1.ダースの見る夢
ヴァンパイア編、後半戦です。
――それは今から数十年前の話。
ダースはヴァンパイアハンターとして彼らを、そしてその『眷属』を狩っていた。自分たちには神々から与えられた、この武器がある。すなわち、正義である。
そう信じて疑わなかった。ヴァンパイアを討ち果たせば、秘密裏にギルドからも報酬が支払われ、ある者は実力を認められて王宮へと招かれた。
それ故に、自分たちは間違っていない。
そう思っていた。
「ふふふっ、今日もなかなかの戦果ね……」
若いダースは、そう言って血濡れた銀のナイフを見つめる。
狩りの時間は決まって昼。あるいは、相手の動きが愚鈍になる雨の中行われた。
いかに神々から与えられたそれがあったとしても、ヴァンパイアの戦闘能力は侮れない。生存確率を上げるためには、あらゆる条件をクリアにする必要があった。
「それにしても、ずいぶんと割のいい仕事よね。ヴァンパイアの眷属を狩ってるだけでも、数年は暮らせるだけの金が手に入る。笑いが止まらないわね」
言ってダースはもう一つ、くすりと笑む。
その時だった。
「――あら。噂をすれば、向こうからやってきたわね」
深い森の中。
木々の隙間に、先ほど討伐した者たちの残党と思しき影が見えた。
息を切らして必死に走っているために、ダースの存在には気付いていないようだ。それを察した彼は、口元を歪めて疾走する。
そして、その人影の前に躍り出た。直後――。
「――――――――あ、ら?」
彼は言葉を失った。
目の前にいたのは、赤い瞳をした眷属に違いなかった。
ただ、ダースが手を止めたのはそれが理由ではない。息を切らす女性の眷属――その隣には、年端もいかない少女がいた。おそらくは、その眷属の娘か。
緑色の髪をした少女は、怯えもせず、何も分からないといった無垢な表情を彼に向けていた。対照的に母親の方は、目を血走らせている。
「こんな、幼い眷属は――」
――初めてだった。
ダースが今まで殺してきたのは、幸か不幸かみな成人した眷属だった。
そのためこうやって子連れの眷属を、その現実を目の当たりにするのは初めてのこと。金の亡者と化していた彼の頭に、冷や水をかけられたような衝撃が走った。
考えてみれば、当然のことである。
そう。自分たちが今まで狩ってきたのは『命』に違いないのだから――。
「――――――――――」
それでも、若いダースは息を呑んだ。
突き付けられた現実、残酷な行いから、目を背けようとする。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「な……っ!!」
その瞬間だった。
ごく僅かな気の迷いを感じ取ったのだろう。眷属の母親は、手に持った刃物でダースに斬りかかってきた。しかし戦い慣れていないのか、そこに鋭さはない。
そこからはもう、流れだった。
ダースは条件反射的に攻撃を躱して、相手の得物を叩き落とす。そして――。
「――――――――――」
無意識に、無自覚に、あまりに手慣れた動きで銀のナイフを振り下ろした。
それは前のめりになった眷属の首を、後方から貫く。引き抜くと血が噴出し、辺り一面を真紅に染め上げた。雨のようになったそれを、何か分からない、といった表情で見守る眷属の娘。倒れ伏す母を見て、微動だにせず立ち尽くしていた。
「に、げ――」
ヒュウヒュウ、と。
喉から息を漏らしながら、母親は最期ににこう言葉を残した。
「レー、ナ」――と。
それは、きっとこの少女の名前。
血だまりに沈み込みながら、最後まで身を案じた愛娘の名前。
ダースは震えることしかできなかった。そこから彼の記憶は曖昧だ……。
◆◇◆
「あぁ、この夢はいつになったら……」
目を覚ましたダースは、そう思わず口にした。
しかしすぐに、それを引っ込める。何故ならそれは、逃げ出したい気持ちに他ならなかったから。己のやってきたことへの責任。それを放棄する発言だからだ。
彼は今でも、ヴァンパイアハンター時代の夢によって苛まれることがあった。とりわけレミアというヴァンパイアの少女に出会ってからだろうか。その頻度はよりいっそうに増して、気付けば毎晩のように、様々な場面を見るようになっていた。
「若さゆえの過ち、というには酷すぎるけれど、ね」
身を起こしたダースは小さく、自嘲気味に笑う。
暗い部屋には自分以外に誰もいない。窓には鍵もかけていない。あまりに無防備にしているのは、無意識下で終わりを望んでいるためか。それは分からなかった。
「許されない。私は、きっと死ぬまで――」
――罪滅ぼしを続けるでしょう。
その言葉は、残響することなく消えていった。
彼が孤児院を経営するようになったのは、今ほど見た夢の直後からだ。今まで手に入れた財産のうち、ほとんどを投げ捨て、雀の涙ほどの資金で始めた活動。
それも気付けば、ずいぶん長い期間に及んでいた。
孤児を引き取って、育てて、その多くの巣立ちを見送ってきた。
だけれども、誰も彼のことを許しはしない――否。他でもない彼が、彼自身を許そうとはしなかった。金に目が眩んでいた若き日の自分の行いを。
「取り返しは、つかない。死んだ者は蘇らないのだから……」
だから、ダースは自分に言い聞かせるのだ。
そして今日も一日が始まる。日は昇り、世界を照らし始めていた……。




