5.新しい仲間、レミアのピンチ
最後はレミア視点
「…………あれ。ボクは、どうして?」
目が覚めると、ボクは誰かに背負われていた。
その人というのは言うまでもなくリリスさん。彼女は片足を少し引きずりながら、ゆっくり前へと進んでいる。ボクが起きたのに気付いたのか、彼女はふっと足を止めた。そして、こう言うのである。
「起きましたか、カイルさん……」
「……? あ、はい。もう大丈夫です」
少し声色に違和感はあった。
けど、答えると彼女はすんなりとボクを下ろしてくれる。
やや軽い、酩酊感に似たふらつきを覚えたが、それもすぐに収まった。
「痛むところはありませんか?」
「いや、ないですけど……。って、それを言うならリリスさんですよ! 怪我は大丈夫なんですか!?」
ボクのことを気遣うリリスさん。
しかし、ボクは自分のことよりも彼女の方が心配であった。もはや曖昧な記憶になってしまっているが、リリスさんはあのヒュドラの一撃を受けたのだ。
今だって、片足を引きずっている。痛くないわけがなかった。
しかし、慌てるボクに彼女は小さく微笑む。
「大丈夫ですよ。私は諸事情で、怪我の治りが早いのです」
そしてそんなことを言うのであった。
たしかに、あれ程までに悲惨な怪我であったのに、歩けるまでに回復している。その事実に驚きはしたが、それでもボクの中にあったのは心配だった。
だから、ボクは彼女の前に移動して中腰になる。
「関係ないですよ。ここからは、ボクがリリスさんを背負います」
「え……。いや、しかし……」
「いいから!」
ボクが語気を強めると、リリスさんは少しビックリとした顔になった。
それでも、こちらの気持ちを察したのか。申し訳なさそうではあったが、ゆっくりと体重をこちらに預けてきた。肩に乗せられた手は、遠慮がちにちょこんと。
「あ、ありがとう、ございます……」
控えめな声がした。
なにやら恥ずかしがっているような、照れているような雰囲気。その理由は分からないけれど、とりあえず今の問題はそこではなかった。
ボクは戦斧の分の重みも背負って、歩き始める。しばらくの間は互いに無言であったが、それに耐えかねたのはリリスさんの方だった。
「カイルさんは、どうして魔法使いに……?」
さてさて。
飛んできたのは、そんな突拍子もない疑問だ。
ボクはひとまず答えを考え、うなずいてからこう答える。
「そう、ですね……子供の頃の遊びがきっかけでした。友達が剣士、ボクが魔法使い。たぶんそれが、楽しかったんだと思うんです。だから――」
――そう。
だから、いつの間にかボクは魔法使いに憧れていた。
「そのお友達は今、どうしておられるのですか?」
「……………………ごめん。それはちょっと」
「あ、すみません……」
ボクの言葉をどういった意味に受け取ったのか、リリスさんは小さくなる。
しかしそれは、ボクにとって本意ではなかった。
「リリスさんは、どうして冒険者に? あと、なぜ戦士を選んだんですか?」
「あ、私……ですか?」
なので、リリスさんにも同じ質問をする。
そうすると彼女はしばし黙り、どこか懐かしむような口調になった。
「私は、ある方を追いかけて、ですね。そしてその方が戦士だったので、自然と私も戦士を志していました」
「なるほど。じゃあ、一人で旅をしているのはそれが理由なんですか?」
「はい、そうです。あ、ヴァンパイアを追ってもいるんですけどね?」
「あぁ、そう言えば。忘れてました」
そうだった。
彼女はヴァンパイアハンターを名乗っているのであった。もしかしたら、その追いかけている人もまた、ヴァンパイアハンターなのだろうか。
けれども、それは考えても分からなかった。それに、彼女の事情にそこまで踏み込んでもいいものなのか、ボクは少し迷っていた。その時である。
「でも、その一人旅も――この街でやめようと思います」
リリスさんが、意を決したようにそう言ったのは。
「え、やめてしまうんですか?」
ボクは思わず立ち止まり、そう彼女に訊ねた。
すると、
「えぇ。カイルさん、一つお願いをしてもよろしいですか?」
肯定の後に、こんな問いかけ。
ボクは言葉にせず、一つだけうなずいた。
「では、お願いです。私を――」
――そして、リリスさんはその願いを口にする。
それはボクにとって、願ってもない申し出であった。
◆◇◆
妾はぼんやりと床に転がり、天井を見上げていた。
木造のボロ屋――もといカイルの家は、自分の住んでいた洋館とは比べものにならない程に質素なものである。質素というのは、さすがにオブラートに包み過ぎたか。どう足掻いても、ボロはボロであった。隙間風の入り込むこの場所は、どうにも居辛い。
「雨漏りなどしては、妾にとっては死活問題だしな……」
それに、である。
外にいるよりはマシ、とはいえ雨が不安であった。
理由の説明は省くとして、とにもかくにも雨に濡れるのは不味い。不味いのであった。そんなわけだから、早いところ金を貯めて新居に越したいところである。
「不味いと言えば……」
そこまで考えて、妾は昨晩の酒場の女のことを思い出した。
ヴァンパイアハンターなどとのたまい、妾と同じく生肉を喰らっておった女。名はリリスとか言ったか――あの者は、分かりやす過ぎる『矛盾』を孕んでいた。
「まぁ、事情はともあれ関わらぬに限るな」
何故にあの女がヴァンパイアを狩ろうとしているのかは、興味がない。
したがって妾の気をつけることは一つ。あの女とは遭遇しないように、細心の注意を払うだけであった。
「それにしても、今日は薬草を採ってくるだけと言っていた割には遅いな。もしや別のクエストでも請け負ったのか?」
そして、考えることがなくなって戻ってくるのはそんな疑問。
今朝は理由を付けてどうにかサボった。結果としてカイル一人で任に赴くこととなったが、それにしても遅すぎる。もう日も沈みかけており、そろそろ探しに出ようかと考えていた。
「……ただいま。レミア」
「おぉ、ようやく帰ったか。やけに遅かったな」
その時だ。
カイルが玄関扉を開けて、中に入ってきたのは。
妾は軽くため息をつきながら身を起こし、出迎えに向かった。やっとこれで、夕食を摂ることができる。さっさと酒場へ行き、生肉を食そう。そう思っていた。
「………………………………」
「あぁ、そうだ。改めて紹介するね」
――――カイルが、奴を連れてくるまでは。
カイルの背後から姿を現した女――すなわちは、リリス・レスキネン。
深々と礼をした奴は、真っすぐな視線を妾に向けた。
「改めて、リリス・レスキネンだ。カイルさんのご厚意により、パーティーに加わることとなった。よろしく頼む、レミアさん」
「………………………………」
そう言って、こちらに手を差し出す。
妾はとうとうこらえ切れずに、こう叫ぶのであった。
「何故こうなるのだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!?」――と。
その声は、夜に移り変わる街の中にむなしく。
ただただ悲しく、響き渡るのであった……。