4.【根源】
その館の跡地――辛うじて屋根の残っている場所だ――に入ると、ボクたちを出迎えたのは意外な人物だった。だが、彼の方は特に驚いた様子もなく笑っている。
その人物こと魔族のアビスは、恭しく礼をするとこう口にした。
「ようこそ、カイルさん。お待ちしておりましたよ?」
目を細めて、その赤い眼差しをこちらに向けて。
ボクは杖を握る手に力を入れながら、アビスのその言葉に答えた。
「どうして、貴方がここに……?」
「いえ。少しばかり、この館の主と縁がありましてね。それが面白いことに、カイルさんの恩師――ダース、さんでしたか。彼との繋がりも深いようで」
「もしかして、レーナに院長の情報を流したのは……」
「おやおや珍しく怒っておられるようだ。これまた、とても面白いことではあります。ですが、今回は少しばかり状況が悪い……お時間、よろしいですか?」
「…………?」
ボクの問いかけに対して、アビスは一方的にそう話を続ける。
どうやら敵対心はない様子だった。そのことを確認して、ボクは他のメンバーに武器を下げるよう、手で指示を出す。するとそれを確認して、魔族は語り始めた。
それは寂れた空間であるこの館に――。
「四魔神のレーナ様は、確実にダースを殺すでしょう」
「…………!?」
――今までより、いっそう鋭い緊張感をもたらした。
肌を刺すような偽りなきそれに、ボクらは思わず、各々に息を呑む。
以前は余裕のある笑みを浮かべていたアビスも、どうやら今回は想定外があるようだった。しかし、そのことを感じさせないような声色でこう続ける。
「レーナ様はいま、精神的に不安定になっておられます。感情の昂りによる力の増幅は著しく、おおよそ人間の対処できる域を超えてしまいました」
それはすなわち、いまのレーナは先日のそれとは比較できない、それほどまでに力を持っているということか。そんなボクの考えを読んだのか、アビスは頷いた。
そして、まるで物語を話すかのようにこう言うのだ。
「魔族には【根源】というものがあります」――と。
それは、聞き慣れないものだった。
こちらが首を傾げると、彼は一つ息をついてから。
「【根源】とは、その魔族の在り方を措定するもの。それを揺り動かされると、魔族は己の存在を維持できなくなります。そして、彼女の【根源】は――」
こう言った。
「【怨嗟】です」――と。
ボクはそれを耳にして、こう考えた。
「それがないと、存在を維持できないって言いました、よね? それってつまり、レーナは院長を恨んでいるから、生きていられる――ということですか」
「そうですね。カイルさんの仰る通りです。レーナ様はあのダースという男が恨めしく、そして身の上を嘆いて生きてきた。目の前で母を殺され、それを糧とした」
「それなら、もしかしてダースが死んだら……!」
耐え切れずに声を張り上げたのは、レミア。
そして、それに続くようにすすり泣き始めたのはココさんだった。
「クリム様と同じです――彼女の根源は【破壊】だった。あの方が最後に消え去ったのは、カイルさんに倒された以上に、救済があったからに他ならない」
「そんな、クリムも……!?」
それを聞いて、ボクは息を呑んだ。
よもやここでクリムの名前を耳にするとは思わなかったから。
そして、まるで救いがあったかのように思われたあの最期には、そのような意味があった。その事実にもう何度目か分からない唾を呑み込む。
「ここまで話せば分かるでしょう? 私は、カイルさんにレーナ様を止めていただきたい。いま魔族の世界にとって、彼女を失うことは大きな損失です」
――利害の一致、ということですね。
アビスは最後に小さく笑うと、どこまで本気か分からない表情を浮かべた。
「……………………」
そのことに不快感を抱いたが、振り返ると仲間たちも考えは同じらしい。
だから、アビスにこう問いかけた。
「どうすれば、レーナのことを止められるんだ」――と。
倒すのではなく止める。
その方法をボクは、天敵ともいえる魔族から受け取るのだった。




