言ってくれればよかったんだ。」
雄二郎の必死の叫びに、不覚にも胸が突かれた。
不器用な雄二郎。会社でも色々、大変なのかも知れなかった。
私は、彼の誤解を解くために、真実を……奈津子と食事に行った真犯人であることを告白しようかと迷った。
が、我々は、ガチで雄二郎に腹をたてて仲間はずれにして愚痴を言ってたわけだから、そんな告白、現在、逆効果なのではないかと悶絶する。
悶絶しながら、疑問にも思う。
男の人も、ランチに誘われないとか、そんな事を気にしたりするんだろうか?と。
雄二郎と話していると、多感だった中学時代の女子会の雰囲気を思い出して混乱する。
「雄二郎、あなた、勘違いしてるかもしれないでしょ?
奈津子、縦村さんと食事してるとは限らないし。
そう、たまたま、お店で会っただけかもしれないし。」
「そんな偶然、あるわけないでしょ?」
間髪入れずに雄二郎が突っ込みをいれてくる。
が、あるんだ。あったんだものっ。
「田舎なんだから、あるわよ。駅前に食堂、一件しかないじゃない。」
「え?」
「あら、駅裏の洋食屋は土日のみの営業になったのよ?」
「そうなの?あのビストロなんとか…つぶれたの?」
「ビストロなんとか…って何よ。あそこの名前は山田食堂。ビストロじゃないわよ。」
私は、話が大幅にそれて安心する。
「え?駅裏の…自転車置き場の横のあそこでしょ?」
「うん。そう。で、つぶれたんじゃなくて、土日にしたのよ。どうせ、駅前に平日、人いないしね。」
私は寂れる町を思って目を細めた。
山田食堂は、高校時代、何度か学生仲間で食事をしたことがある。
あの頃の活気が、寂れた現在、よけい悲しく感じた。
と、悲しく思う私の肩を気安く触ってきた何者かを感じて私は後ろを振り向いた。
「やあ……また会えるなんて偶然だね。」
そう言って笑っていたのは、噂のアイツ、縦村さんだった。




