ダイヤモンド
綾子が帰った縁側で、私はアジサイを見つめてため息をつく。
この家は私の生家で、歳の離れた旦那は婿に来てくれた。
日頃、大人しくて何を考えているか分からない人なのに、結婚を申し込みに来るときは必死だったなぁ……
なんだか、とんでもなく懐かしくも恥ずかしいことを思い出して苦笑する。
最近じゃ、いるんだか、いないんだか、よく分からない人なのだが。
最近は、コロナにかこつけて川を社交場に夜は釣りである。
それに息子ものって出掛けるのだから、夕方はすることが無くなってしまった。
雄二郎の小説……書いてやろうかな。
夕日の暖かな色に染まる庭にひぐらしのなく声が響く。
なんだか少し人恋しくなって、私を必要としなくなった旦那と息子より、
ろくでなしでも雄二郎の方が優しい感じがしてくる。
少なくても、アイツなら、100円のアイスでも貰えれば嬉しそうに笑い返してくれる。
「あっ、ごめん、いまいらない。」
なんて、息子のようなすかした言い方はしないのだ。
「はーい。スミレ、何しょぼくれてんのよっ。」
奈津子の声がして、私は驚きながら奈津子をみた。
「え?どうしたの?」
私の質問を笑顔でいなしながら、中学時代から変わらない細身のジーンズと、Tシャツの長い足で、人なっこい猫のようにヒョイと縁側に座る。
手土産に、私の好きな洋菓子屋のシュークリームを持って。
「ふふふっ。書いてきたわよ。小説とやらを!」
奈津子はいつのまにか買い換えたホワイトゴールドのスマホを見せながら、得意気に笑った。
「えっ、本当にかいてきたのっ。」
「うん。あのサイト、グループ登録したのよね?
だから、私にも投稿の権利はあるはずだ。」
奈津子は自信満々に私に笑いかける。
「確かに、『ノーマジーン』は、みんなのサイトだわ。でも、前に話した通り、お金になんてならないわよ。」
私は深いため息をつく。
でも、それは失望のため息ではない。
苦節一年(T^T)
やっと、仲間一人ゲットの照れ隠しのため息なのだ。
「知ってるよ。まあ、シュークリームを食べなよ。」
奈津子はシュークリームを一つ、私に渡して自分も一つ手にした。
「麦…いや、アイスティいれてくるわっ。
台湾烏龍茶の素敵なやつがまだ残っていたはずだから。」
私は、なんだか浮かれて、取って置きの茶葉を思い出して立ち上がる。
マンゴーフレーバーのあの限定茶葉を飲むのは、まさにこの人と。
なんて、CMコピーのような事を考えながら。
が、奈津子がそれを止めた。
「いや、今日はいいよ。
みんな釣りでいないのは知ってるけど、さすがに、この時間、長居するのもなんだから。」
「えっ、いいのに。
あの人タチは、どうせ、11時位まで帰ってこないんだから。」
私は少女時代のように胸がときめくのを感じた。
長身で、ボーイッシュな奈津子は、中年になった現在でも学生時代のスタイルをキープし、少し顔にトシがにじんできたとしても、柔らかな栗皮色のショートカットが似合う私の大好きな友人なのだ。
「でも…、まあ、今日はやめておくよ。
スミレちゃんが手伝ってくれるなら、また、ちょくちょく来ると思うから。」
奈津子は、少し困ったような、照れた顔で目を伏せた。
はうっ( 〃▽〃)
どうしよう?
また、なんか、悪い病気が復活しそうだわ。
私はドキドキと忘れかけた甘い胸のしびれを感じながら、プリプリの曲が脳内に流れ、いとおしくも懐かしい少女時代の思い出がプレイバックするのを感じた。
あの頃、奈津子は、私達の『王子さま』だったのだ。
ずっと、昔から友達だけど。
でも、少女時代の多感な娘心で、一時期、恋に恋する相手として奈津子を密かに見つめていた私が、なんだかよみがえってくる。予感が…
甘い黒歴史が、「これからちょくちょく」の言葉と共に新章をつま開きそうで、
こわい。
「どうしたの?」
少し高い位置から奈津子が私を心配そうに見つめる。
どうしょう…私、変な顔をしてないわよね?
私は慌てて膨らむ思い出と怪しげな思いを取り消した。
「ど、どうもしないよ。
なんか、久しぶりじゃない。この縁側で奈津子とシュークリームを食べるなんて。
プリプリの『ダイヤモンド』とか思い出しちゃって。
ごめん、私、やっぱり麦茶持ってくるわ。」
私は後ろを振り向かずに台所へと飛んで行く。
プリンセス・プリンセスの『ダイヤモンド』は、私の大好きな曲で、
密かに奈津子のテーマにしていた曲だった。
確か、中学の入学式に流行っていた曲だった。
この曲と奈津子と一緒に私の中学時代が始まったのだ。
私の心のときめきをくれた、中学時代の奈津子は、私のダイヤモンドなのだ。




