2.物語の始まりと終わりと。
――――悲鳴。
日の落ち切った村を照らすのは、燃え盛る炎の明かり。
ヴィトインはその中を歩き、戦斧を振るう。次々と自身へと襲いかかる『村人たち』を切り伏せていった。血飛沫を上げて倒れる彼らを、感情のない瞳で見下ろし、しかし血濡れのヴァンパイアは止まらない。止まることはできなかった。
止まっては自分の命が刈り取られてしまうのだ。
殺したくはない。それでも、殺さなければ生き残れなかった。
「………………」
ふっと息をつく。
そして、黒煙舞い上がり星空を覆った天を見上げた。
彼は思うのだ。自分はなんのために闘ってきたのだろう、どこで選択を誤ったのか、と。信じてきたものすべてを失っていく感覚。細かい砂が手のひらから零れ落ちていくように、何もかもが無駄だったのだと。その空虚が、ヴィトインを苛めていた。
意味がなかった。
自分は、間違えていた。
それ故にいま、こうしてその手には何も――。
「………………ぅ」
「あ…………?」
その時だった。掠れるようなうめき声が、耳に届いたのは。
対してヴィトインの口からは、あまりに無感情な声が漏れたのだった。それでも彼の足は、自然とその声のした方へと向かって進んでいた。
理由は分からない。それでも、進まざるを得なかったのだ。
「うぅ…………!」
そして、たどり着いた先にいたのは一人の少女だった。
瓦礫に心の臓を貫かれ、このまま放っておけば間違いなく死に至るであろう命。なんとも幼く、儚い人間の灯火だ。それが消えそうになっているのを見下ろして、しばしの間を置いた後に、ヴィトインはおもむろに膝を折った。瓦礫を取り除き、少女を抱き抱える。
「私にも救える命が、あるのだろうか……」
少女の細い首筋に、彼は歯を突き立てた。
「願うなら――せめて、この少女には憂いなく、最後には幸せを」
誓いの言葉。
それを口にして、少女の顔を見つめた。
みるみるうちに生気が戻ってくる。呼吸は安定し、傷口も塞がった。だがしかし、この瞬間にこの少女は人間ではなくなった。自分と同じ、爪弾きになった。
「あ…………」
微かに彼女は息を漏らす。
そして、ゆっくりと目を開けてヴィトインを見た。
すべての物語には始まりがある。ヴィトインとリリスにとって、それはまさしくこの時、この場所での出来事がそれだった……。
◆◇◆
そして、ここが彼らの物語の終焉の地なのだろう……。
洞窟の中は驚くほどに静かで、ぽつりと落ちた水滴の音が遥か遠くまで反響するかのようであった。それほどまでに、孤独ともいえる空間。
その只中に、成長した彼女――リリスはいた。
「うぁ、あぁ――――!」
理性など、すでに蒸発しているのかもしれない。
ヴィトインはしかし、そんな彼女を見つめて泣き出しそうな微笑みを浮かべた。ようやく出会えたと、その再会を純粋に喜ぶように。
言葉はなかった。ただ、リリスの荒い呼吸音だけがそこにあった。
「待たせたね、リリスくん……」
どれだけの時間を経たのだろう。
彼はようやくそう言って、一筋の涙をその頬に。
それを拭うことはせず、長くも短い時を共にした女性を見つめた。
「キミは、私を許さないだろう。それを私は受け入れよう」
戦斧を取り出して、そう口にするヴィトイン。
「キミから何もかもを奪ったのは、間違いなく私だった。家族も友人も、そして人間として生き、死ぬという当たり前の権利さえ……」
その響きは、なんとも悲しいもの。
「だから、私は責任を取らなければならない。その選択肢は二つある。私がキミのことを殺すのか、それとも――」
決別。その、最後通告だった。
「キミが、私のことを殺すか――だ」
「ヴィ、トインンンンンンンンンッ!!」
刹那に、空気が弾ける。
それはリリスが明確に、ヴィトインを敵として認識した証拠。
もはや後には引けないほどまでに、二人の溝は深まってしまった、と。そのことを示すものだった。そうなれば、もう誰にも止められない。
戦いは始まる。
そして、それは物語の終焉へのカウントダウンだった。




