第二話見上げてごらん
プラネタリウム。星を見せる機械の名前だ。
で、私の町にはそれがある。バブル時代の箱もの行政の残骸とか、親戚のおじさんが言ってるところを聞いたこともあるが、それはともかく、プラネタリウムは、私にとっては懐かしくも楽しい思い出がつまった場所だった。
10年ぶりに私はプラネタリウムに入場した。
ちいちゃな河童の人形を作る友人と。
彼女の名前は綾子。身長150センチのふくよかな体つきの中年女性で、色白でホイップクリームのようなフワリとしたほほと、明るい茶色の大きな目のお陰で年より若く見られている。
高校生の娘の影響か、最近では前にもまして、よくしゃべるし快活だ。
ヒダの沢山入った淡いピンクのチェニック姿で、私に微笑んできた。
「私、入場券買ってくる。」
張りのある甘い声で綾子は多目的ホールの受付に行く。受付には短髪の小柄な男性が座っていて、二人はしばらく楽しそうに話していた。
「はい。これは私のおごり。」
娘のように快活な動きで綾子は私に切符を渡す。
「いいの?」
少し嬉しくなって聞いてみると、綾子はウインクを私に投げながら、
「いいわ。後でコーヒーを奢ってね。」
と、微笑んでプラネタリウムの扉の奥へと消えて行く。
え?
なんとなく気になって、チケットの値段を見ると、200円。コーヒーの方が高いじゃないかっ。と、文句を言いたかったが、上演時間にせかされて、私も、中に急いだ。
か、貸し切りかっ!
久しぶりのプラネタリウムは、こじんまりとしていて、何処と無く懐かしい雰囲気がした。
が、そんな事はいい、私たちが入ってすぐ、扉が閉まると言うことの方が問題だ。
他の客はいないのか。
おばさん二人で、夏の星座と、夏休みスペシャル特番の蛇使い座の物語を視聴することになるなんて。
気恥ずかしさと、意味不明な申し訳なさに心が乱れながらも、しっかりいい席に座り込み、プラネタリウム特有のよく反り返る背もたれを極限まで押して、まだ、なにも写らないドームの白さを楽しんだ。
この、上演前の白いドームを見上げるのが私は好きだ。
その白い半球体の天井は、私にとっては都会的で、モダンな気持ちを沸き起こさせるからだ。
基本、三等星なら余裕で見えるこんな田舎で、プラネタリウムなんて必要ない。
プラネタリウムなんてものは、夜になっても街灯がこうこうと輝いて、オリオン座すらどこにあるのかもわからないような、そんな都会にあってこそ、生きるものなのだ。
で、ほぼ、東京に住んでいた少女漫画の主人公が、憧れの先輩とデートをする場所。キャッキャ・うふふなトキメキスポット。それがプラネタリウムだ。
しばらく、天井を見つめていると、再び扉が開いて、細身の老婆と中年女性が入場してきた。
受付にいた、小柄なオッサンが、親切に二人を席に誘い、やがて、後方のDJブースのような操作スペースに座った。
うっすらと、町の情景がドームに写り混み、周りが暗くなるに従って、より鮮明に見覚えのある山や、市役所がドームを彩る。
夕日が静かに沈むこの短い瞬間、自分の町にもプラネタリウムがあることを、ちょっと嬉しく、誇らしい気持ちで見送るのだ。
さあ、はじまる。
夏の星座と蛇使い座の物語。
四人の熟女とオッサンを包み込み、プラネタリウムは、光の全くなかった太古の美しい星空をドームいっぱいに照しだす。
「空の真上に一際輝く星が分かりますか?あれは、ベガ。」
えっ!?
解説の声に耳を弄ばれて、背中に鳥肌が立つ。
な、なに?えっ。
もう、琴座の話なんてそっちのけで私は、首を持ち上げた。
この美声。生じゃない?
操作スペースには、さっきの小柄なオッサンがいるだけた。
暗くて見えないが、その時は、透視能力が備わったように私には彼が見えた。気がした。
そして、地獄耳で確認する。
間違いない、この声はっ、あの受付のおっさんしかいない。
ああ、熟女四人。彼の美声でキャッキャ・うふふな気持ちになる。
誰も知らない秘密の時間。
私は、アルタイルも蛇使いもどうでもよくなりながら、彼の声に酔いしれたのだった。
「もし、機会があったら、本物の夜空をで見つけてください。『見上げてごらん。君を飾る宝石のような星が見えるはずだから。」
『』の台詞だけ、低音を響かせて更に甘くささやいたのは、勢いなのか、計算なのか。
私は、隣に座る綾子に、この男の正体を問いただしたい衝動にかられた。




