第七話 設定
すべての家事を終わらせて私は、縁側に座った。
子供も大きくなり、するべき家事なんてそれほど無くなっていた。
いつもなら、編み物でもする所を今日は物語をあみだすことに使う。
鈴虫の透明感のある恋の歌を聞きながら、少女の頃に渡せなかった親友への恋物語を考える。
縁側からはわずかばかりだが、夜空に星が輝き、今年大接近している火星が、一際美しい、赤い光を放っていた。
正直、火星基地のスペクタクルなんて考えられないし、この期におよんで、火星の空を想像できないが、入選が目的ではないから気持ちは楽だ。
求められるのは、3万字の短編で、大きな物語の好きな場面を切り取るイメージで話をおこすことにした。
40才をこえて、一段落ついた私も、最近、昔の少女漫画が恋しく感じていたところだ。
昭和の少女漫画を……、懐かしい中学生の綾子と物語を作ろう。
あの時に出来なかった、二人で作り出す物語。
ラジカセを引っ張り出してきて、埃だらけのバック型のカセットケースを開けた。
ニューミュージックと言われたジャンルが輝いた時代。切なく甘い恋の歌の端々に、かつては疎ましく感じた小さな自分と友人の息を潜めた声がする。 音源はテレビで、何かの歌謡ショーを録音したのだろう。演歌になると露骨にスイカを欲しがる私の声が笑いを誘う。で、タイミングの悪いスイッチ音。
暗がりで聞いていると、すぐ横にそんな世界が広がっているようで、不思議な気持ちになる。
この気持ちを主人公の火星の青年に移行して物語を広げて行く。
どんな恋をして、どうして恋人をおいて火星に向かったのか。
短い文字設定を埋めるお約束の展開を確認する。
彼は、お金持ちの恋人に釣り合う財力が欲しくて火星に向かう。
彼は、さほど特筆する能力は無いけれど、ずば抜けて孤独に耐性がある。
宇宙に出たらすぐには帰れないから、このての耐性がある方が有利になるに違いない。
例え、天才的に頭が良くても、パニックをおこしたらどうにもなら無いからだ。
一人が好きで、人間関係を築く事が難しい青年が、唯一心を許せた少女。
彼女と結ばれるためなら、きっと、火星に行くこともいとわないだろう。
で、お金と名声を手に入れて彼は明日火星を旅立つのだ。
が、ここで問題がおこる。
突然の事故で、基地全体の空気が外に流れたのだ。
青年は、たまたま植物園のドームにいて難を免れる。
とはいえ、即死をしないと言うだけで、空気の残りは数日分。
勿論、地球からの助けは皆無だ。
彼は、死を覚悟しながら、報告書を整理し、すべてが終わると火星基地のドームに故郷の星空を写し出すのだ。
懐かしいヒット曲と彼女のはしゃぐ声の入った音源を再生すると、暗闇の中で本当にあの時に帰って、彼女がいるような気がしてくる。
って、これじゃ、宇宙くんの台詞が入れられないっ。
それではダメだ。
この物語は、SF設定も、物語の歪みも多少は許される。
が、青年の、宇宙くんのときめく台詞が無いのは許されない。
が、あえて設定はこれでいこう。
で、後は台詞を生まなければ。
それには、彼の声をもう一度聞かなければ。
プラネタリウムにいく必要を感じた。
が、田舎の文化センターのプラネタリウムの上演中はレア。
祝日のある来週の三連休に行くしかない。