幸せを売る女(仮)3
穏やかな夏の夕日を浴びてタチアオイがこちらを見つめている。
それを細身のスラックスであぐらをかく奈津子が見つめ返している。
私はときめく心をマスクで覆って台所に前菜を取りに行った。
コロナ騒動から初めてのお客様だと思うと、少し緊張する。
昔から家にある、6人用の輪島塗の客用テーブルを二人で使い、
縁側のサッシを開いて網戸にし、
強めの冷房を部屋から送る。
窓を開けて冷房をかけるなんて、少し前には考えられない贅沢だけど、
感染者か減らない現在、誰かと会食すると言うことが贅沢な事だとエアコンのスイッチを入れる時に胸に染みた。
食事中は話せない。
だから、BGMは大切だ。90年代のヒット曲のジャズアレンジを選曲する。
懐かしいメロディと、客間の香りに、少女だった奈津子と私が見えるきがする。
私は前菜のサラダをテーブルへと運んだ。
飲み物は、奈津子が車で来たのでお茶にした。
と、言っても、取って置きの台湾烏龍茶のフレーバリーティを思い出のワインボトルに詰め替えて冷やしたものだ。
恋の語らいを演出する事のなかった眠れるクリスタルグラスが、その美しいエメラルドの液体を受けて目を冷ます。
20歳の時にダンディな先輩がくれた20年もののワインボトルがトクトクと音をたて、食欲を誘う。
「いい音だ。」
事前にコロナ時期の食事シーンの取材を兼ねていると聴いていた奈津子が、言葉少なくボトルを誉める。
私達は黙ってフォークを動かした。
日頃、おしゃべりな奈津子は、少し緊張ぎみに庭を見つめてレタスにフォークを差した。
私はその細く長い指を少女に戻って盗み見る。
宝塚が好きだったお母さんに教育された綺麗な座り姿は、リンと華やぐタチアオイの花のような艶やかさ。
私は奈津子とは別の緊張感に頬を染めて、奈津子に合わせてレタスを食べる。
速すぎず、遅すぎず。
ヒグラシがテノール歌手のように、ひと夏の刹那の恋の切なさを歌う。
そして、サラダを食べ終わると、奈津子はポケットからマスクを取り出して、さっきとはうって変わって饒舌に話し出す。
「はははっ。いやぁ、緊張するねぇ…。
はぁ……。スミレとこんなに喋らずに食事するなんて、中学時代の寺の座禅体験に連れて行かれた以来じゃない?
あの時も、スミレ、あなた、親を見失った3歳児みたいにキョロキョロしてたっけ。」
奈津子はそう言ってクスクス笑う。
もうっ。3歳児って。
私は少し不機嫌に皿を片付けながら奈津子を睨む。
「失礼ねっ、こっちは真剣なんだから、真面目にやってよぅ。
食事中はあまり、笑っちゃだめなんだからっ。」
私は照れ隠しにそんなことを言うと、奈津子は髪を軽く、かき上げて少し冷たい感じのすまし顔を作る。
秀でた額と、大人になって痩せた頬に、夏の闇が陰影を強調する。
マスクが、非日常の緊張感を奈津子の雰囲気にキリリとしたシマリをくわえる。
クールビューティ
彼女の為の言葉だと、胸に滲むしびれるような憧れを治めながら私は思う。
「こんな感じかい?」
瞬間、緩む奈津子に呆れながら、私は次の料理を取りに行く。




