幸せを売る女(仮) 12
再び縁側のテーブルで私達はデザートを楽しんだ。
洋梨のタルト。
白葡萄、甲州を使った信州ワインで和梨を甘く煮る…コンポートを作ってそれを使ったタルト。
結構な自信作である。
少し大きめにタルトをカットして、生クリームを添えて奈津子に差し出した。
飲み物は紅茶にした。
耐熱ガラスの急須にカットした巨峰と共に紅茶を入れる。
それをキャンドルを使うアロマポットに置いた。
美しい赤みのあるキャンドルの光が、ガラスの急須にユラユラ反射する。
奈津子はタルトをフォークで大きくカットして頬張った。
私も同じくタルトを口にする。
洋梨にはない、和梨の優しい甘さと香りが鼻から抜ける。
「日本の梨のタルトかぁ…意外だけど、旨いね。」
奈津子の飾り気の無い誉め言葉が私をときめかせる。
「でしょ?前に、スーパーの提案レシピで見つけて、やってみたんだけど、
美味しいわよね。
私、洋梨はコンポートとか、火を入れる方が美味しいとは思っていたけど、
日本の梨は、水気があって、香りが洋梨より淡いから、合わないと思っていたの。
でも…思いきってやってみるものね。」
私は、嬉しさで饒舌になりながら、コロナを思い出して、慌てて残りを口にするとマスクをした。
奈津子はそんな私を少し呆れたような優しい笑顔で見つめて、
そして、黙って私に付き合ってタルトを食べてしまう。
それに合わせるように、私は、氷を山のように入れたグラスに温かい紅茶を注ぎ入れ、アイスティを作り、
急須の巨峰を生クリームの横に添えた。
奈津子は出来立てのアイスティを一気に飲み干して、残った生クリームと巨峰を口にする。
そして、とても幸せそうに、しばらく無言で庭を見つめて、誠実な感じでマスクをすると私に話しかけてきた。
「美味しかった。ご馳走さま。」
「どう、いたしまして。」
私は、満足な気持ちで笑顔で奈津子を見た。
嗚呼…久しぶりに誰かのために
私の為に、手の込んだ料理を作った気持ちよさを感じる。
全く、大人になった息子と旦那では、共感する楽しみが薄くて悲しい。
やはり、女友達はいい。
私は、赤毛のアンのスイーツ作りに憧れた時代を思い、幸せな気持ちになる。
が、次の瞬間、世紀末のあの出来事を思い出して、苦い気持ちも味わった。
そんな私の気持ちを察した訳でもないだろうが、ここで奈津子が、台所での話をむし返してきた。
「で、さっきの世紀末の湘南ドライブの続きを聞かせてよ。」
奈津子の目に、好奇心の輝きが加わる。
「つまんないわよ…そんな話。」
私は、少しだけ抵抗して奈津子を睨んだ。
でも、お菓子のおねだりに失敗した少年みたいな瞳で、「おねがい」と、言われてみると、強くも断れない自分を知る。
あれから…そう、ファミレスを出たのは3時くらいだった。
綾子は、私の家に連絡をいれてくれた。
当時はPHSの通話料金は高かったので、ファミレスにあった公衆電話…(公衆電話、わりとファミレスにあったよなぁ…あの頃)
から、家に連絡をしてくれた。
私の気に入りのテレホンカードのパンチが二つあるのはその為で、そのパンチを見ると、当時を思い出して、なんだか笑えるのだ。
「留守電にメッセージ入れといたよ。スミレは私と一緒で、連絡は私のピッチにいれて欲しいって。
さあ、海、行こう。」
綾子は日に焼けた元気な笑顔で私を誘う。
「本当に行くつもり?」
私は少しだけ不安になった。
もう、3時は過ぎていたし、こんなサンダルでお金も持っていない、そんな状態で、湘南なんかに、本当に行くなんて信じられない気がした。
「うん。私は、一人でも行くよ。その予定だったし…
でも、スミレが行きたくないなら、家に送るけど?」
綾子はいつも通りにそう言った。
夫婦喧嘩で飛び出した、哀れな私の事など、何でもないように。
「もう、電話したんでしょ?い、いくわよっ。
地獄のそこまでついてくわよっ。」
私は、やけになったように言葉をなげたが、その実、夜のドライブで海に行く自分の冒険にワクワクもしていた。
「やりっ。やっぱ、スミレはそうじゃなきゃ。」
綾子はそう言って、ひまわりのように笑った。
でも、この時点で気かつくべきだったのだ。
20代前半の可愛い女子大生が一人で湘南ドライブなんて決行することにしたのか。
が、そんな事、考える余裕は無かったし、考えたくも無かったのだと思う。
ちがう、私にとっては、変な仲間や男性が加わらなかった事が、逆について行く気持ちにさせたのだと思う。
そうして、私達は車に乗り込み、綾子はエンジンをかけながら私に自慢げにこう言った。
「この車のCDチェンジャーはね、10枚もCDが入るんだよ。凄いでしょ?
長旅だけど、退屈なんて絶対しないよ。」
自慢げな綾子を私は眩しく見つめていた。




