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ラジオ大賞  作者: ふりまじん
ラジオ大賞
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第三話ナイチンゲール

「河童関係ないよね?」

私は非難がましく綾子を睨んだ。プラネタリウムの入場券200円で、駅前の本格コーヒー450円、クッキー付きを奢らされたからではない。純粋にプラネタリウムの物語を書く理由が分からなかったのだ。

綾子は結婚して、高校生の娘もいる。

少女雑誌を見ていた時のような、うるんだ瞳に、中学時代スーパーのフードコートでよくした恋ばなを思いだし不安になったのだ。

「いるわよ。天の川に。」

綾子はふて腐れてメルヘンな事を言いだした。

「天の川って…、そんなん、恒星の集団じゃないの。」

私は子供時代からの癖で、頬を膨らませて文句を言うと、綾子も子供の頃から、本当に嫌なときに見せる豪快なへの字口を返してきた。

「恒星の…って、夢がないわね。だから、いつまでも人気作家になれないのよ。」

綾子は、腹立ち紛れに人が気にしてる事を言い、

「うるさいわね!プラネタリウムの作品で、天の川の天文学的な説明無しでどうするのよっ。私だけじゃなく、アンタの素敵なナイチンゲールに恥をかかせたいの?」

と、いらない事を私も言ってしまった。あの男を小夜啼鳥(ナイチンゲール)に例えるなんて。深い後悔が胸を重くする。こんな所で親友の不倫の話なんて聞きたくない。


一瞬の沈黙。その間、頭の中で竹内まりやの結ばれぬ恋の名曲が迷走する。


「ごめん。」


たまらなくなって、私が謝った。恋にもならない淡い気持ちを暴いてしまったような、そんな罪悪感が胸をついた。

「謝らなくてもいいわよ。話がぶっ飛ぶのは、いつもの事じゃない。で、なんで看護師の話なんてするのよ?名作劇場でもやるわけ?」

「はあ?」

私は、綾子の飛躍について行けずに間抜けな声をあげた。

看護師?ナイチンゲール…

「ああっ。(フローレンス)ナイチンゲール!」

そうだ、確かにそんな名前の看護師が居たわ。私は、おかしな方向に流れる話を必死で追う。


フローレンス・ナイチンゲール。近代看護の母と呼ばれる偉人である。


彼女はナイチンゲールで、偉大な看護師を思い起こしたようだ。


そして、私は、綾子が地域の図書館で読み聞かせのボランティアをしていた事を思い出した。偉人伝の読み聞かせでもしていたのだろう。それで、看護師の方が先に連想されたのかもしれない。

受付の隣にある図書館に通ううちに、あの男と知り合ったのかもしれない。


「人間じゃなく、鳥。小夜啼鳥、ナイチンゲールよ。あのオッサンの為にシナリオが欲しいのね?」

私は、出来るだけ感情を圧し殺して言った。

「おっさん?どこの?」

「だから、あのプラネタリウムの声だけイケメンの…。」

私は悪口になるのを止められずに叫んだ。

綾子は不思議な顔をして、それから笑いだした。

「失礼ね。あの人、今年25才よ。いやね。」

「25?」

私は、オウム返しに叫んで絶句した。


25才って、老け顔だよなぁ。って、そこではない、息子と言えるくらいの若い男なら、邪推することはないか。綾子は年上が好みだし。


私は少し気をゆるめ、一緒に笑いだした。


「そうなの!?見えないわ。で、いきなりプラネタリウムのシナリオなんて言いだしたの?」

私は不思議に思う。おっさんでも、若くても、プラネタリウムのシナリオを作って何がしたいのだろう?


『貴方のために作ったの。』


なんて、しおらしく渡すにしても、自分で書かなきゃ意味ないし、第一、私はそんな実力はない。それに、インターネットの普及で誰でも作家になれると言っても、ベートーベンじゃあるまいし(晩年、ベートーベンは『月光』を教え子の恋人にプレゼントしたそうな)、見ず知らずの素人のおかしな作品を送られても貰った方も困惑するに違いない。


「大賞作を上演するなら、もう少し沢山のお客さんがあのプラネタリウムに入場するかと思って。」

少し綾子は照れながら話す。が、言われたこっちはたまらない。

「あ、あんた、大賞なんだと思ってるのよ?ポイント集めて皆が貰えるパン屋のイベントじゃ、ないんだからねっ。」

叫びながら、そんな企画もいいな。なんて思ってしまう。

投稿したらポイントがついて、ラジオ体操のスタンプみたいに皆勤賞の賞状が貰えたら嬉しいかも。


「分かってるわよ。でも、当たって砕けろって言うじゃない。どうせ投稿するなら、目的がある方が良いでしょ?」

綾子はマイペースだ。


いや、物語を書く人間の周りの人間(やつ)は、創作活動を少しかるく考えているのだ。

芭蕉じゃあるまいし、ポンポン作品なんて生まれてこない。


「当たって砕けろって、口説くときの口上よ。それでなくても砕けっぱなしなんだから、もう少し考えて発言して欲しいわ。」

私は、不満で胸を膨らませてぼやき、

「それに、放映権は主催者に譲渡するから、入賞作品は、田舎とはいえプラネタリウムでの上映は出来ないと思う。」

と、続けた。


我ながら、いい逃げ口上に感心していると、綾子は不満げに口を閉じてこちらを見てから、

「じゃあ、受賞してからスピンオフを作ってよ。もう、それで我慢する。」

と、コーヒーの残りを飲み干した。


「す、次回作(スピンオフ)…」

私は、言葉を失った。受賞作なんて作れそうもない上に、スピンオフなんて何考えてるんだ。綾子の奴はっ!こっちだって、我慢された上、近所の連中に作品をさらされたくはない。私の不満に気がつかないのか、綾子は嬉しそうに話を続けた。


「スピンオフ。私、皆に宣伝するわ。市政のお知らせ欄に手紙かいて。そうしたら、きっと上演することを応援してくれるわ。そうしたら、プラネタリウムも生き返ると思うの。」

嬉しそうな綾子を恨めしそうに見つめながら、


その時、私は死んでると思うの。


と、心の中で呟いた。


この小さな田舎町で悪目立ちしたくはない。


そんな事になれば、半年から、数年、妖怪星おばさんとしての人生が待ってる気がする。


「お、お願い、それだけはやめてよ。」

私は、赤面しながら泣きたくなる。

これでいて、繊細なメンタルしか持ち合わせてないんだから。


「じや、いいわ。それは止める。でも、殆ど受賞できないんでしょ?なら、宝くじみたいに夢を見ても良いじゃない。」

綾子は、まだ、諦めきれないらしくぼやいている。


「私には、あ、悪夢だから。」

私は、涙目になりながら恨めしそうに睨んだ。


それにしても、いきなり、プラネタリウムの経営状態なんて、綾子はどうして考えたのだろう?


で、あのイケ声のナイチンゲール、アイツに作品をプレゼントしたい意味はなんだろう?



あんな男の為に、どうしてそこまでするの?



ああ、聞きたい。聞いてみたい。が、「そこまで」の台詞に見会う作品が作れない底辺作家の私には、言えない台詞だ。「ついで」と言われたら言葉もない。


投稿して、瞬殺されてから、この手の台詞は効いてくるのだ。


二回目だけど、私のメンタルは繊細だ。思案の末、発した言葉は、


「何がしたいの?それによっては、内容だって違うんだから。」


私の言葉を綾子は真剣に受け止めて、私を見返した。


「彼、宇宙(そら)くんって言うんだけれど、今年いっぱいで実家に帰るのよ。そこには、プラネタリウムはないから、最後の思い出に、お客さんが沢山入った舞台をプレゼントしてあげたくて。」


「……、それ、私が恥をかかなくても、そういって、市政だよりに、お手紙を書いて人を集めりゃいいと思う。」

私は、冷たく綾子をみた。


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