幸せを売る女(仮)4
暗くなり出した台所の灯りをつけて、私は魚料理の代わりの冷静パスタを冷蔵庫から取り出した。
良く冷えたガラスの器は、結婚する前、銀行の定期預金のオマケで貰ったものだ。
可愛らしい動物の絵のついた器で、二つ対で箱に入っている。
娘が生まれたら使うんだと夢を見たまま仕舞われたその器は、窓から訪れる夕日の残り火で恥ずかしそうにほほを染める。
私は、そんな器に微笑み返すと、氷水でしめた大葉を細く刻んで縁を飾った。
それは、少女時代、大好きな人にあげる花冠のように、華やかに魚介のパスタを飾り私を満足させる。
味は和風にした。
今年も梅をつけたので、梅酢を少し加えたドレッシングにし、
取って置きの茄子の漬け物を、昨日研いだ包丁で細く薄く千切りにする。
これは、小説の為の取材の意味もあるので、出来るだけ地元の食材を使う事を心がけた。
この美しいブルーの茄子は、綾子のお母さんが漬けたものを分けてもらった。
パスタに散らすと、まるで、野原から顔を出す矢車菊の様に美しい青さを器にそえる。
私は久しぶりに手をかけた料理を作る満足感が胸を込み上げてきて、一瞬、手を止めた。
それは、娘と二人で料理を作る、はかない夢を思い出して、少しだけ痛みの混じった甘い快楽の瞬間でもあった。
が、見とれてばかりはいられない。
私は、最後の仕上げを冷蔵庫から恭しくとりだし、この氷見の漁港からスーパーに直送された真鯛と甘エビのパスタの中央にそっと置いて大輪の花を咲かせた。
花オクラ…
美しいハイビスカスを思わせる黄色い花だ。
と、言ってもオクラの花ではないらしい。
『トロロアオイ』と言うのが正解なんだそうだ。
味は、特になく、食べるとオクラのような、ネバネバした食感があるらしい。
私は、あまり使ったことのない食材に、一瞬、不安と期待が混ざったような、複雑な気持ちになる。
旦那や息子、うちの両親も、このての飾りは好きではないので、使ったことがなかったのだ。
この歳になっての、初めての少女風味の経験が、一気に気持ちを子供にかえらせる。
別に美味しくなくても、奈津子なら、一緒に笑ってくれる。
この、一瞬の器の美しさを共感してくれる。
私は奈津子の、少し、控えめで照れたような笑顔を思い出して苦笑した。
女同士はやっぱり素敵。
私は、パスタを乗せたおぼんを持つと奈津子のもとへと向かった。




