表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

〈一〉私は姫だった、が同時にビンボーだった!!

 

 

やあ、私は愛の戦士ヨロズヤマンだ!!


今日はちょっと私の仮の姿の中学生時代を振り返ってみよう。彼女は“エッちゃん”と呼ばれていた。


   *


「ねえねえ、エッちゃんってすごい大きなお家に住んでいるんだって?!」


とクラスメイトの女子達が言った。


「大きな犬もいるんでしょう?」と続けられた。


エッちゃんはからかわれたのかと思ったが、そうではないようで、その女子達に悪意は感じられなかった──なんと、エッちゃんは周囲からお嬢様だと思われていたのである!!


当時、エッちゃんはなぜそんなふうに思われていたのか不思議だった。大人の私なら分かる。

なぜか? それはエッちゃんが堂々としていたからだ。


堂々と流行を無視して長髪をきりりと三つ編みの二つおさげに結い、休み時間は堂々と純文学や漫画を読み、プライドの塊のような顔をしていた。友達が少なくても平気だった。


おまけに、これも当時のエッちゃんは自覚がなかったが、彼女は美少女だったのである。

いや、うそじゃないぞ。大人になってからだが、エッちゃんは美人でないとできない仕事もしていたんだ。

先生も「Mモトは将来女優になるんだからな。今のうちにサインもらっとけ」と男子に言ってたほどである。



つい自慢してしまったな、ハハハハハ!! 私の仮の姿の数少なすぎる長所の一つなので、ちょっとだけいばらせてくれ!!

……いや、もちろん、もう過去の話なんだが……


ハッ!! ポジティブ・シンキング・チェーンジ!! 私は加齢とも華麗に闘うのだ!!

バレエなんか踊っちゃうぞ、オラオラ!!



それはさておき、お嬢様と学校では思われていたエッちゃんが帰る家は、汲み取り式トイレつきのボロ長屋だった。


家に着くと、ボロドアに借金取りの罵声が書かれた張り紙がベタベタ貼ってある。それをまず全部はがして家に入るのである。

なに、エッちゃんにはなんてことはない、子供の頃から慣れているからただの紙切れにすぎない。

雑種の愛犬が喜んで吠える!! 電話も鳴る!! 昔だからジリリリ〜ン!!!とうるさい黒電話だ。


「父は今いません」


エッちゃんはいつものように借金取りに答えた。その時彼女の父が家にいてもいなくてもだ。

それがエッちゃんの子供の時からの仕事だったのだ。

 

そしてトイレからほのかにバラの香り漂う狭い家の中で、エッちゃんは私服に着替え、愛犬と近くのマラソンコースを走りに行った。


上り下りあるコースをダッシュ&スローで毎日二キロくらい走っていた。

そしてこの時間はエッちゃんの愛の妄想タイムだったのである。


愛犬がいて、走るコースがあって、愛あふれる妄想に浸っていたエッちゃんは、そう、幸福だったのだ。

漫画家になりたい夢もあった。夢があれば、子供は環境なんかに負けないのである。


そして彼女の父の愛があった。愛されていれば、ビンボーの星の下に生まれた子もお姫様になれるのだ。



犬と走り終わったら、エッちゃんはノート漫画を書いた。両親は共働きだから、彼女は自由で、妄想を絵に落とす作業を黙々とやっていた。学校には漫画友達がいて、ノート漫画を見せ合って楽しんだ。


漫画はろくに買えなかったが、当時は本屋の漫画本にビニールカバーがかかってなかったのである。立読みで数々の名作を読んだ。泣いた。笑った。もちろん心の中でだ。


少女漫画誌も一冊なら買えた。いまだに読み続けているWJ誌も読み古しをくれる友達がいた。隣の席の男子はなぜかみんなエッちゃんに優しかった。



ただ彼女は空腹が苦しかった。食事は貧しかったのである。

だが、それも子供の頃から慣れていた。


ある時エッちゃんが「ステーキを食べたことがない」と友達にこぼしたら、友達は自分のお母さんに頼んでお弁当にビーフステーキを入れて持ってきてくれ、

「エッちゃん、これがビーフステーキだよ」と言って食べさせてくれた。

エッちゃんは、この友達の心尽くしで食べた初めてのビーフステーキの味を大人になっても忘れられなかった。


夜は苦労ですっかり歪んでしまったエッちゃんの母が宗教を盲信して、子供を愛することを忘れ、ただただ泣きながらお経を上げていた。

エッちゃんは彼女の泣き声を右の耳から左の耳にスルーして、図書室で借りた本を読んだり、絵を描いたりして楽しんだ。


エッちゃんは母に悪いと思っていたが、母には愛されなかったのだから、彼女を愛することもできなかったのだ。

エッちゃんにとって母はただの騒音だった。



そして寝る前は電話の上に布団を積み上げた。夜中に借金取りから嫌がらせの電話がかかってくるからだ。

だがこれでOKー!!

エッちゃん達家族は夜通しかすかに聞こえるベルの音を聞きながら、安眠したのである。



そして借金取りは家にもよく来たが、中には玄関に座って怒鳴り散らすヤクザ者もいた。

エッちゃんの母は泣きながら、「お願いですから、帰って下さい〜」と真面目に対応していた。


NOー!! はっきり言おう、エッちゃんの母はバカだ。敵は弱みにつけ込むのが商売なのである。


その時、エッちゃんと彼女の父はヤクザの怒鳴り声と母の泣き声をスルーしながら読書を楽しんでいた。

薄情? それは違う。エッちゃんが生まれる前からこの環境にあって、ちっとも慣れずに醜態を見せる母がバカなのだ。


エッちゃんの母は借金取りに弱みを見せ、つけ込まれて夫の借金を払い続けた。もう一度はっきり言おう。彼女は大バカだ!!


借金なんてものは、少々頭に血が回っていたら、なんとでもなるものなのだ。ましてや夫の借金だ。

なぜ市でやっている市民相談窓口に行かない? 専門家がただで法的悪知恵を色々教えてくれるじゃないか。馬鹿正直にヤクザの言い値を払っていた彼女が、文字通りバカだったのである。



彼女は苦労のあまり、エッちゃんや夫をいじめた。

味のついていない粗末な食事、ヒステリックな言葉責め、責任転嫁のクセ…。

エッちゃんも彼女の父もやせ細っていたのに、彼女の母一人だけなぜか太っていた。


エッちゃんは大人になっても母を愛せないでいる。幸福だった自分を不幸な子供にしようとした母を。


だがもうそれは過去のことだ。エッちゃんは母を許さなければいけないのだ。

(母を愛さなければ……でも、どうやったらいいのだろう……)

エッちゃんはいまだにどうすればいいか分からないでいる。


エッちゃんはなぜか、母に産んでもらった気がしないのだ…。


不思議だ。どうしてここまで絆が断ち切れているんだ?

彼女の母が愛あふれる余生を送るためにも解決しなければいけない難題である!!



母親には苦しめられたが、エッちゃんの学生時代はおおむね幸福だった。

苦難の人生を送った父が背中で教えてくれた。少々の問題はスルーしてしまえばなんでもないのだと。




さて、次回はエッちゃんの黄金時代だった幼少期のことでも話そうかと思う。

彼女の父が末期ガンで亡くなった時の哀れさと三千万円以上の借金の話はクライマックスでかまわないだろう。


その前にエッちゃんの父がどんな人であったかをつぶさに話したいものだ。彼の戦争体験なども含めて。彼がどのようにして小悪党になっていったのか……それは追い追い話すことにしよう。



では、私は今日も愛のために闘う!!

さらばだっ、とうっ!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ