第四話 私を火星に連れていって!
「大体プラネタリウムが無くても、こんな田舎じゃ、空を見上げれば星あるじゃない。星の観察会とかもいろんな所でしているし、大騒ぎされるだけ迷惑だよ。」
私は、続けて言葉を発して綾子を思い止まらせようとした。
子供の頃と違い、なんでもある。プラネタリウムが無くても、小さな天文台や、自治体の施設を使った星の観測会などもあるのだ。 声イケメンの宇宙くんの実家でも、そんなイベントはあるはずで、再活躍の場所は探せばあるはずだ。大体、なんでこんな私に話を作らせるのか…。
考えてきたら、だんだん理不尽に感じてきて、つい、綾子を睨み付けた。
「大体、私に頼むのはお門違いよ。作家って言っても、ぽっと出のWeb作家なんだよ?例えるなら、バレンタインの手作りチョコを料理下手の人間に頼むようなものよ。」
つい、頬を膨らませて必死で反論する私に、綾子は少し呆れたような、悲しそうな顔をした。
「気がつかないうちに、つまらない大人になってしまったのね?あなた。」
綾子は、不満げに目を伏せてバックから、カラフルなノートを取り出した。
それは、パステルカラーのブルーの地に、ヤシの木と小さな西洋風の家の時代遅れのイラストが書いてあるもので、それを見た途端、胸が締め付けられるような恥ずかしさに襲われた。
そ、それはっ!?
ああ、そのノートは忘れもしない、綾子と私の中学時代の交換日記だった。
綾子は、そんな私に構うことなく穏やかにノートを開き、子供の読みにくい鉛筆文字を朗読した。
「綾ちゃん?アーヤって読んでも良いかな?私ね、誰にも言ったこと無かったけど、小説家になりたいの。だから、今度、あの有名な東京のプラネタリウムで募集している大賞に応募してみるわ。知ってる?プラネタリウムってね、都会の夜空を再現するだけじゃないの。日本からじゃ、絶対見えない南半球の…あの、南十字星も、大昔のガリレオが見た夜空だって再現できるのよ。ビックリマーク。私、そこで、火星の星空を見上げる話を作るわ。入選して、上映される事になったら、アーヤを火星に連れていってあげる。ハートマーク。」
「わ、わかった……、もう、分かったから、朗読やめてもらえますか。」
私は、かすれた声で懇願した。
綾子に朗読された文章から、夢見がちな、痛々しい少女の私が飛び出してきて、激しい動悸と耳なりに我を失ってしまいそうだ。
「私を火星に連れていってね。楽しみにしてるから。」
綾子は勝ち誇ったように私に微笑みかける。
その顔を見ながら、本気で小説家を目指した自分を思い出していた。
当時は、インターネットなんて無いから、原稿用紙に書いて郵送していた。
田舎の中学生の少女には、作った作品の複製を作る金銭的な余裕も、考えもなく、数ヵ月後の入選者発表のお知らせだけが、落選を知らせてくれるたのだった。
落選した私に、綾子は何も言わなかったけれど、私の作品を読んで、夢を共有したかったのかもしれない。
「良い時代になったわね。あなたの応募作品の評価を、今度は一緒に見守ることが出来るわ。」
綾子は楽しそうに微笑んだ。